第132話 新生

「この村って結構広いんだな」


 あのあと、しばらくベッドで横になっていると、いつの間にか寝てしまったようで時刻は昼を過ぎていた。

 ドワーフの村にレストランなどはないようだが、村の中で育てている野菜や、男達が森で獲ってきた猪などの肉、野鳥などを分けてもらえると聞き、そのついでに村を散歩していた。


「隠れ家みたいですね。畑もかなり広いですし」

「自給自足しようとすると、このくらいは要るんだろうな」


 あまり人間とは交流していないようで、細々と武具を作って外貨を稼ぐ以外は、自給自足で生活をしているようだった。


「とりあえず、帰って食事にしましょうか」

「そうだな。頼む」

「はい、おまかせをー」


 借りた家に向かって、機嫌よさそうに先導する彼女についていく。

 思っていたよりは広いとはいえ、王都などとは比べるべくもなく、すぐに家に帰ってきた。


 高く飛べないのと同様に、魔法は使えない。なので、マッチで火を点けて、据えつけられた竈門かまどで料理をすることになる。


「ちゃんと調理道具があるのがありがたいです」


 元々魔法などなくても料理をしていた彼女にとっては手慣れたもので、手早くご飯を炊き、もらってきた食材で肉野菜炒めを作っていた。


「はい、できましたよー。お召し上がりくださいませ」


 大きな丸太を輪切りにしただけのシンプルなテーブルに、同じく切り株の椅子。

 そこに出来上がった料理が並べられた。


「ありがとう。いつも助かるよ」

「いえいえ。お気になさらず。さ、食べましょうー」

「ああ、いただきます」


 ◆


「1週間ここで過ごすって、なんか暇な気がしますねぇ……」


 食後、片付けを終えたエミリスはポツリと漏らした。

 村を見て回るにしても、それほど目新しいものがあるわけでもなく、数日で飽きてしまいそうだった。


「そうだなぁ。飽きたら一回王都に帰っても良いんだけど、どうする?」

「うーん、帰るだけならすぐですからね。……それじゃ、剣の修理が終わったら一回帰って、後で届けるための剣を受け取りに来ますか?」

「そうするか。王都で人身売買の組織の調査とかもしたいからな」

「あ、それありましたね。すっかり忘れてました……」


 アティアスの話に、思い出したようにエミリスが頬に手を当てて呟いた。


「まぁ、そっちは簡単に解決するような話じゃないからな。何か手がかりがあったら運が良かった、ってくらいだ」

「ですねー。今回、いつまでに帰らないといけないとかありますか?」


 聞きながら、彼女は食後のお茶のお代わりを彼のカップに注いだ。


「別にないけど。……まぁ、新年の式典の時はゼバーシュにいた方がいいだろうな」

「となると、王都にいられるのはあと1ヶ月くらいですか」

「そうだな。今年の新年は旅から帰らなかったからな。毎年いないのはまずい」


 秋も深まってきた今、もう少しするとぐっと寒くなる。

 日によっては雪が降ることもあるだろう。

 去年はちょうどこの頃に、ノードと旅に出たのを思い出した。そして、その旅の途中でエミリスと出会ったのだ。


「ふふ。まだ終わってませんけど、今年は私にとってびっくりするくらいの1年でしたね。出来事が多すぎて、覚えきれないくらいですよ」

「エミーにとってもそうだろうけど、俺にとってもそうさ。……これからも頼む」

「もちろんです。もうアティアス様がいない人生なんて、考えられませんからね」


 そう言いながら、彼女はティーカップに口をつけて微笑んだ。


 ◆


「どうだ? 完璧に直してやったぞ」


 翌日、ガーブの工房に足を運んだ2人は、早速修理が終わった剣を受け取って確認しする。

 柄の部分の宝石が割れていたが、それが新しいものに置き換えられ、ついでに刀身も綺麗に磨き上げられていた。


「確かに元通りだな」


 剣を持って眺めながらアティアスが言うと、ガーブが首を振った。


「実はそのまま元通りじゃない。これを親父が打った頃と違って、今はドワーフの技術も進歩してるからな。……今のこの剣は新しい宝石の力で、魔法を弾くことができるようになってるはずだ」

「魔法を弾く?」


 エミリスが聞く。


「ああ。周りの魔力を吸収して、剣にうっすらと魔力を纏わせてるんだ。と言っても、ほんの僅かだけどな。だが、ちょっとした魔法ならこれで切り裂いたりできるはずだ」

「へー」


 アティアスは感嘆しながら剣を鞘に仕舞い、そしてエミリスに剣を手渡した。

 すると――


「わわ、何これ……!」


 その剣の柄を彼女が握った途端、宝石が赤く光ったのだ。

 驚いてテーブルに剣を置いて手を離すと、光は元通りに消えた。


「……えーっと?」


 持ったり離したりするたびに、宝石がチカチカと光るのが何となく面白い。

 何度か試したあとで、エミリスは意を決して鞘から剣を抜いた。


「おいおい、なんだこりゃ」


 それを見たガーブが驚いて声を上げた。

 彼女が抜いた剣は、刀身までがうっすらと赤く光っていたのだ。


「……こういう剣なんですか?」

「いや、そんなはずは。周囲の魔力だけじゃ、ここまでは……」


 エミリスが聞くが、ガーブはかぶりを振って呟いた。

 その光景を見ながら、アティアスは考えた。


「エミーの魔力に反応してるのかな? 人間離れしてるからな……」

「どうなんでしょうねぇ……。でも、夜の灯りの代わりになりますね」


 エミリスが笑いながら言う。


「それで、エミーの魔力自体に影響はないのか?」 

「んー? 特に何も」

「そうか……」


 2人で話していると、ガーブは1本の太い丸太を担いで運んできた。

 それを彼女の目の前に立てる。


「すまないが、ちょっとこれを切ってみて貰えるか?」

「えぇ……? 私の力じゃとても無理ですよ、こんなの」


 自分の胴体よりも太いそれが、とても剣で切れるようなものではないことは誰の目にも明らかだった。


「良いから。もし折れても俺が責任もって直す。思い切ってやってくれ」

「わ、わかりました……」


 そう答えて、エミリスは剣を構え、横なぎに一閃する。

 彼女は丸太で剣が弾かれる想定で体重を残していたのだが……。


 ――剣は音もなく、そのまま丸太をすり抜けたのだった。


「――わわわっ!」


 想定と違った挙動にバランスを崩した彼女は、アティアスに抱き止められた。


「す、すみません。……でもなんで……?」


 丸太を見ても、先ほどと何も変わっておらず、そのまま立っていた。

 彼女には刀身が霞のように丸太をすり抜けたようにしか見えなかった。感触も何かの液体を通過したような手応えしかなかったのだ。


「――いや。良く見てみろ」


 青い顔をしたガーブが丸太を軽く揺らすと、刃が通過した部分を境にして――ゆっくりと上半分が滑り落ちた。

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