第131話 滞在
「やっぱり地図は便利すぎますー」
休憩したあと森に入って、前回もらった地図を頼りに進む。
機嫌良く先頭を歩くエミリスは、どんどん先を行く。
「おーい、エミー。気をつけろよ」
「ふふー、大丈夫ですよっ。この辺り、気配はありませんから」
彼の方を振り返りながらも、歩みは止めない。
そのときだった。
――――むにゅっ。
「んん……?」
なにか柔らかいものを踏んだ感触で、彼女は足元に視線を下ろした。
そこには――
「う、うわわわぁーーーっ!!!」
背中を踏まれて首をもたげていたソレと目が合ったエミリスは、ありったけの大声で叫ぶ。
「エミー!」
慌てて駆け寄ろうとする。
しかしそれより先に、驚いて魔力が乱れたことで、背中の荷物の重さに負けた彼女は、仰向けに倒れていた。
「へっ、へっ……ヘビ……ヘビ……!」
荷物が重くて、ひっくり返された亀のようになったエミリスは、顔面を蒼白にしてうわごとのように呟いていた。
その先には、彼女が踏みつけたヘビが森の中に消えていくのが見える。
危険なヘビでなかったことに安堵しつつ、彼女に声をかけた。
「エミー、大丈夫か? 蛇はもういなくなったぞ」
「ほっ、ほほほ……本当ですか……⁉︎」
「本当だ。……ほら起き上がれるか?」
背負っている荷物を解き、手を取って立たせようとするが、どうにも力が入らない様子だった。
「す、すみません……。腰が抜けて……」
「仕方ないな。……休憩するか?」
「ええぇ……。またヘビ出そうで嫌ですよぅ……」
へたり込んだまま周りを見回す彼女に呆れてアティアスは言う。
「壁張っとけば大丈夫だろ?」
「あ、なるほど。そうですね……!」
それに気づいてようやく落ち着いたのか、彼女は大きなため息をついた。
◆
休憩後、歩みを再開したあとは、前回の苦労がなんだったのかというほど、すぐにドワーフの村にたどり着いた。
「……スティーブももう少し細かく教えてくれてたら良かったのに」
愚痴を言っても仕方ないとは思いつつも、無事に着くことができるようになったことは、喜ばしいことだった。
ドワーフの村に着き、昨日と同じように鐘を鳴らす。
しばらくして、あの若いドワーフがのっそりと歩いてきた。
「よう、まだ1日しか経ってないぞ? 帰り道に迷ったのか?」
心配そうな顔で聞くドワーフにエミリスが笑う。
「ふふ、ちゃんと一回王都に戻りましたよー。ほら、依頼の材料も持ってきましたから」
言いながら、背負っていた袋をドワーフの目の前の地面にドスッと下ろした。
それをドワーフは持ち上げようとする。
「――んっ⁈」
エミリスが軽々と持っていたように見えたこともあり、簡単に持てると思っていたのか、掴んでもびくともしない袋に顔色を変えた。
「な、なんだぁ? おめぇ、オーガかなんかか? そうは見えねぇが……」
ギルドでマーガレットと同じ反応をしたドワーフに、エミリスは吹き出す。
「ふふふ。私、実は力持ちさんですのよ」
「嘘つけ」
「むむー」
アティアスにつっこまれつつも、もう一度軽々と袋を持ち上げて「どこに持って行けば良いですか?」と、聞く。
「あ、ああ。……とりあえずは工房の前に置いてくれれば」
「りょーかいです」
2人はドワーフの先導で村に入り、工房と言われた建物の脇に袋を下ろした。
「一応、ギルドの依頼で持ってきたから、受け取りのサインが欲しいんだ」
「そうか。それはガーブに貰ってくれ」
「ガーブってのは?」
「ああ、昨日会ったアイツだ。師匠が引退した今はこの工房の主だ」
ギーグ師匠の息子だというあのドワーフが、ガーブという名でこの工房を取り仕切っているらしい。
「おーい、ガーブ! 材料が届いたぞ!」
ドワーフの男が声をかけると、しばらくして工房からガーブが顔を出した。
「あん? いくらなんでも早くねぇか?」
「そう思ったんだがよ、とりあえず確認してくれ」
促されて、ガーブはエミリスが運んできた袋の中身を確認する。
半信半疑だった表情は、中を見た途端、顔色を変える。
「……確かにコイツはブルー鋼に間違いない。おい、どうやって運んできたんだ?」
ガーブは2人に問う。
アティアスはエミリスと顔を見合わせてから、答えた。
「すまないが、それは秘密だ。ただ、間違いなく王都から運んできたものだ。……ほら、ギルドの依頼証もある」
「これ今日の日付じゃないか。王都からだとどんなに急いでも1日掛かるぞ? 空でも飛んできたのか? そんなはずないだろうが……」
依頼証を確認しながらガーブが聞くが、2人は笑って誤魔化すことにした。
「ははは……。そんなわけ無いだろ。なぁエミー?」
「え、ええ。そうですよねー」
そんな様子を不思議そうに見ていたガーブだが、「まぁいい」と呟いて2人を工房の中に入るように促す。
村の入り口から案内してくれたドワーフは、手を挙げて持ち場に戻っていった。
「手段はまぁ聞かないことにするが、助かったよ。材料がなければわしらも何も作れんからな」
工房の椅子に座った2人にガーブが礼を言う。
それに対してアティアスが聞く。
「なぜ、半年も材料が届かなかったんだ? 人数がいれば、それほど苦労する依頼じゃ無いと思うんだが」
「今まではずっと同じ冒険者達が運び屋をしてくれてたんだ。ただ、最近はドワーフの作った剣が高く売れるってんでな、そいつら魔が差したのか、剣を持ち逃げしたんだ。それから村に来てくれる冒険者が現れなくてな……」
依頼内容は、材料を村に届けて、その代わりに出来上がった剣を王都に届ける、というものだ。
村からの帰りに、その剣を持ち逃げして換金しようとした、ということだろう。
「なるほど。剣1本でも相当な値が付くからな。報酬よりも間違いなく」
「そうだ。おめぇらはそんなセコいことはしないだろう?」
「なんでそう思う?」
ガーブがにやりとしながら聞くが、アティアスは意図がわからず聞き返した。
「スティーブの手紙に書いてあった。おめぇら、ゼバーシュの貴族なんだってな。わざわざ剣1本の修理のためにこんなとこまで来るって、馬鹿だろ? わしはそういうの嫌いじゃ無いがな」
そう言って、ガハハと笑う。
「なるほどな。それなら話は早い。俺たちは剣の修理ができれば良くてな。報酬が欲しい訳じゃない。……とはいえ、力持ちのこれが大食いすぎて食費がかかるからな、その足しにはしたいところだが」
「ええー、酷すぎません、それ⁉︎」
エミリスが横で抗議するが、頭を撫でるとすぐに大人しくなった。
「わしは貴族は好きじゃないが、おめぇらは別だ。剣は直してやる。ただ、親父はもう引退してるんでな、わしがやるが構わないか?」
「もちろんだ。よろしく頼む」
「よし。剣の修理と、持って帰ってもらう剣と。準備するのに1週間ほど時間を貰いたい。その間、一度帰ってもいいし、村で泊まってもらっても構わんが、どうする?」
2人は顔を見合わせて相談する。
王都に帰っても待つだけになるし、ドワーフの村も見てみたく思った。
「せっかくだから村に滞在させてもらうよ」
◆
ガーブにエミリスの剣を渡して、2人は一軒家に案内された。
空き家らしく、ちょっとした客人を泊めるのに使っているようだった。
「へー、丸太だけで家ができてますよ? なんか落ち着きますね」
家に入ったエミリスはきょろきょろしながら感想を溢す。
中は1階に加えて、天井の高い吹き抜けの上に半2階としてロフトを備えた造りになっていた。
丸太を積み上げただけに見える外観と同じく、中もそのまま丸太が剥き出しになっていて、彼女にとって初めて見る構造だった。
「レンガや石で作られた家が多いからな。滅多に無いけど、これはログハウスって言うんだ。俺は好きだな」
「ログハウスですかぁ……。私もこういう家好きですー。あ、別荘持つならこういうのが良いですね」
「そうか。まぁしばらく住んでみないと良し悪しはわからないからな。今回試せるのは良いな」
「ですねー」
ロフトがベッドルームになっているようで、1階から梯子が伸びている。
彼女はそれを使わずに、ふわっとロフトに飛び上がろう――としたが、途中でそれ以上飛べずに、結局ハシゴを使ってロフトに上がる。村の中でも制限があるようだった。
そして上から彼を手招きした。
「アティアス様! 見てくださいよ、この木彫りの像。よくできてますねー」
彼が梯子を登ると、ベッド脇に木彫りの熊が置かれていた。
かなり大きめで、立ち上がって両手を広げる姿は今にも動き出しそうだ。
「すごいな。ドワーフが作ったのかな?」
「と、思いますね。器用なんですね……」
「彼らはこういう工芸品を作るのは得意だからな。もちろん家を建てるのも」
「へー」
彼女は感嘆しながらベッドに腰を降ろすと、そのまま彼の腕を引っ張ってベッドに押し倒した。
「ちょ、どうした?」
驚くアティアスだが、エミリスは構わずその胸に顔を埋めて言った。
「ふふふ、荷物運びでだいぶ魔力を使いましたから。代わりにアティアス様ぶんを補給いただきたくて。しばらく堪能させてくださいね」
「なんだそれ……」
「まあまあ。何でも良いじゃないですか。むふふー」
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