第10章 王都にて

第134話 手筈

「お前は……!」


 そこに立っていたのは、先日ドワーフの村がある魔封じの森で出会った男――ワイヤードだった。


「無事に帰ってきたみたいだな。ま、あんなところで野垂れ死されちゃ困るんだが」

「あの時は助かった。ありがとう」


 相変わらずぶっきらぼうな態度のワイヤードに対し、アティアスは素直に礼を言う。

 それが意外だったのか、男は戸惑ったような表情を見せた。


「た、大したことはしてねぇよ。……それよりなんだ。場所を変えないか? 話したいことがある」


 提案するワイヤードに、アティアスはどうするか考えながら、エミリスの顔を見た。


「どうする?」

「……大丈夫じゃないでしょうか。危害を加えるつもりなら、森で助けたりしてないでしょうし」

「まぁ、そうだな」


 問題は話の内容だろう。

 わざわざ助けたということは、何か頼み事でもあるのだろうか。


「わかった。付いていこう」

「話が早くて助かるぜ」


 ワイヤードは指で付いてくるようにと、道を指し示した。


 ◆


 案内されたのは、王都の中に多数整備されている、兵士の詰め所だった。

 会議室のような場所に案内され、ワイヤードと相対する。


「それでだ。単刀直入に言う。囮になってほしい。……ああ、そっちの女の方だ」

「……は?」


 突然に指を差されて、エミリスはぽかんとする。

 単刀直入すぎて、何のことやらさっぱりだった。


「ちょっと待ってくれ。イチから説明してくれないか?」

「……まぁ良いだろう。悪いが、お前らのことは少し調べさせて貰ったよ。一応、宮廷魔導士なんぞやってるもんでな。……俺は奴隷商を潰したいんだ。お前らならその意味がわかるだろ?」


 ワイヤードは、2人を見てにやりと笑う。

 つまり、アティアス達が王都に来た理由を知っていて、協力しろということか。


「……なるほど。どこまで調べたんだ?」

「大まかなことは全部だ。先日のテンセズの諍いのこととかな。あと、今わかってるのは、まだ王都の奴隷商には、お前らのことは伝わってないってことだ。伝わってたらこの話はしてない」

「いまいちよく理解できんが……」


 アティアスが首を傾げる。

 ワイヤードの話がよく理解できなかった。


「つまりだ。お前ら、奴隷商に狙われてるんだろ? だが、ここじゃまだ狙われてない訳だ。その情報が上がってきてないからな」

「それはわかるが……」

「となれば、例えば俺が依頼を出して女を攫わせるとする。何も知らないアイツらは、のこのこやってくるはずだろ?」


 何となく、言いたいことが分かってきた。

 囮になれとはそう言うことか。


「ふむ。王都に来てる緑色の髪の変な女を攫え、とでも依頼する。で、わざと攫われて拠点を見つける。……ということか?」

「――ちょ! 変な女って酷いです!」


 エミリスは抗議しながら、アティアスの頬っぺたを指でグニグニと突いた。

 それを頭を撫でて大人しくさせて、アティアスは続ける。


「すまんすまん。確かに俺たちのことが伝わったあとじゃ、そんな依頼はできないからな」

「だろう? それに並みの人間じゃ、危険すぎて囮にはなれん。今しかチャンスはない。……頼む」


 ワイヤードは2人に頭を下げる。


「……お前がその奴隷商の仲間じゃないという証明は?」


 アティアスは気になっていたことを問う。

 2人を分断することで、離れた隙にアティアスを暗殺しようと考えているのではないかと疑ったのだ。


「ふむ、それは難しいな。ただ、お前らを殺したいなら、あの森で助けたりはしなかったさ。ま、あの時はお前らのことを詳しく知らなかったけどな」

「それはそうだが……。エミー、どう思う?」


 アティアスは隣のエミリスに意見を聞く。


「うーん、今と違って、あの森でのあなたは幻か何かでしたよね。やりたくてもやれなかったのかも……?」


 彼女の話にワイヤードは感嘆の声を上げて答えた。


「ほう。それは分かっていたのか。その魔力は伊達じゃないな。……実際、森に送ったのは俺の魔力で作った分身体だ。大した力はないが、それでも森で迷わせて野垂れ死させることくらいはできたさ」

「それはそうかもしれませんが……」


 困惑するエミリスだが、他にも気がかりなことがあった。


「囮自体はいいんですけど、私はアティアス様のボディガードでもあります。離れている間が心配です……」

「それは俺が付いていてやる。……少なくとも、お前に劣ることはないと断言しよう」


 そう言って、ワイヤードは手の上に炎を出して見せる。彼女と同じく、無詠唱で。

 それを見たアティアスは頷く。


「ここで奴隷商を潰せるなら、それに越したことはない。最後に1つだけ聞かせてくれ。……なぜ潰そうと思ったんだ? 宮廷魔導士なら、彼らがいて損になることもないだろう?」


 その問いにワイヤードは遠い目をして答えた。


「……かつて娘が攫われたんだ。だからだよ」

「そうか。……その娘は?」

「幸い、今は元気にやってるようだ」


 それを聞いてアティアスは決心した。


「わかった。……エミー、大変だが頼めるか?」

「はい。アティアス様のお願いならば」


 ◆


 あのあと、詳細の手筈をすり合わせてから、2人は宿に帰ってきた。


「エミーのことだから心配はしないけど、早く終わらせて帰りたいな」

「えー、心配くらいしてくださいよぅ」


 エミリスは頬を膨らませて、アティアスの胸にゴツゴツと頭突きをする。


「だって、爆弾持ってきても死んだりしないだろ?」

「それはそうですけど……。前みたいに気を失ってる時に、変なことされるかもしれないし……」

「確かに。少なくとも、拠点に連れ去られるまでは大人しくしとかないといけないしな」


 彼女が本気を出せば、触れられることもないのだろうが、それでは囮にならない。

 五体満足であることに対しては、高額の報酬をかけることで保険とはなるが、それでも不安は拭えない。


「うー、アティアス様以外に身体を触られるなんて、辛すぎますよぅ……」

「すまないな」

「まぁ、やるって言ったからには頑張りますけどね。でも、後で私が満足するまで、たっぷりたっぷり可愛がってもらいますから」

「わかったよ」


 手筈通りなら、明日にも依頼がかけられる。うまくいけば数日で片付くだろうことに期待した。

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