第106話 結
「それで、結局二日酔いか……」
早朝にはテンセズを出発して、マッキンゼ領に戻る予定を立てていた。
しかしエミリスが昨晩飲み過ぎたせいで朝起きられず、結局出発の準備ができたのは昼近くなってからだった。
「うぅ……ごめんなさい……」
謝る彼女に呆れつつも、昨日までの頑張りを考えると責めることもできず、アティアスは苦笑いした。
「まぁいいさ。もうこの時間だから、昼食べてから行こう」
「……は、はい」
今回は荷物も持ってきていないので身軽だ。
昼食後にテンセズを出て人目につかない場所まで歩き、そのあとは彼女に運んでもらう。
多用するのはどうかと思うが、できればファモス達よりも先にマッキンゼ卿と話を付けたかったこともあり、一気にミニーブルまで移動することにしたのだ。
とはいえ、かなりの距離があり、何度か休憩を挟みながら到着したのは夕方になった頃だった。
「いくら飛べるって言っても遠いですね……」
ミニーブルの入り口から城に向けて歩きながら、疲れた様子で彼女が呟く。
「そうだな。空から見るのは新鮮だけど、やっぱり俺はゆっくり歩くのが好きだな」
「ですねー。馬も預けっぱなしでしたし、帰りはゆっくり行きましょうか」
「ああ、思ってたより旅が長くなってしまったし、そろそろ家にも帰らないと」
城に着くと、すんなりマッキンゼ卿との面会が許可された。
まだダライから戻っていないこともあり得ると思っていたが、無事に帰っていたようだった。
「アティアス殿! 戻られたということは、なんとかなったと思って良いですか?」
「ご無事で何よりです」
応接室に着くと、マッキンゼ卿とウィルセア嬢が出迎えてくれた。
「ええ、少し間に合わずにテンセズで被害が出てしまいましたが、ファモス殿に兵を引かせることはできました。今頃ウメーユに戻っている頃かと思います」
アティアスが説明すると、マッキンゼ卿は怪訝な顔で聞き返す。
「その被害はどのくらいでしょうか?」
「残念ながら、傭兵と兵士を合わせて9名、亡くなりました」
「……それは申し訳ありません。町の被害の弁済も含めて、私から話をつけるようにします」
「よろしくお願いします。それでは、ひと通り私たちが知っていることをお伝えします……」
アティアスはダライの街を出てから、帰るまでの内容を噛み砕いて説明した。
「なるほど。概ね予想通りでしたが、ファモスがウメーユを出るのが遅れたのは不幸中の幸いでしたね。もう数日早く動かれていれば、取り返しが付かなかったかもしれません」
「私もそう思います。本隊が町を攻める前だったのでなんとかなりましたが、町で乱戦になっていれば大きな被害が出たでしょう。そうなると私たちも簡単には鎮められなかったと……」
「そうですね。……いずれにしろ、私はこれから急ぎゼバーシュに向かうつもりです。ここまで話が大きくなってしまっては、私が動かねばゼルム家も納得しないでしょう」
マッキンゼ卿の提案にアティアスが不安そうな顔をする。
「危険ではないですか? 私達もこれからゼバーシュに戻りますので、間違いのないよう父に掛け合いますが……」
「いえ、ご心配なさらず。私も魔術師としてそれなりに自信を持っておりますし、護衛も付けますから」
「……こう見えて、領地内では父に敵う魔導士はいないんですよ。私が産まれる前は、腕試しとか言って1人で領地内を回ってたって聞きましたし」
横からウィルセアが笑顔で説明する。
それに対してマッキンゼ卿は気恥ずかしそうにしていた。
「……若い頃の話ですよ。こっそりゼバーシュにも行ったことがあります」
その話にアティアスも親近感を覚える。
「アティアス様と似てますね。1人ではありませんけど」
「残念ながら俺はそんなに強くないからな。エミーがいてくれないと」
笑いながら話すエミリスにそう答えた。
そしてふと思い出したことをマッキンゼ卿に問う。
「そういえば、ダライの街での件、ラムナールはどうなりましたか?」
その言葉に、少し目を伏せてマッキンゼ卿は答える。
「残念ですが、彼はその場で自害しました。捕えて尋問しようと思ったのですが、それを予想したのでしょう」
「そうですか……」
ダライの砦でアティアス達を生き埋めにしようとしたラムナールは、恐らく人身売買の組織にも属していたのではないかと予想された。そのこともあって、捕えられる前に情報を秘匿するため自害したのだと、マッキンゼ卿は考えていた。
「まだ人身売買の組織については全貌がわかりませんね……。マッキンゼ卿、何かご存知のことはありませんか?」
アティアスが問う。
彼が組織から狙われていることは今も変わっていないはずで、いくらエミリスが守ってくれるとはいえ、気持ちのいいことではなかった。
「私たちは組織の末端と接触して、魔導士の素養がある子を融通してもらっていた程度です。詳しいことは隠されています。ただ……恐らく本拠地は王都ではないかと思っています」
「王都か……。遠いな」
このエルドニアの王都は人口も100万人を超え、非常に栄えている街だ。
軍事力も経済力も、周辺諸侯とは桁違いだった。
「こちらでも何か尻尾を掴んだらアティアス殿に連絡します」
「よろしくお願いします。できれば、不幸な人が増えるのは避けたいと思っています」
「同感です。……ところで――」
「はい、なんでしょうか?」
マッキンゼ卿は話を変えようとしたが、ふとそこで一瞬考えて続きを言うのをやめる。
「あ、いえ……詳しくはやはりゼバーシュでしましょう」
「わかりました。……父がいた方が良い内容、ということですね」
「ええ、その通りです。ただ、悪い話ではありませんのでご安心を」
これで一通りの話はできたはずだ。
ふぅ、と一息ついて、隣のエミリスを見ると、なんとなく不満そうな表情をしていた。
「エミー、どうした?」
「い、いえ……なんでもありませんよ?」
口ではそう言うが、いつも彼女を見ているアティアスには、そうではないことくらいすぐにわかる。
「絶対なんかあるだろ。……言ってみろ」
「うぅ……なんでバレるんですか。……お腹すいたので、ケーキ食べたいなって思ってただけですよっ」
それを聞いて皆が笑い出す。
エミリスはひとり気まずそうにしていた。
ウィルセアがそんな彼女に優しく言った。
「エミリスさんが戻られたと聞いたとき、すぐに大きなケーキを手配してますから、好きなだけ食べてくださいね」
「えぇっ! 本当ですかっ!」
一転して子供のようにはしゃぐエミリスとは対照的に落ち着いているウィルセアを見ていると、どちらが年上なのかわからないほどだ。
「それでは別室に準備してますから、行きましょうか」
「はいっ!」
―― 第2幕 完 ――
◆◆◆
【第7章 あとがき】
「むふー、このケーキ最高ですねー」
エミリスは口いっぱいにケーキを頬張る。
ハムスターのように頬が膨らんでいて、つい指で突きたくなる。
「そんなに慌てなくても、いっぱいありますよ」
ウィルセアは笑いながらその様子を見ていた。
誕生日ケーキが爆発して食べ損ねたこともあって、ほとんど同じものを準備してもらったのだ。
「さ、ウィルセア嬢も。……ぼーっとしてるとエミリスが全部食べてしまいますよ?」
アティアスが取り分けたケーキをウィルセアに手渡す。
「あ、ありがとうございます。……あの、私に敬語なんて要りませんから、普段通りに接してもらえれば。名前も呼び捨てで結構です」
「わかりました、コホン。……じゃ、ウィルセアも食べようか」
「はい!」
ウィルセアは笑顔で頷く。
そんな様子をエミリスがじーっと見ているのに気づき、アティアスは慌てて弁明する。
「あ、いや、エミーは気にするな。どんどん食べたらいいぞ?」
「……アティアスさま。はい、あーんしてください」
エミリスは笑顔でケーキを差し出した。
「いや、ちょっとここじゃ……」
「……あーん、し・て・く・だ・さ・い、ねっ!」
目が笑っていない彼女に威圧されて、渋々口を開けた。
――どすっ!
そのまま勢いよくケーキが口に突っ込まれる。
「――んー!!」
「ふふふ、美味しいですよねー。アティアスさ・ま(はーと)」
そんな様子をウィルセアが青い顔をしながら見ていた。
「……お、恐ろしい方ですね」
◆
ケーキをお腹いっぱい食べて満足した2人は、宿に帰ってきた。
「なんか今日のウィルセア嬢、静かでしたねぇ……」
「あのなぁ。それは、エミーが怖かったんだろ」
「……? 私なにかしましたっけ?」
アティアスに言われてキョトンとする。
全く自覚はないようだ。
「あのなぁ……。エミーが思いっきり威圧してただろ」
「あぁ……」
エミリスはポンと手を叩く。
「あれはアティアスさまが鼻の下伸ばしてたからですー」
「……え、俺が悪いのか?」
「ふふふ。だってアティアスさまは私の全てですから。……私だけを見ててくれればいいんです」
そう言いながら、彼女はベッドに腰掛けている彼の膝に跨るようにして、向かい合わせで座った。
「……エミー、目が怖いぞ?」
エミリスは彼に抱きつき、その耳元で囁いた。
「だから、もし私以外の女の子に手を出したりなんかしたら……わかりますよね……?」
そして彼の耳たぶを軽く喰んだ。
低めの彼女の言葉に、背中がぞわっとする。
その様子を見た彼女は、急にいつもの笑顔で笑い、彼の頬に口付けた。
「……なーんて。冗談ですって。そんなことしませんからご安心ください」
しかし、彼にはそれが冗談だったのかどうか、判断がつかなかった。
ただ、万が一にもそうならないように、自らの心の奥底にしっかりと言い聞かせることにした。
◆
「…………あとがき、なんですよね? これ……」
「違うのか?」
「……どう見ても、そうは見えないんですけど……?」
「まぁ、確かにな」
呆然と呟いた彼女に、アティアスも同意する。
「それはそうと。私すっごく頑張ったのに、『化け物』とか『魔女』とか『爆弾より怖い』とか言われて、酷いと思いません?」
そう言いながら、横目でチラッとアティアスを見る。
「そりゃ、むしろ頑張ったからじゃないか? まぁ、その一部は俺が言ったような気もするけど……」
「ふふふ、アティアス様が普段私をどう見てるのか、よーくわかりますねぇ」
「……その目は怖いからやめてくれ」
「ご安心を。それ以上に可愛がってくれてるのも、よーく分かってますから」
「ははは……」
「うふふ……」
2人は向かい合ってしばらく笑い合い、顔を引き攣らせたアティアスは、思いついたように話を変えた。
「それでだ。これでマッキンゼ領での旅も終わりだな。エミーがびっくりするくらい強くなるし、頼もしい限りだよ」
「ですねー。……でも、まだ私が何者なのかって、出てきてませんよ?」
「え? エミーは俺の妻じゃないのか?」
「そ、それは……そうなんですけど……。そーゆー話ではなくてですね」
「分かってるって。ちょっとだけ作者に教えてもらったんだけど、実はな……」
「……実は?」
アティアスは彼女に耳打ちする。
「……次章からの話は、どうやらそういう話みたいだぞ?」
「へぇー。それは楽しみですね。つまりアレですか? 『やはり人外だった少女、人との禁断の愛の行方は……!』みたいなお話になるんですかね?」
「なんだよ。そのどこかの三流小説のキャッチコピーみたいな話は……」
「ふふ。今までの話から私が勝手に予想してみました」
「まぁ予想するのは勝手だけどな。こんなところで書いたら、あのひねくれた作者は話変えてくるぞ、だぶん……」
「そ、それは困りますね。ハッピーエンドタグがついてるのにバッドエンドになったりすると、読者から怒りの低評価が……!」
青ざめた顔で彼女が言う。
「流石にそれはないだろ。そんな度胸ないと思うぞ?」
「ならよかったですー」
エミリスはほっと胸を撫で下ろす。
「それじゃ、あまり長くなってもいけないので……」
「そうだな」
「「では、引き続きお楽しみください」」
ぺこり。
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