第3幕 王都篇
第8章 王都への道のり
第107話 大使
「遠かったです……」
「そりゃ、やっぱり飛ぶのと比べると比較にならないな」
ミニーブルを出発して10日。
元々乗ってきていた馬に跨り、来た街道を辿って、ようやくゼバーシュに帰ってきた。
途中、テンセズに寄って被害の様子を確認したところ、残、傭兵を雇い残った兵士と合わせて、順調に復旧が進められているようだった。
ナハト達もそれが一区切りするまでは手伝いをするということだった。
「アティアス様、エミリス様、お帰りなさいませ!」
街に入る門にて、いつものように衛兵が礼儀正しく挨拶をする。
「いつもありがとう。街は変わりないか?」
「はい。先日の一件で兵が出陣しましたが、解決されたということで今は元通りに戻っております」
「わかった。詳しくは親父に聞くよ」
「ははっ」
何はともあれと、まずは城に行って無事戻ったことを父に伝えることにする。
兵士に聞くと、ちょうど別ルートを通って馬車でゼバーシュに向かったマッキンゼ卿が、ルドルフと会談していると言う話だった。
「とはいえ、さすがに親父との会談に割り込むわけにはいかないな。しばらく待とうか」
「そうですね……。でも私お腹空きました」
今は昼を少し回った頃だ。
中途半端な時間にゼバーシュに到着したこともあって、まだ昼食を食べていなかった。
「確かに俺もだな。……久しぶりに城の食堂でも行ってみるか」
「食堂があるんですね。知りませんでした……」
「ああ、俺は滅多に行かないけど、かなりの兵士がいるからな。食堂でもないと不便だろ?」
「確かにそうですね」
食堂に向かうとすぐに聞き慣れた声が飛んできた。
「アティアス! 戻ってきたんだな!」
「ケイフィス兄さん! 久しぶり」
食堂で兵士に混じって少し遅めの食事を取っていたのは、次兄のケイフィスだった。
アティアス達もすぐに定食を注文し、トレーを持って彼のテーブルに着く。
「この前は急な出陣で驚いたよ。しかも急いで準備して向かってたら、もうお前が解決したって書状届いてもっと驚いたけどな」
ケイフィスが笑いながら話す。
やはりテンセズに向けて兵の指揮を取っていたのはケイフィスだったのだ。
「バタバタさせてすまなかったな。まぁ色々あってね。詳しくはそのうち話すよ」
「ああ、またゆっくり聞かせてくれ。俺が聞いてるのは、お前達がほとんど片付けたってことくらいだ」
「俺たちというか、やったのは全部エミーだけどな。俺は横で見てただけ」
アティアスが自虐するのと対照に、エミリスは恐縮した表情を浮かべていた。
「そんなにか……。驚きだな」
「俺もエミーの成長には驚いてるよ」
「……それ言うなら、私も自分でびっくりしてますよ」
彼女の言葉にケイフィスが笑う。
「ははは。聞いた話じゃ今は前よりもっと凄いんだろうな。まぁマッキンゼ卿も会談に来てるし、これで落ち着くんじゃないかな。一安心だよ」
「そうだな。大変な目にもあったけど、無事帰って来れてよかったよ」
「ですねー。何度も死ぬかと思いましたよ」
マッキンゼ領での出来事を彼女は思い返す。
今回の旅は何度も危ない目に遭ってきた。それをぎりぎりで乗り越えてきたことで今があるのだ。
「だな。俺はエミーがいなかったら間違いなく死んでたからな」
「お腹から背中までナイフが貫通してましたからねぇ……。こう、ぶすっと」
今なら笑って話せるが、思い返すと本当にギリギリだったのだ。
即死ではなかったから助かったようなもので、ほんの少し場所が悪ければ治癒も間に合わず死んでいただろう。
「おいおい……。そんなことまであったのか。本当に気をつけろよ?」
ケイフィスが心配そうに声をかけた。
そのときだった――
「――アティアス様、おられますか――?」
遠くから兵士がアティアスを探している声が聞こえてきた。
自分がゼバーシュに戻っていることは伝えていたから、誰かが探しているのだろうか。
「――ここにいるぞ」
アティアスが立ち上がって、名前を呼んでいる兵士に手を振る。
それを見つけた兵士は急いで駆け寄ってきた。
「アティアス様。お時間いかがでしょうか。ルドルフ様がお呼びでございます。あと、エミリス様もご一緒にとのことです」
「ああ、食事はほとんど終わってるから構わないが……」
「ご準備できましたら、応接間にお越しくださいませ」
「わかった」
応接間に向かう前にと、食事で最後に残していたフルーツを食べようとして――ふと、横にいるエミリスが物欲しそうに見ていたのに気付く。
彼は苦笑いしてそれを皿ごと彼女に差し出すと、「ありがとうございますっ!」と礼を言って、喜んで食べ始めた。
◆
「アティアスです。参りました」
応接間に着くと、ノックしてから名乗り、ゆっくりと扉を開けた。
「おお、アティアス。久しぶりだな。エミリスも」
「久しぶり、親父」
「ご無沙汰しております、お父様」
親子で軽く挨拶を交わしたあと、ルドルフの前に座っている人物に視線を移し、挨拶をする。
「この前はお世話になりました。マッキンゼ卿」
「こちらこそ、内輪の問題に手を借りて申し訳ありませんでした」
マッキンゼ卿は1人で会談に臨んでいた。
護衛を連れているはずだが、別室で待機しているのだろうか。
「大体の話はマッキンゼ子爵から聞いたよ。ナターシャが友誼の書状を届けてくれた直後に、テンセズへの侵攻があって混乱したけどね。わざわざここまで来てくれて、大体のことは把握したよ」
ルドルフが言う。
ここまでの会談は概ね良好に進んでいたようだ。
「それでだ。ちょうどアティアスが帰ってきてくれてよかった。呼んだのは話があってね。……ああ、それはマッキンゼ子爵から説明してもらいましょうか」
「わかりました。……では私から。アティアス殿とエミリス殿のお二人にお願いしたいことがあります」
恐らくミニーブルでマッキンゼ卿が話そうとしたことなのだろうとアティアスは思った。
マッキンゼ卿は続ける。
「それは、お二方に親善大使になっていただきたいのです。いかがでしょうか?」
「親善大使……ですか?」
「ええ、一言で言えば、堂々と私の領地の監視ができる、ということです。ゼバーシュ側のメリットはそこにあります」
ゼバーシュから大使を受け入れることで、敵対する意思がないことを示す、ということだろう。それがファモスが仕掛けた一件の落とし前、ということだろうか。
「でも、それではそちらにメリットがないのでは?」
アティアスが問う。
「いえ、そのついでに何か気づくことがあれば、私に教えて欲しいのです。あと……エミリス殿は私たちの魔導士部隊に相当恐れられているようです。なので、顔を出すだけで抑止力になります。ファモスのような者が出ないように」
「へえっ? 私が……ですか?」
突然のことに彼女は驚いて声を上げる。
「ええ、おそらく顔を見るだけで震え上がる者もいる程度には……」
「……えぇ……そ、そんなに」
青い顔をしてエミリスは呟く。思い返せば、少しやり過ぎたのかもしれないと反省した。
その提案にアティアスが確認する。
「頻度はどのくらいがご希望でしょうか?」
「そうですね……。年に1回程度でいいかと思いますが、今までのように気まぐれで立ち寄ってもらえればと。決まった日に行くのでは意味が薄れてしまいますし。いかがでしょうか?」
その程度の頻度なら、大した労力でもなく、メリットは大きいと判断した。
念のため、エミリスにも確認する。
「エミー、構わないか?」
「アティアス様が良いのであれば、私は異論ありませんが……」
「親父も構わないのか?」
「ああ、アティアスが良いならそれでいい」
2人の同意が得られたので、正式にマッキンゼ卿に返答する。
「わかりました。この話はお受けしましょう」
「ありがとうございます」
マッキンゼ卿が差し出した手をアティアスは握り返した。
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