第105話 顛末

 ファモスの意図は、自分と2人の距離を取ること、そして2人の視界を奪うことの2つだった。

 自分も爆風で怪我を負うことを覚悟の上で、至近距離で爆裂魔法を使い、その余波を利用して敢えて吹き飛ばされることで距離を取ったのだ。


 事前にこの事態も想定して、打ち合わせをしてあった。

 距離さえ取れれば、魔法石に込めた魔法を重ね掛けして放てば、あの2人を消し去ることが可能だと踏んでいた。

 どんな防御魔法でも、30人以上の雷撃魔法に耐えられるはずがない。

 現実の雷に打たれる以上の威力があるのだ。


「――勝った!」


 ファモスは自らの勝利を確信する。

 あの少女さえいなければ、兵を立て直してゼバーシュを落とすことなど容易い。

 もう少しすれば、新しくワイルドウルフも補充される。

 負ける要素はなかった。


 尤も、援軍のワイルドウルフは、偶然にも前日エミリスに全滅させられてしまっているのをファモスは知らないのだが。


 ――土埃が晴れてきた。


 その中には2人が倒れているはずだ。炭になっていてもおかしくない。

 それを期待して待った。


「――――‼︎」


 視界が戻り、それを見てファモスは目を見張った。

 そこには、先ほどまでと変わらぬ姿で立つ2人と――その少し離れたところに浮かび、パチパチと火花を散らしている一本の剣があった。


「バカな……!」


 ファモスが唖然としていると、浮いていた剣が地面にカランと音を立てて落ちた。

 代わりに周囲の石が大量にふわりと浮かび上がり、そして――四方八方に飛び散っていった。


 周囲から悲鳴が聞こえてくる。

 先ほど突然本隊を襲った石が、実際に打ち出される瞬間を目の当たりにして、ファモスは背筋が凍った。



「……ふぅ。これでもう心配ないでしょうか」


 ほっとした様子で彼女が大きく息を吐き出した。

 そして近くに転がっていた剣に手を向けると、糸でも付いているかのように彼女の手に吸い寄せられ、しっかりと握られた。


「……俺は死んだと思ったよ」


 アティアスはまだ緊張している様子だ。

 視界が白く染まった瞬間、彼女の魔法でも防ぎきれないのではないかと覚悟した。

 しかし結果として雷は直撃せず、被害はなかったのだ。


「ふふ、もし使ってくるなら雷撃だと思ってました。もしそれ以外だと2人仲良く死んでましたね。……ま、その場合は、一緒にこの方も死んでましたけどね」


 彼女は賭けに勝ったとばかりに、誇らしげな顔を彼に見せ、手に持つ剣をファモスに向けた。


 雷撃ならば、直撃さえ避ければ良い。

 そう考えて、爆裂魔法を受けている最中に次の攻撃を予想して剣を抜き、少し離れたところに避雷針代わりとして立てていたのだ。

 その目論見通り、雷はその剣に吸い寄せられるように方向を変え――直撃を避けたのだ。


「さて……ファモス殿。どうされますか? そろそろ兵を引いていただきたいのですが」


 アティアスは少し離れたところにしゃがみ込んでいるファモスに声を掛ける。


 ファモスは大きくかぶりを振り、呟いた。


「いや……まさかこれほどとは思っていなかった。ヴィゴールの言った意味がようやく分かった。……まさに魔女だな」


 そこでひとつため息をついて続ける。


「……降伏する。兵は私に従っただけだ。責任は私にある」


 はっきりとファモスは言い切り、もう一度大きくため息をついた。


 ◆


 それからは早かった。

 本隊に戻ったファモスの号令で、兵は立て直された。

 全員が魔導士だったことで、怪我もすぐに回復できたことが大きかった。


 そして、その日のうちにマドン山脈まで後退させることになった。明日中にはウメーユまで到達するだろう。


 アティアスはファモスを捕えたりはせず、引き続き兵の指揮を任せることにした。

 逃亡したりすることはないだろうし、あとはマッキンゼ卿の判断に委ねることになる。


 テンセズ側はゼバーシュに援軍を要請していたこともあり、アティアスは状況を記した書状を何通か作り市長のコヴィーに託した。

 援軍を指揮するのは兄のケイフィスとトリックスのどちらかだと予想し、それに合わせた書状を準備したのだ。

 それに加え、ナターシャがマッキンゼ卿から友誼の書状を託されていたこともあり、今回の件で話が拗れるのを避けるため、父ルドルフにこの一件の背景を伝える必要もあり、その書状も急ぎ送ることにした。


 一連の処理が終わったのはもう日も暮れた頃だった。


 ◆


「ほんとエミーにはびっくり。ありがとね」


 ミリーはエミリスに声をかけた。

 後処理を手伝っていたナハト達3人とアティアス達を合わせ、いつもの5人で酒場に行き、皆の無事を祝って食事をしていた。

 声を掛けられたエミリスはアティアスの膝の上にちょこんと座って、頭を撫でてもらってご満悦だ。まるで膝の上で寛ぐ猫のように見える。

 

「皆さんには色々良くしてもらいましたから。少しはお返しできたでしょうか」

「もちろんだ。もう駄目だと思ったよ。九死に一生を得るってのはこういうことなんだな」


 ミリーの隣に立つトーレスが笑顔で答える。


「こうしてると、前とそんなに変わらないのにねー」


 アティアスに褒めてもらって喜ぶ姿は、以前とほとんど変わりがない。ただ、以前の彼女を子猫だと例えるなら、今は大人しくしていても中身は猛獣だ。

 彼女自身、それを自覚しているからこそ、自分の意思で力を振るうことはせず、信頼している彼に判断を委ねることにしているのだ。


「俺自身、エミーにはいつも驚かされっばなしだよ。……ドーナツ20個も食べるしな」

「むむー、それはドーナツが美味しいのが悪いんですっ」


 アティアスが笑いながら揶揄うと、彼女が口を尖らせながら頭を彼の胸にぐりぐりと押しつけてきた。


「ふーん、そんな悪いものならもう食べるのやめような」

「ええぇ……酷いですっ! このまえ、これからは好きなだけスイーツ食べて良いって言ったの、私覚えてますよっ!」


 今度はゴンゴンと彼の胸に頭をぶつけて抗議する。


「ははは。ドーナツくらいなら俺達が好きなだけ買ってやるよ。安いもんだ」


 2人のやり取りを見ながら、ナハトが笑う。


「ほんとですかっ⁉ じゃあ明日お願いしますっ!」

「おいおい、明日は早くミニーブルに戻らないと。色々後始末もあるからな」

「むむー」


 アティアスに言われて彼女は頬を膨らませた。

 早くマッキンゼ卿と会って、ファモスの件の後始末をしっかりつけておく必要があることを忘れてはならない。


「仕方ないですね……。ミニーブルに戻ればケーキの約束がありますし、それで我慢します……」

「すまないな。たぶん、マッキンゼ卿が好きなだけ食べさせてくれるよ」

「それを期待しますー」


 彼女は手に持つグラスからワインを飲み干し、満足そうに笑った。

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