第101話 危機
「くそっ! キリがねぇな!」
「ホントにねー」
目前に迫ったワイルドウルフを2人で連携して切り捨てながら、ついナハトは愚痴を溢し、それにミリーも同意する。
まだまだ体力には十分余裕があるし、怪我も負っていないが、町に入ってくるワイルドウルフの数が多すぎて休む余裕もなかった。
さらにその背後には、数は少ないながらも人よりも二回りは大きいブラウンベアーも控えているようで、この先が思いやられる状況だった。
周囲にも同じように傭兵のチームが何組もいるのだが、獣たちが魔法を使ってくることで、どうしても消極的な行動になってしまい、効率的に倒せているのは自分たちのパーティだけだった。
相手もそれがわかっているのか、こちらにばかり頭数が増えてきているようにすら感じる。
「せめてバラバラに来てくれればな」
ワイルドウルフ達は列を成して進んでくるため、迂闊には飛び込めない。
後退しながら隙を見て1頭ずつ数を減らしているが、数が多すぎてキリがない。
「ナハト、ミリー! 路地に入って順番に処理しよう!」
その状況を冷静に判断し、トーレスが提案する。
狭い路地ならば、同時に何頭も入ってこれないため、倒しやすいと考えたのだ。
「わかった! ミリー、先に入って中の安全を確認してくれ!」
「うん!」
ナハトの言葉にミリーが応え、近くにあった路地に飛び込む。
トーレスよりも先にミリーに突入させたのは、中にワイルドウルフがいる可能性も考えてのことだ。
「大丈夫! トーレスも早く!」
「了解!」
ミリーの呼びかけにトーレスが答えて、続いてナハトも飛び込む。
路地の反対側からも来るかもしれず、トーレスを間にして魔法での攻撃を防ぎ、ナハトとミリーが入ってきたワイルドウルフを倒していく、という算段だ。
――ザシュッ!
最初に飛び込んできた狼をナハトが一撃で倒す。
しかし、それを見た後続のワイルドウルフは動きを止めて、円陣を組むように路地を取り囲み始めた。
「ちっ! こいつら慎重だな!」
なかなか攻撃を仕掛けて来ず、かと言ってこちらから攻めるのも難しい状況に陥ってしまった。
これならまだ攻めてきてくれたほうが対処しやすいくらいだ。
「このまま休憩も無しだといずれ耐えられなくなるな……」
トーレスが苦々しく呟く。
食事も睡眠も取らずに守りに入るのは体力が持たない。特にトーレスは守りの要であり、気を抜く訳にはいかなかった。
「こっちからも!」
ミリーの側、ナハトと反対の路地の入り口のほうも同様に、獣達が取り囲み始めていた。
これで完全に逃げ道を失ったことになる。
「……だいぶ前にアティアス達が同じように挟まれてたな」
ナハトがその時のことを思い出す。
怪しげな男たちに挟まれていたアティアスとノードを、あの時は自分たちが助けたのだった。
「逃げ道が無くなると厳しいな。しばらく様子を見て打開できそうになければ、体力があるうちに一か八かで打って出るしかないな……」
トーレスが冷静に考えを言う。
「そうね。……都合よく誰か助けに来てくれたり……するわけないか」
半分諦め混じりにミリーも同意する。
ナハトと2人で打って出れば、ある程度は倒せるだろう。どこまで体力が続くかはわからないが、どうしようもない場合はそれしかないと腹を括った。
「どうせできることがないなら、今のうちにやるほうがマシじゃないか? 少しでも可能性が高い」
現状を考えると、それが最善だと思えた。
待ったところで助けなど来るはずもない。ならば自分たちが元気なうちに、少しでも数を減らしながら突破する方がいいと。
「よし、そうしよう。……ミリー、言い残すことはないか?」
「何言ってるの! まだ可能性はあるでしょ」
「はは、そうだな」
トーレスの問いかけにミリーが答える。
ミリーはまだ諦めていない。それが分かっただけでも、可能性はあると信じたい。
「それじゃ、俺が先に行くから、ミリー、援護してくれ」
「わかったわ」
そう言うや否や、ナハトは集中力を高めて、勢いよく路地から飛び出してワイルドウルフの一角に斬り掛かる。
まず上段から振り下ろした剣で一頭を叩き斬り、返す刃で右から来た狼の頭を弾き飛ばす。
逆の左からナハトの死角を狙ってきた狼は、彼の後ろからミリーが突き出した剣で首を貫かれた。
2人がうまく連携して、ワイルドウルフの攻撃を対処していく様子は見事だった。
「――危ないっ!」
突然ミリーが叫び、トーレスに飛びかかった狼の背中に剣を突き刺す。
ミリーは細身だが長く剣士をしていたことで、それなりの筋力も持ち合わせていた。それに加え、どうしても男に比べて見劣りする部分を補うため、突きを得意としていた。
「すまない!」
トーレスが礼を言うが、ミリーは全力で動き回っていることもあって、早くも肩で息をしていた。
体力はそう長く持ちそうもなかった。
完全に周囲を囲まれていることもあり、自分で戦えないトーレスを庇いながら戦うのは余計に体力を消耗する。
かといって、トーレスがいないと魔法であっという間にやられてしまうだろう。
……万事休すか。
トーレスは心の中で呟く。
マッキンゼ領の魔導士が相手だと思っていたのが、まさかこれほどの数の獣たちが攻めてくるとは予想していなかった。
「――きゃっ!」
そのとき、疲れで一瞬油断した隙を突かれたのか、ミリーの左腕にワイルドウルフの一頭が噛み付く。
その拍子に持っていた剣を落としてしまい、好機と捉えた狼たちが、一斉に彼女へと飛びかかろうとした。
「くそっ!」
それを黙って見ていられず、トーレスは少しでも彼女の盾になろうと彼女の前に飛び出した。
自らに噛みつこうとするワイルドウルフの牙が視界に入り、彼は咄嗟に目を閉じた。
――これまでか!
自分は噛み殺されるのだろう。
一瞬の時間が長く感じられるなか、覚悟を決めてその時を待った。
――しかし、その時は待っても来なかった。
「…………?」
不思議に思って目を開けると、そこには見覚えのある少女が立っていた。
「なんとか間に合って良かったです。……以前、助けてもらったお礼に来ましたよ」
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