第96話 決意

 ――時は数日前に遡る。


 ナハト達はテンセズの市長に呼び出されていた。

 彼らだけではなく、テンセズにいる冒険者や傭兵にも声がかけられていた。

 現在の市長はシオスンから交代した男で、コヴィーと言った。


「急に何だっていうんだ……」

「さぁな、これだけ集められているってことは、何か良くないことじゃないか?」


 ナハトが愚痴を言うのに対して、トーレスが宥める。

 ミリーもトーレスの言葉に同意する。


「こういうのは今までなかったわよね。……心配ね」

「最近は獣の襲撃も無くなっていたからな、安心してたんだが……」


 夏頃にアティアス達が訪れていた頃は、頻繁に獣の襲撃があった。

 知能が高く、撃退するのに苦労することも多かったことで、傭兵としてはいい稼ぎになっていた。

 秋になり、それもめっきりと減ったこともあって、そろそろこのテンセズを離れることも考えていた矢先だった。


「お、市長が出てきたぞ」


 市長の屋敷の前庭に集まった者は50名ほどはいるだろうか。

 大半がテンセズに獣が出ることを聞いて、仕事を求めて集まってきていた者達だった。


 市長のコヴィーが前に立つ。

 いつになく、神妙な顔つきをしていて、あまり良くない話であるという予想を裏付けるものだった。


「わざわざ時間をとって集まってもらって感謝します。皆さんに集まってもらったのは他でもない。……どうやら、このテンセズに攻め込んでこようとする動きがあるという情報が入ったからです」


 ざわつく集団を前に、コヴィーが続ける。


「先ほどマッキンゼ領のウメーユから来た冒険者からの情報です。100名以上の魔導士が集められており、マドン山脈を越える準備をしていると。その話を考えると、目標はこの街であることはほぼ間違いないでしょう」


 コヴィーの言葉を聞いたトーレスが、2人に耳打ちする。


「魔導士100名とは大層なことだな……。ただ、この街を占拠したとしても、その人数ではこの先のトロンやゼバーシュは到底落とせないだろう。何を考えているんだろうか……」

「だな。なにか考えがあるのかもしれんが。ただ、まずはここのことを考えないとな」

「そうよね……。ここにいる魔導士はせいぜい数十人でしょ? ちょっと厳しいわね」


 相手がどんな戦略を立てているのかは分からないが、少なくともここテンセズを占拠されると自分達は困る。

 少なくとも、勝算も無しに攻めては来ないだろう。それにテンセズを落としたとしても、最終目的がこの町のはずがない。


 周囲がざわつくなか、コヴィーは続けた。


「この町の兵士だけではとても敵わないでしょう。先ほど、ゼバーシュに向けて急ぎ援軍の手配をしました。ただ、その軍が到着するまで少なくとも一週間はかかるでしょう。それまで……何としても耐えないとなりません。……そこで可能なら、皆さんにも協力して欲しいのです。報酬は弾みます」


 普通にゼバーシュに行くと馬でも3日かかるが、急げば2日ほどでたどり着くだろう。ただ、そこから援軍の準備をしたとしても、一週間程度はかかるだろうという見立てだ。


「それほどの魔導士相手に、一週間も耐えられるとは思えないが……」


 トーレスが呟くと、それにナハトとミリーが頷く。


「どうする? 下手すると命を無くしかねないぞ?」

「あたしはこの町の生まれだし、できれば手伝ってあげたいけど……」


 ナハトの問いに、ミリーが返す。それにトーレスも同意する。


「ミリーがやるなら私もやるよ。少しでも魔導士は多い方がいいだろう」

「仕方ないな。2人がやるって言うなら、リーダーの俺がやらないわけにはいかないだろ」


 ナハトもコヴィーの要請に応じることを決める。


 気づけば、集められた人のうち半分程度がいなくなり、残ったのは25人ほどだった。

 帰った者はこの町から離れるのだろう。

 コヴィーは残った者達に声をかける。


「ご協力に感謝いたします。……町の住民にはできるだけ町の中心に避難させます。魔導士相手ならば、広いところで戦うのは不利です。町に誘い込み、地の利を活かして数を減らしていくしかないと考えています」


 それにはナハト達も同意見だった。

 町を破壊するのが目的なら、外から強力な魔法を使うのが早い。しかし闇雲に魔法を使っても、どこに敵が潜んでいるかわからない状態では、ただの魔力の無駄遣いになる。

 魔力が尽きると魔導士は無力になる。いくら人数が多いとはいえ、これほどの町を破壊し尽くせるとは思えない。

 そう考えると、ある程度町に入り込んで攻撃せざるを得ないだろう。

 それを不意打ちするという案だ。


「俺たち3人なら、かなり戦えるだろ。1週間くらい、やってやろうじゃないか」

「うむ。この町には長いこと世話になっているからね」

「またアティアスからお酒奢ってもらわないとね。彼、領主家なんだから」


 ミリーが笑いながら話すと、ナハトが答える。


「そうだな。ついでに報酬もな」

「酒の方がついでじゃないのか? 報酬が先だろう?」


 酒好きのナハトにトーレスが指摘する。

 笑い合っていられるのも今のうちだけだが、この3人がパーティで良かったとつくづく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る