第95話 青空

「……上手くいったか……?」


 アティアスは視界の開けた青空を見て呟くと、マッキンゼ卿も同意する。


「そのようですね」


 自分たちを覆っていた砦の天井や壁の瓦礫は、自分たちを中心にして周囲に散乱していた。

 周りを見渡すと、まだ壁が残っていたりする部分もあるが、砦は完全に廃墟のように崩壊している。


「エミー、ありがとう。流石だな……」


 すぐ横に立つ彼女に声をかける。

 しかし、彼女に笑顔はない。


 ――エミリスは真剣な顔で剣を抜き、おもむろにそれを上に放り投げた。


「――なにを――?」


 その剣は大きく曲線を描きながら高速で飛んでいき、まだ崩れずに立っている壁の向こうに消えていく。


「――――っ! ぐあああっ!!」


 その先から聞こえてきたのは、男の悲鳴だった。


 ◆


 ラムナールは崩壊した砦の側で、様子を窺っていた。


 事前の打ち合わせのとおり、タイミングを計って砦を爆弾で破壊し、完全に生き埋めにすることに成功した。

 あれほどの重量を突然受けたのだ。生きてはいないだろうと確信していたが、僅かな隙間が残っていることもあり得る。

 とはいえ、しばらく確認して出てこれなければ、生きていたとしても放置すればいずれ死ぬだろうとも思っていた。


 そのとき――瓦礫の中で爆発が起こった。


「まさか……」


 あれを耐えていたのか?

 以前、爆弾を使った時もなぜ殺せなかったのか理解できなかったが、何らかの防衛手段を持っているのだろうか。

 それは分からないが、なりふり構わずにこれほどのことをやっておきながら、失敗するわけにはいかない。


 とはいえ瓦礫の中からの爆発だ。

 自爆覚悟で、なりふり構わない脱出を画策したのではないかと思われた。


 しかし油断は禁物だ。ラムナールは壁に身を隠して様子を伺う。

 もし生きていたとしても、油断しているうちに暗殺するつもりだった。

 自分は魔導士である以上に、暗殺者なのだから。


 しかし――


「――――っ! あああっ!!」


 突然、きらりと光るものが視界に入ったと思った瞬間、それは生き物のように意思をもって自分の肩に突き刺さってきたのだ。

 それはそのまま身体を貫通し、背中にしていた瓦礫に突き刺さって止まった。


「――剣――!」


 ラムナールが見たのは、自分を磔にしている細身の剣だった。


 ◆


「――な、何があった⁉︎」


 アティアスが瓦礫をよじ登り、その声の方に駆け寄ろうと動く。

 それにエミリスもついていこうとするが、手足の短い自分では、瓦礫をうまく乗り越えられなかったので、気にせず飛ぶことにした。


 大きく回り込むように壁の向こう側へと急ぐ。


 そこにいたのは、先ほどアティアス達を砦ごと崩したラムナールだった。

 深々とエミリスの剣が突き刺さっており、切先が壁に刺さってしまって、抜くことができないようだった。


「――ラムナール!」


 アティアスが叫ぶ。

 それまで必死で剣を抜こうとしていたラムナールだったが、アティアスの姿を認めると動きを止める。


「くっ! なぜ――――⁉︎」


 なぜ無傷なのか。そしてなぜ突然飛来した剣が正確に自分を突き刺したのか。

 何も分からなかった。


 予想できることは、いずれもがあの少女の仕業であること。

 それと、自分はもう――。


「ラムナール、ファモスは何処ですか⁉︎」


 マッキンゼ卿も瓦礫から抜け出してきて、ラムナールに強い口調で問う。

 砦ごと嵌めようとしたということは、この付近にはいないということだろう。


「ふふふ……もう遅い。ファモス様は今ごろマドン山脈を越えているだろう。……手遅れだ」


 開き直ったラムナールの言葉にマッキンゼ卿は呆然として呟いた。


「ま、まさか……もうゼバーシュに……」

「そのまさか、だ。もう1週間を過ぎている。優雅に娘のパーティを楽しみにしていた頃にな……」

「――――!」


 なんということだ……!

 マッキンゼ卿は唇を噛む。


「マッキンゼ卿、どういうことですか?」


 理解が追いつかないアティアスの問いに、苦い顔でマッキンゼ卿が答える。


「……ファモスは兵を連れてゼバーシュを攻めに行ったのでしょう。私の隙を見て。……そしてウィルセアの誕生日パーティで事件を起こして時間稼ぎと、あわよくばそのまま暗殺しようとした。……最悪、ここで始末しようという算段だったのでしょう」


 アティアスは絶句する。

 ゼバーシュで最も近いのはテンセズだ。

 あの農業の町ウメーユからマドン山脈を越えねばらないが、順調にいけばおおよそ一週間でテンセズに行軍できる。

 今から普通に追いかけても、到底追いつくことはできない。


 ――そして今のテンセズの兵力では、抵抗することは不可能だろう。


「……アティアス殿。……もしかして、エミリス殿と2人でなら、今すぐテンセズに行けたりしませんか?」


 不意にマッキンゼ卿が彼女に聞く。

 それは飛んでいけば可能か、と聞いているのだ。その問いに対して、エミリスが答える。


「……はい。ここはお任せすることになりますが、日が暮れるまでには着くかと」


 マッキンゼ卿は頷きながら言う。


「頼みます。少しでも被害が減らせられればと思います。……ファモスを殺してでも、なんとか」

「わかりました。あとはよろしく頼みます」


 アティアスが答える。

 エミリスは無言でラムナールに向けて手をかざすと、突き刺さっていた剣が瞬時に彼女の手に戻った。


「――な、何だと……⁉︎」


 ラムナールが驚きの声を上げるが、彼女はそれを気にも留めず、剣に付いた血を拭って鞘に仕舞う。

 そしてアティアスの腰に手を添えて、マッキンゼ卿に目配せすると、そのままふわっと宙に浮かび上がった。


 膝をつき唖然とするラムナールは、2人を見送るしかない。


「――では、こちらは……こちらができることをしましょうか」


 そしてマッキンゼ卿が呟く。

 ラムナールを見るその目は、彼がアティアスたちには一度も見せていない、厳しいものだった。

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