第94話 同調

 マッキンゼ卿を含め、4人の乗り込んだ馬車がダライの街を砦に向けて進む。

 速度は速くなく、徒歩と変わりない。

 その前後を先ほどの兵士たちが警護していた。


「もうすぐ着きます」

「はい。上手くいくといいのですが」


 マッキンゼ卿の言葉にアティアスが相槌を打つ。


 ダライの砦はもう目の前だ。

 そこには市長であるファモスがいる。

 直接乗り込み、腹を割って話をする予定にしていた。


 砦の前で馬車を降り、門の前で兵士に告げる。


「予定通りファモスに面会に来た。この者達は私の友人だ。……通してくれ」

「これはヴィゴール様! ……どうぞお通りくださいませ」


 門兵はビシッと敬礼し、4人を砦の中に通した。

 このダライの砦は2階建てでそれほど大きくないが、しっかりとした石造りで堅牢な構造をしていた。

 街の規模もミニーブルに次ぐ大きさのためか、砦の周りには兵士たちが駐在するための建物がいくつも建てられていた。


 マッキンゼ卿は、迷いなくファモスがいるであろう2階の執務室に向かう。


「……ほとんど人がいませんね。いつもこんなものなのですか?」


 ふとエミリスが不思議そうにマッキンゼ卿に聞く。

 彼女は、この砦の中に兵士がほとんどいないことを感知していた。


「いえ、普段そんなことはないはずです。……気になりますね。注意しておいたほうがいいかもしれません」

「わかりました」


 アティアスも同意する。


 執務室の前に着くと、兵士がひとり立っていた。

 マッキンゼ卿が告げる。


「ファモスに会いに来た。通してくれ」

「ヴィゴール様。……現在ファモス様は不在でございます。中でお待ちくださいませ」

「それはどういうことだ?」

「申し訳ありません。そのようにお伝えするように……としか申しつけられておりません」


 兵士の応答に首を傾げながらも、マッキンゼ卿は執務室に入る。

 広い執務室は普段ファモスが市長としての仕事をするための部屋だ。

 その部屋の中心におおきな机が置かれており、その脇には書類の束が積み上げられていた。


 その机にはひとりの男が座っていた。

 そして、その男の顔はアティアスも知っていた。


「……ラムナール」


 マッキンゼ卿がその男の名を呟く。

 40代ほどのその男は、以前アティアス達がルコルアで表彰されたときに出会っていたラムナールだった。

 マッキンゼ卿が部屋に入ったのを確認したあと、ラムナールは椅子から立ち上がり礼をする。


「ヴィゴール様、お待ちしておりました」

「なぜお前がここに? ルコルアを任せていたはず。それにファモスはどこに行った?」


 予想外のことだったのか、マッキンゼ卿はラムナールに問う。


「私はファモス様に言われてここに来ております。アティアス殿も、お久しぶりです」

「……あ、ああ。久しぶりだな」


 アティアスが返事を返す。

 そのとき、不意にエミリスがアティアスに小声で耳打ちした。


「……この砦の中の兵士、今は誰も残っておりません。絶対に何か仕掛けてきます」

「そうか、わかった」


 彼女の言葉に頷く。

 兵士を隔離したということは、被害を抑えるのが目的だろうか。


 ラムナールが口を開く。


「アティアス殿が、あの至近距離での爆発を受けて生きていたとは思いませんでしたよ。……確実に仕留めたと思っていましたので」


 彼の言葉にアティアスが驚く。


「なぜそれを……」


 爆発というのは今まで2度あるが、恐らくこのダライで黒服の男達に襲われたときのことだろう。

 しかし、そのときの相手がアティアスだったと知るものは、マッキンゼ卿とウィルセアを除いてはいないはずだった。

 ……当事者を除いては。


「爆弾を放ったのは私ですから、知っていて当然です」


 不適な笑みを浮かべてラムナールが真相を告げると、アティアスは唇を噛む。


「まさかとは思ったが……」

「ええ、あの時は失敗して残念です。だが――」


 そこまで言葉を発した瞬間――


 ラムナールは背後の窓に向けて駆け出し、その窓を割って執務室から飛び出した。


「――ラムナール!」


 マッキンゼ卿が叫ぶ。

 エミリスがその背中に向けて魔法を撃とうとしたが、一瞬相手の方が早く空振りに終わった。

 咄嗟にアティアスが叫ぶ。


「――ちっ! 追うぞ!」

「ま、待ってください!!」


 走り出そうとする彼の腕をエミリスが掴んで制止した。


 そのとき、耳をつんざく轟音が響き渡り。


 ――ダライの砦は崩壊した。


 ◆


「……大丈夫ですか⁉︎」


 視界のない暗闇のなか、エミリスが声をかける。


「ああ、俺は大丈夫だ」

「私たちもです」


 口々に無事を伝える声が聞こえる。


「――灯りを」


 真っ暗なままでは何も見えないのでオースチンが魔法で周囲を照らす。


「ここは……?」

「……瓦礫に埋められてしまったようです」


 魔法か爆弾かは分からなかったが、砦に取り残されたまま、その崩壊に巻き込まれて生き埋めになってしまったようだった。

 兵士が退避したのは、これが目的だったのかと気付く。それにしても、まさか砦ごと破壊するとは、誰も予想していなかった。


「咄嗟に空間を作りましたけど……あまりに重くてこれが精一杯でした。ごめんなさい」


 潰されないように、今も彼女が魔力で支えて続けてくれているらしい。


「すまない。魔力は大丈夫か?」


 アティアスの問いに彼女は苦い顔をする。


「うう……大丈夫じゃないです……。これだけ重いと、そんなに長くもちません。早く脱出しないと、いずれぺちゃんこです……」


 軽いものならいくらでも耐えられるのだろうが、重量のある石の瓦礫を魔力だけで持ち上げ続けるのは、彼女でも苦しいようだ。


「かと言って、これは厳しいな。魔法で吹き飛ばすくらいしか……」

「ただ、それをやると私たちも無事ではすまないですね」


 マッキンゼ卿にも妙案はなさそうだ。

 ……考えろ。

 このまま潰されるくらいならば、一か八かでなにか方法が無いものか。


 ……吹き飛ばす、か。

 どうせ駄目なら試してみる価値がある方法が思い浮かぶ。


「エミー、俺にタイミングを合わせられるか?」

「……どうやるんです?」

「俺が魔法で上の瓦礫を吹き飛ばす。その瞬間にエミーが壁を作って魔法を防いで欲しい」


 エミリスが瓦礫を支えているうちにアティアスがそれを吹き飛ばす。

 しかし至近距離での爆裂魔法は自分たちにも影響が大きい。並の魔導士では防げず、彼女の作る壁がないと厳しいだろう。

 なので爆発の寸前に瓦礫を支えている魔力を解き、魔法を防ぐ壁に切り替える、という案だ。

 切り替えが早いと落ちてきた瓦礫に潰されるし、一瞬でも遅れると爆裂魔法で圧死してしまう。


「……わかりました。……もし失敗したら一緒に天国に行きましょうね」

「何言ってんだ。エミーが失敗するわけないだろ。……マッキンゼ卿、失敗したら申し訳ありません」

「いえ、他に手段はないでしょう。私たちも少しでも壁を張ります。……よろしくお願いします」


 マッキンゼ卿も同意する。


「エミー、俺の詠唱に上手く合わせてくれよ」

「何度も聞いてますからね。……大丈夫です」


 その言葉とは裏腹に、彼女は緊張感の漂う表情を見せる。

 アティアスは腕輪を確認し、彼女の魔力を詰めた宝石をしっかりと握る。

 そして、ゆっくりと詠唱を始める。


 彼女がごくりと喉を鳴らしたのが聞こえる。


「――爆ぜろ!」


 そして、発動の言葉と共に視界が真っ白に覆われた。

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