第72話 撤退

「危ないっ!」


 咄嗟にエミリスが雷撃用の防御魔法を展開する。


「助かった!」


 魔法を防がれて男達に動揺が走るが、すぐにナイフを持った男が3人、切り込んでくる。

 アティアスも今は丸腰である。魔法を使うしかない。


「凍える刃よっ!」


 氷の魔法を飛ばして牽制する。

 しかし、器用に避けられてしまう。

 身のこなしに淀みがない。また、走っているのに足音が殆ど聞こえない。


 ――嫌な予感が当たったか。


 ただの追い剥ぎなどではなく、暗殺者のようだった。しかも、アティアス達を狙ってきている。

 

「エミー!」


 自分では手に負えない。

 そう判断して、後ろに居るであろう彼女の名前を叫ぶ。


「……はい。お任せください」


 ぞっとするような声で、返事が返ってくる。

 アティアスが狙われていることに彼女も気付き、明確に排除しなければならないと理解したのだ。


 その瞬間――


 パンパンパンッ!


 という音が立て続けに響き、走ってきていた男3人がゆっくりと倒れる。

 瞬時に得意の魔法で撃ち抜いたのだ。

 ただ、いずれも額から血を流していたが、彼女が威力を抑えたのか、致命傷というほどではなさそうだ。


 続けて、後ろの2人にも同じように魔法を放つ。

 しかし「キィン!」という音で弾かれてしまう。

 詠唱を聞いた記憶はないが、いつの間にか防御魔法を使っていたようだ。


 これは厄介だな……。


 アティアスはどう対処すべきか、思考を巡らせた。


「……周りに被害が出るのは良くないですよね?」


 すぐにエミリスがアティアスに確認する。

 防御魔法も万能ではない。

 守れる以上の魔法をぶつければ突破することもできるし、爆炎魔法ならば術者ごと吹き飛ばすことも可能だ。

 ただ、それほどの魔法を使うと周りも無事では済まない。


「……そうだが、やむを得ないなら構わない」


 非常事態であれば仕方ないと判断した。


「いえ、大丈夫です」


 だが、彼女はなんでもないことのように答えた。


 男2人は、前で倒れている3人を回収したいのだろうが、迂闊には飛び出せず膠着状態になっていた。

 一か八かで強力な魔法を使ってくることもあり得るが、向こうは目立つと困るだろう。

 こちらとしても目立って一般人に被害が出るようなことは避けたい。


 ふと――

 エミリスが左手を男達に向ける。

 何をしようというのか。


「むー」


 唸るような声を出す。

 これは魔法を使う時と違い、魔力で何かをしようとする時の彼女の口癖だった。

 ふわっと、周りの地面に落ちている石ころ達が、彼女の周りに浮かび上がる。


(まさか……)


 何をしようとしているのか、なんとなく理解できた。


 そして、一呼吸の間を置いて、弾かれたように打ち出された大量の小石が、男達に向かって弾丸のように降り注いだ。


 ――バチバチバチッ‼︎


「なあっ!」


 初めて声を上げて驚く男達は、なんとか身を屈めてやり過ごそうとするが、止むことなく次々と打ち出される石になす術もない。

 魔法の壁では防ぎようもない、物理的な弾丸だった。


「前に魔法を弾かれたとき、どうにかできないかなーって思ってたんですよね」


 男達が血を流して倒れ、もう動かないのを確認したエミリスは、唖然とするアティアスに軽い口調で説明する。


「あ、ああ……。凄いな……」


 課題があったら次は対策を考える。全てのことに言える基本だが、彼女はそれを徹底していた。

 それも彼に褒めて欲しい一心からだった。


「とりあえずどうしま――」


 エミリスが呟きかけた。が、ふと気づく。


「――もうひとりいますっ!」


 瞬間、倒れている男達のさらに奥から、何かが飛んでくるのが見えた。


「――!」


 目の良いエミリスはそれが何なのかに気付き、咄嗟にアティアスを地面に押し倒した。

 ――自分がその上に覆い被さるようにして。


 その瞬間――


 耳をつんざくような爆音が周囲に響き渡った。


 一瞬遅れて爆風が押し寄せ、吹き飛ばされるように2人は地面を転がる。

 投げられた爆弾が炸裂したのだ。


 周囲が静かになると、すぐにアティアスは自分を庇った彼女を抱き起こす。


「エミー! 大丈夫か⁉︎」


 自分の怪我は大したことがなさそうだったが、彼女は頭から血を流していた。


「うぅ……痛いです……。アティアスさまは……大丈夫ですか……?」


 彼女は痛みに顔を歪める。だが、意識ははっきりしていた。


「……ああ、俺は大丈夫だ」

「……良かったです。……けど、すぐにここを離れましょう」


 そう言うや否や、彼女はアティアスに抱きつく。


「くうっ……」


 唸りながらも、2人の身体をそのまま宙に浮かせ、一気に空高くに飛び上がった。飛ぶことを見られている可能性もあるが、それ以上にこの場を離れることを優先した。

 すぐに2人は闇夜に紛れて、地上からは見えなくなる。


「エミー、無理はするな!」


 肩で息をしながらも魔力を制御して、その場から距離を取ろうとする彼女に声をかける。


「私は……なんとか大丈夫です。……爆発の直前にできる限りの壁を作りましたから……」


 彼女はあの一瞬のうちに、2人を覆う魔力の壁を張っていたのだ。完全には防げないにしても、雨を防いだときのように、威力を少しでも削ぐために。

 それがなければ、もっと酷いことになっていただろう。


「ありがとう……。助かったよ」

「ふふ、それが私の役目ですから……。まさかとは思いましたけど……」


 仲間ごと爆弾で吹き飛ばそうとは、アティアスも想像すらしていなかった。

 暗殺するのに目立つ行動を避けるのは常套手段だが、あれほど堂々とやるとは……。


「……宿に戻りますか? それとも、違う場所に?」


 彼女は彼に確認する。

 宿だと居場所が割れているかもしれないことを危惧しているのだ。

 アティアスは少し考えて答える。


「いや、一旦宿に戻ろうと思う。恐らく……宿ごと爆破したりはしないだろう。そのつもりならもっと早くやっている。あそこでやったのは、むしろ情報が漏れるのを防ぐ意味があったんじゃないかと思う」


 エミリスに倒された男達が捕まって、口を割る可能性を考えたのでは、と予想した。


「……わかりました。では宿に向かいます。……一応、周りには注意しておきますので」

「すまないな。……痛いだろうに」

「……いえ、このくらい我慢できます。……でも、後でたっぷり褒めてくださいね」


 顔には血がついたままだが、ふっと笑顔を見せる。


 程なく宿の上に着いた。

 目立たぬよう、泊まっている部屋のベランダにそっと着地する。周りには怪しい気配はない。

 窓には鍵がかかっているが、エミリスがさっと手をかざすと簡単に中から外れる。


「まったく便利な力だな……」


 アティアスが感心する。今の彼女にとっては、鍵など何の役にも立たない。

 部屋に入り窓を閉めると、まずは彼女の怪我を確認する。

 爆風で飛んできた石で頭を切ったようだが、もう血は止まっていた。跡が残らぬよう、魔法で傷を塞ぐ。

 それ以外にも所々怪我をしていたが、どれも大事には至らぬようでほっとした。


「ふぅ……。頭に石がぶつかった時、一瞬お星さまが見えましたよぅ……」


 ようやく痛みも落ち着いたのか、ベッドに腰掛けた彼女は、その時のことを思い出しながら話す。


「なんにせよ、エミーが無事で良かった。心配したよ」

「私も、アティアス様に怪我がなくて安心しました」


 そう言って笑い合う。

 襲ってきた男達が何者かは後にして、まずは無事に切り抜けられたことを喜ぼう。


 彼女の横に座ると、すぐさま身体を擦り寄せてくる。頭を撫でてあげると目を閉じ、その感触に身を委ねている。

 意地悪にもそのままそっと唇を重ねると、驚いたのかパッと目が開いた。


「んっ……」


 だが、すぐにまたゆっくりと瞼を閉じる。

 しばらくして顔を離すと、うっとりした顔で微笑みを浮かべた。


「もっと……ご褒美が欲しいです……」

「それはお風呂のあとでも良いか?」

「ふふ、そうですね。その方が私も嬉しいです」


 彼女は一度、強く彼に抱きついてからゆっくりと立ち上がった。

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