第73話 推理

「あれから何事もなくて良かったですー」


 朝になり、向かいあって朝食を食べながら彼女が話す。たまたま眼鏡を宿に置いてあったこともあり、いつものように眼鏡姿だった。


「本当にな。この街に長居はしたくないな」


 昨晩はお互いの怪我を確認しながら、お風呂に入り汚れと血を落とした。

 そのあとは……。


「たっぷりご褒美頂けたので、ぐっすり寝られました」


 エミリスは昨晩のことを少し思い出しながら呟く。少し頬が赤い。


「エミーがいなかったら、あっという間にやられてただろうな。……たぶん、ノードと2人なら勝てなかったと思う」

「良かったです。ウメーユにいる間、色々練習してたのが役に立ちました」

「まさかあんな技まで覚えてたとはな」


 それは昨晩彼女が披露した、石を散弾銃のように打ち出す技のことだ。


「テンセズでワイルドウルフに魔法効かないってなった時に困りましたからねー。それで、よくよく考えてみると、その辺にあるものぶつけたらいいやーって」

「その発想は無かったよ。魔法か剣でなんとかしようとばっかり考えていたから。……ってことは、あの爆弾を弾き返すこともできたのか?」


 思い返すように彼女が話す。


「一瞬それも考えたんですけど、途中で爆発したら無防備になっちゃいますからやめたんです」

「なるほどな。確かにあのタイミングなら無理だったか。良い判断だったな」

「ふふーん。導火線見えましたからね。あ、これはもうダメだなって」


 あの真っ暗な中でそこまで見えていたのかと驚く。


「俺には何が転がってるのかも分からなかったけどな。どんな目だよ……」

「こんな目ですよっ」


 エミリスは両手で眼鏡をずらして、目をパチパチと瞬きしてみせる。


「綺麗なだけじゃないってことはもうよく知ってるよ。……ありがとうな」

「いえいえ。次はもっとスマートに対処してみせますね」

「期待してる。……話は変わるけど、昨日の奴ら、エミーはなんだと思う?」


 襲ってきた男達について相談する。


「うーん……。マッキンゼ卿の関係ではないと思うんですよね。わざわざ招待しておいて、こんなところで襲う必要なんてないですし」


 彼女は上を向いて考えながら話し始めた。


「となると、それ以外にアティアス様を狙う人なんて……いるんですかねぇ?」

「俺もマッキンゼ卿は関係ないと思う。……エミーは見てないだろうが、テンセズで同じような奴らに一回襲われてるんだ」

「ああ、シオスンの部下だった……」

「そうだ。間違いなく今回の方が動きが良かったが、雰囲気が似ているのが気になってな」


 あの時は魔法も使ってきたりはしなかったし、アティアスでも対処できるほどの強さだった。

 だが、昨晩の男達は――彼が帯剣していなかったということを差し引いても――勝てるようには感じなかった。

 エミリスだからこそ、あれほど一方的に勝てたのだ。


「関係あるんですかねぇ? シオスンはもう居ませんし……」

「さあな。……ただ、シオスンが奴隷を売っていた組織は残ってるはず。全く尻尾もつかめなかったが」

「それと昨日のに関係が?」

「可能性の一つだけどな。……勘だけど、案外当たってるかもしれん」

「なるほどです」


 彼女はコクコクと頷く。


「ま、今はそのくらいしか考えられないな。もしかすると全然当たってないかもしれないし。どっちにしても、しばらくは用心しておかないとな」


 心当たりがあるのはそのくらいだった。奴隷商がアティアス達を邪魔に思っている可能性を考えたのだ。


「承知しました。私も周りに気をつけておきます」


 真剣な顔で彼女は答えた。


「もともと今日は一日滞在する予定だったけどどうする?」


 アティアスは彼女に今日の予定について相談する。もともとはこの街を1日観光しようと思っていた。

 昨日のことがあったので、今日の行動について悩んでいた。彼はこのまますぐにミニーブルに向けて出発するか、もしくは宿から出ないことも考えていた。


「そうですねぇ……。私は昨日の現場に行ってみたいです」


 しかし彼女は意外なことを提案してきた。


「それは何か考えがあってのことか?」

「えと……、もしかしたら何か手がかりが残ってるかもしれないと思って」


 確かにあの爆発だ。倒れた男たちの回収も困難だろうし、男たちの持ち物が何か残っているかもしれない。


「昨日の爆発の野次馬もいるだろうし、それほど危険はないかもな。ただ、人混みで刺されたりするのは気をつけないと」

「大丈夫です。ちゃんと壁作っておきますから」

「わかった。見に行くか」


 アティアスは頷いて席を立った。


 ◆


「うわー、結構すごいことになってますね……」


 2人で歩いて昨日襲われた場所まで行ってみると、多くの人だかりができていた。

 爆発の起こった付近はロープが張られていて、兵士と思われる人達が色々と調査をしているようだった。


「これはもう何も残ってなさそうだな」

「ですねぇ……」


 少し離れたところから様子を伺う。

 エミリスは彼を守ると言う名目で、ぴったりと腕にしがみつくようにくっついていた。


「にしても、かなりの爆発だったんだな。これで良く軽傷で済んだな」


 周りを見渡すと、道路脇の家のガラスが粉々になっていたり、塀が崩れたりしていた。


「壁作ってなかったら、死んでたかもしれませんねぇ……」

「考えるだけで、ぞっとするな」


 死んでなかったとしても、大怪我をしているか、少なくとも爆風で鼓膜がやられたりしていただろう。


「……帰りましょうか」

「そうだな」


 帰ろうとして踵を返したとき、ふとエミリスが何かに気づいた。


「あ……。あれなんでしょうか?」


 爆発現場からはかなり離れているが、道路脇の草むらから何か光るものを見つけ、近づく。


「……これ、あの宝石じゃないですか?」


 彼女は手に触れないように魔力でそっと浮かせて手元に引き寄せた。

 それは以前テンセズでワイルドウルフの首輪に付いていた、魔法を詰めた宝石と同じに見えた。


「男たちが持っていたんだろうか? 爆発でここまで転がってきたとか……」


 アティアスが推理する。何も無いところにこんなものが落ちているはずがない。となると、昨日落ちた可能性が最も高い。


「最初に雷撃魔法使ったんで魔導士なのかと思ってたんですけど……」

「もしかしたら、これで魔法を使ってたのかもしれないな。……あのワイルドウルフとも関係があるんだろうか……?」


 アティアスは考え込む。

 だが、今の情報だけではそれ以上のことはわからなかった。


「うーん、よくわかりませんねぇ。……とりあえず帰ります?」


 エミリスはそう言いながら、宝石をポケットに仕舞う。


「そうだな」

「私、お腹空いてきました……」

「……さっき朝ごはん食べたばっかりだろ」


 呆れて彼女の頭をポンと叩く。


「あう……」

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