第45話 応戦
(……ここは……?)
エミリスはうっすら意識を取り戻し、回らぬ頭で考える。目を開けてみるが何も見えない。
目隠しをされている……?
慌てないように自分に言い聞かせ、感覚を周りに向けていく。
だんだんと意識がはっきりしてきた。
見えないが身体が縛られていて、床に転がされているようだ。そして口も猿ぐつわのようなもので塞がれている。
なぜこんな状況になっているのかと記憶を辿るが、買い物をしようと家を出た所までしか思い出せない。
その直後になにがあったのだろうか。
(……もしかして、アティアス様の家の周りでずっと狙っていた?)
全く気付かなかったが、可能性はある。
特に身体に痛みなどは無いので、何か薬でも嗅がされたのだろうか。
舞い上がっていた自分の油断に情けなくなる。
ただ、今はこの状況をなんとかしないといけない。目と口を封じられていて、魔法も使えない。
……できるのは考えることくらいだった。
気を失ったふりを続け、周囲の様子を伺う。周りには何人かいるようだ。小声での会話に耳を傾ける。
「……奴の女か?」
「指輪をしているので恐らく……それにいつも連れているのを見ています……」
「これからどうされるおつもりですか?」
「……こいつを餌に呼び出して始末しろ」
「……来ますかね?」
「来なかったらまた違う手を使うだけだ……」
「確かに……。で、この女はどうするので?」
「呼び出すのに生きている必要はないだろう。攫ったという事実さえあれば……」
「どうせ何もできませんよ?」
「置いておいても邪魔なだけだがな。……まぁ好きにしろ」
「……承知しました」
どうやら自分を攫ったとアティアスに伝え、どこかに呼び出すつもりのようだ。
……そんなことは許されない。
自分がなにかされるのはともかく、自分のせいで彼に危害が加わるのは絶対に避けないといけない。
彼の性格ならば、間違いなく呼び出しに応じるだろう。
その前になんとかしないと……!
――せめて目隠しが無ければ。
ただ、魔法は発動させられないが、視線が無くとも魔力を編むことはできる。
あまり強い力は出せないが、物を動かす要領で必死でイメージを膨らませて、目隠しを少しでもずらせないか試みる。
そのとき気付く。
いつものようにうまく魔力が制御できない。
できないことはないのだが、かなり集中力を必要とするようだった。体験したことはなかったが、これはもしかして……。
――と、その時不意に首元を掴まれ、強引に立たせられた。
「おい嬢ちゃん、まだ寝てるか? 起きろ」
まだ寝ているだろう彼女を、男のひとりが身体を揺すって起こそうとする。
その前から起きていたが、彼女は頭を振り、さも今起きたというように振る舞う。
「……起きたか。お嬢ちゃんにはすまないが、死んでもらわないといけない。……ただ、その前に少し楽しませてもらうぜ。悪く思うなよ」
会話を聞いている時になんとなく予想していたが、男たちは自分を辱めようとしているようだった。
絶対に嫌だが、彼に危害が加わるようなことになるよりはずっとマシだ。
どんな状況でも冷静さを失うようなことはあってはならないと気を持ち直す。
最悪、魔法が使えなくても、周り全てに魔力の弾を撃てばなんとかなるかもしれない。
ただ仮に全員倒しても、縛られたままではそのあと何もできない。
そしてもし失敗すれば二度とチャンスは来ないだろう。どうする……?
「目隠しは要らないだろ? 俺は恐怖に歪む女の顔が見たいんだ」
必死に考えを巡らせていると男の一人が言い出した。
「……好きにしろ。趣味が悪いとは思うがな」
彼女にとっては幸運だった。
男達は彼女が魔導士であることを知らず、ましてや口を塞がれていても魔法を使えることなど夢にも思っていなかった。
男の手が強引に彼女の目隠しを剥ぎ取る。
エミリスは急に明るくなった周囲をゆっくりと見渡す。表情は崩さない。
男が3人。
自分の襟元を掴んでいる男、それと目隠しを剥ぎ取った男。
あとは、少し離れて壁にもたれて1人若い男が立っていた。
会話の感じだと、壁際の男の立場が上のようだ。30歳くらいに見える。
もしかすると、昨日捕らえた男が話していた依頼者かもしれない。となれば強力な魔導士の可能性があった。
自分の足元を見ると、魔法陣が描かれている。
大きくはないが、念の為魔法を封じるためのものだろう。魔力がうまく制御できないのはやはりこれのせいか。
「……赤い目の女か。珍しいな。澄ました顔しやがって。めちゃくちゃに泣き叫ぶのを見るのが楽しみだ」
目の前の男が呟く。
壁際の男がその言葉にぴくっと反応する。
「ちょっと待て。赤い目……だと?」
何か思い当たることがあるようで、表情を変える。
――今しかない!
魔法陣があっても、ある程度の魔法ならば、なんとかなる感触があった。
エミリスは男が動く前に、まず壁際の男に視線を向ける。
何かを察したのか、慌てて男が魔力を編み、防御結界を発動させる。
「――壁よっ!」
ドンッ!
ほぼ同時だった。
彼女の放った魔法で、男の周りに爆炎が巻き起こる。
男が魔法で作った壁ごと、彼女は撃ち抜いた。ただ、結界に守られたのか、男は床に転がっただけのようだ。
「なっ!」
彼女を掴んでいる男がそちらを振り返って驚きの声を上げる。
彼らが目を離した隙に、すかさず男二人の頭に向けて魔法を放つと、男達は吹き飛び床に転がった。
頭から血を流して気を失っているこのふたりはもう立てないだろう。
最初の男の方が危険だと判断した彼女は、改めてそちらに視線を向ける。
男は膝をつき、立ちあがろうとしていた。
「なん……だと……」
男は驚きを隠せず、一人呟く。
何かを知っているようだが、今の彼女にはそれを聞き出す余裕はない。せめて口枷が無ければ会話もできるのだろうが、まずは身動きできないようにする必要があった。
――男と視線がぶつかる。
「――雷よっ!」
彼女がもう一度魔法を放つよりも、一瞬早く男が魔法を発動させた。
彼女が今まで見たことのない魔法だった。
「――――‼︎」
身体に雷が落ちたように目の前が弾け、身体が硬直する。
声は出せないが、もし口が開けられるなら、悲鳴は我慢できなかっただろう。
頭が真っ白になる。
手足が自由にならず、勝手にガクガクと動いてしまい、立っていられず膝を付きそうになる。
――ダメ……このままだと……!
薄れそうな意識をなんとか保ち、彼女は視線だけを必死に男に向ける。
再度、男と目が合ったのがわかった。
その瞬間、残る意識を必死で集中させ、魔法を放った。
――バコッ!
「ぐうっ!」
ほとんど集中できず、魔法の威力はないに等しかったが、幸いうまく男の額に当てることができた。
男は頭を押さえてよろめく。
その瞬間、彼女を縛っていた雷がすっと消えた。
だが、もう立っていられずにそのまま彼女は膝をつく。意識が残っているのが不思議なくらいだった。
――ここで倒れるわけにはいかない。
もう一度、僅かに残る意識を男に集中し、必死で魔力を構成する。
そのとき、男がこちらに手を伸ばすのが見えた。何か新たに魔法を放とうとしているのか。
……先手を打たれると、次はもう耐えられないだろう。
そう考えた彼女は魔法を使うのをやめ、咄嗟に男の手を狙って魔力の弾を打ち出す。
――ガッ!
男の手から血が飛び散るのが見えた。
男が苦痛に顔を歪める。
追い打ちをかけるように、編んでいた魔法をその手に向けて、全力で炸裂させた。
――ぐしゃあっ‼︎
「ああああ……っ‼︎」
嫌な音と共に男の手が圧搾され、鈍い悲鳴が部屋に響き渡った。
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