第44話 油断
捕らえた男から情報を聞き出した2人は、家に帰ってきた。
アティアスはエミリスに心労を掛けすぎたと思い、しばらくは休ませるつもりだった。
そんな彼女はいつもと変わらず夕食の準備をしていて、疲れているのかと思いきや、中からは鼻歌すら聞こえてくる。
何ができるわけでもないが、少しでも手伝ってあげようかと思い厨房に入ろうとすると、頬を膨らませた彼女に制止された。
「ここは私の仕事場所ですから、アティアス様はどーんと座っててくださいっ!」
「あ、ああ……すまない」
「でもお気持ちは嬉しいです。……あとでご褒美をくださいね」
顔を綻ばせて彼女がおねだりする。
以前は顔には出していたものの、あまり自分から言うことはなかったのだが、少しずつ彼からの愛情を求めるようになってきた。
それを見たアティアスは頭を撫でながら言う。
「ああ、期待しとけ」
「はいっ、期待しまくります」
笑顔で料理に戻る。今日の夕食も期待できそうだ。
◆
「エミーは切り替えが早いんだな」
夕食を食べながらアティアスが話す。
今日は鍋のようで、挽肉をボール状にしたものと野菜とを、スープで煮込んだものだった。
それとは別に、お酒に合うようにと、チーズやハムを皿に乗せたものも準備されていた。
「いえ、そーでもないんですよ? 今日のみたいなのは、別に大したことないですけど……」
ワインをくるっとスワリングしながら彼女は答える。
今日もアティアスと同じワインをちびちびと飲んでいた。
アティアスは元々ビールが好きだったが、最近はエミリスの影響でワインを一緒に飲むことが多くなった。
「あれで大したことない、か……。ならどんなのが大したことあるんだ?」
「んー、そうですねぇ……。例えば……だいぶ前、アティアス様に連れて行けないって言われた時は、ものすっごく落ち込みましたよ……」
思い返しながら、感慨深く彼女は呟いた。
「ああ、あの時はすまなかった」
「いえ、良いんです。アティアス様が私を思って言ってくれてることはわかってましたので。……だから何もできない自分がすごく悔しかったです」
その時のことを懐かしむように話す。
「あの頃はエミーがこれだけ成長するとは思わなかったよ。それに、こんなに早く結婚することになるなんて、全く想像もしてなかったけどな」
「ふふ……私もびっくりです」
それまでちびちび飲んでいたワインを、くいーっと飲み干す。
アルコールが回ってきて、彼女のスイッチが入り始めた。
「……アティアスさまのためなら……どんなことでも耐えてみせます。今日みたいなことでも……アティアスさまの代わりに。……だから、どんどん頼って欲しいです……」
「俺はエミーにそんな無理はさせたくないけどな。できるだけ辛い目に遭わさないようにするのが……俺の務めだよ」
「ありがとう……ございます。……でも、私の仕事も残しておいてくださいね」
自分の居場所が欲しいと、彼女は願っていた。
今までそれがなく生きてきて、ようやく彼の隣という居場所を見つけたのだ。
だからもっと頼って欲しいと思う。
「それで……あの……今日頑張ったご褒美はいただけるのでしょうか……?」
だんだんと彼女の目がとろんとしてきて、じっと上目遣いで見つめてくる。
「……何か希望はあるのか?」
「うぅーん……」
逆に問うが、彼女も全く考えていなかったらしい。
思いつかないので、とりあえず今して欲しいことを並べてみる。
「……いっぱいよしよしして欲しいのと……腕枕がご所望ですー」
「その程度でいいのか?」
「ふふふ、でも今日の私はなかなか満足しませんよ……?」
お酒で真っ赤になった顔で微笑む。
見ていると色んな表情が楽しめて飽きない。彼女を選んで良かったと思う理由のひとつだった。
◆
「しばらくあまり動かずにいようと思う」
朝食を食べながらアティアスが話す。
昨日の男の話が本当なら、自分も狙われる可能性がある。人混みに出歩くのは危険だろう。
「そうですね。街では人が多すぎます」
後始末のことを考えると、堂々と雑踏の中で暗殺したりはしないだろうが、絶対にないとは言えない。他の住人に被害が出る可能性も考えると、できるだけ出歩かないのが良いと考えた。
「兄さん達も護衛を増やすだろうしな」
「むー、アティアス様とデートしたかったのにこんなことになって残念ですー」
エミリスはがっかりした様子だが、現状では仕方ないのもわかる。
「すまんな。……ここでは二人なんだから、それで我慢してくれ」
「はーい」
そう言って彼女はアティアスの前に行くと、背中を向けて彼の膝の上にちょこんと座る。
「ぎゅーってして欲しいです」
そう言って彼に身体を預ける。
アティアスは後ろから手を回して、強く抱きしめた。
「ふふ、ありがとうございます」
◆
「あ……食材買わないといけないのを忘れてました……」
昼食を作ろうと彼女が厨房に入って呟く。
用意周到な彼女にしては珍しいことだが、昨日は一日忙しかったし、今日は午前中ずっとアティアスに構ってもらっていて、完全に忘れてしまっていた。
「アティアス様、買い物に出かけてこようと思いますが、構いませんか? すぐ戻りますので」
エミリスが彼に確認を取る。
「大丈夫か? 俺も一緒に行くよ」
「いえ、私一人の方が安全かと思いますので」
「そうか……わかった。気をつけて行けよ」
「もちろんですー」
買い物だとどうしても人が多いところに行かないといけない。
買い物をしながら彼の周りにも気を配るのは難しいと彼女は判断し、一人で外出することにした。
「急いで行ってきますね」
そう言ってエミリスは一人で出かけて行った。
それほど店は遠くなく、30分もすれば戻るだろう。
◆
「……遅いな」
エミリスが出かけてからもう1時間になる。普通に考えるともう帰っていないとおかしい。
何か起こったのだろうか。
まさか……。
心配になり家を出て、とりあえず店に向かう。
彼女が知っている店は1軒だけのはずなので、入れ違いになることはないだろう。店に着いて彼女を探すが、いない。
「あらアティアス様。今日はお一人ですか?」
見知った店員が彼に声をかける。
「いや、先に俺の連れ合いがここに来たはずなんだが……見てないか?」
店員は少し考え、店の他の人にも声をかけるが首を振る。
「この前一緒に来られていた、あの女の子ですよね? いえ、今日は来ていないみたいですよ」
ここに来ていない、ということは違う店に行ったのか?
いや、急いで行くって言っていたのに、彼女が新しい店を探すなど考えられない。
――つまり、この店に来る前に何かあったのだ。
「くそっ……油断した」
アティアスは唇を噛む。
彼女の強さを信頼していたが、それはあくまでまともにやり合ったらだ。不意打ちされる場合などには対応できないだろう。
何か残された痕跡がないか、急いで家までの道を調べに走った。
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