第34話 真相

「今日はできれば三男のトリックス兄さんのところへ行きたいな。……ただ、トリックス兄さんは昼間城で仕事してるはず。だから、夜にナターシャ姉さんとの夕食の前、夕方に城で会う方がいいと思う」


 ふたりで向かい合って朝食を摂りながら、アティアスが話し始める。


「承知しました。……えと、トリックスさんはどんな方なのですか?」

「トリックス兄さんは魔導士なんだよ。兄弟みんなばらばらで面白いだろ?」


 昨日会ったケイフェスは腕の立つ剣士で、トリックスは魔導士。アティアスはその中間で剣と魔法のどちらも使う。


「じゃあレギウスさんはどうなんですか?」


 疑問に思い聞いてみる。


「レギウス兄さんは最初から後継を期待されてたからね、勉強ばかりであまり戦いの練習はしてないんだ」

「それは大変ですね……」

「ああ、どうしても人は生まれで左右されるから仕方ないところもあるけどな」

「そうですね……。私も良く分かります」


 生まれながらに道が決められ、自分のやりたいことができないのは悲しいことだと思う。

 彼女自身、自由にならない生活を過ごしてきたこともあって、共感するところがあった。それから比べると、今は自分の希望でここに居られることが、どれほど幸せなことかと思う。


「……話を戻そう。トリックス兄さんはこのゼバーシュで兵士として仕えている魔導士たちをまとめているんだ。立場上のもので、兄さんより腕の立つ魔導士は多くいる。けど、兄さん自身も弱い魔導士じゃない。少なくとも魔法なら俺よりずっと上だ」

「アティアス様が剣も使ったら?」

「どうだろう? 場所とか条件によると思う。近づけなければ剣は役に立たないから」

「なるほどです」


 食べ終わったふたりは、そのまま会話を続ける。


「それで、夕方までどうされますか?」

「そうだな。まずやっておきたいのがふたつ。レギウス兄さんの見舞いと、あとノードにも動いてもらおうと思ってる」

「ふむふむ。わかりました」


 頷きながら、予定をメモに残していく。


「あとは……何かやりたいことあるなら聞くぞ?」

「え……。何も考えてないです。私はアティアス様と一緒ならどこでも……」


 急に振られてエミリスは戸惑う。


「あ……でも、せっかくなのでもっと街を見て回りたいです」

「そうか、わかった。じゃあ順番に周ろうか」

「はい。準備しますね」


 ◆


 今日のエミリスは桜色のベストに白いフレアスカートを合わせていた。明るい春によく合っている。

 当然だが剣などは身に付けていない。なので、こういう時には護身のために魔法が使えるのは非常に有利だ。

 特にエミリスは声すら必要とせずに使えるため、誰が魔法を使ったのかすら秘匿できる。暗殺者なら喉から手が出るほど欲しい能力だろう。


「まずはレギウス兄さんの家に行こう。本来なら昼間は城にいるけど、家で療養中みたいだから」


 歩きながらアティアスが説明する。

 その横をエミリスが並んで歩く。傍目には仲のいい兄妹のように見える。

 対外的にも兄妹なのだが、恋人同士でもありつつ、彼女は使用人のように身の回りのことや、はたまたボディガードまでこなしている。一言で説明しろと言われると言葉に困る関係だった。


「遠いんですか?」


 周りをきょろきょろと見回しながらエミリスが聞く。


「いや、10分も歩けば着くよ。兄弟みんながあまりに近いと火事とか何かあった時に困るし、かと言って遠いと連携が取れない。だからこのくらいの距離感なんだ」

「確かにそうですね」

「ほら、あの大きな屋敷がそうさ」

「うわっ……! すっごく大きなお屋敷ですね……」


 アティアスが指差すのは、一際大きな屋敷だった。

 アティアスの家の軽く10倍はあるだろう。ただ、次期当主と考えれば当然であった。


「住み込みの使用人も多くいるからね。それだけ多忙なんだけど」


 エミリスはテンセズの町長だったシオスンに仕えていたので、町長ですら相当に多忙だったのを知っている。

 このゼバーシュ伯爵領全てを管理しているゼルム家当主のルドルフや、それを補佐するレギウスの多忙さは想像以上だろうことが予想できる。


「私には無理なお仕事です……」

「俺にだって無理さ。それをやりたくないから放浪してる訳だけど」


 苦笑いしながらアティアスが頭を掻く。


「……面会できる状態だと良いんだけどな」


 そう言いながら、レギウスの屋敷の扉の両側に立つ兵士達に声をかける。


「アティアスだ。兄レギウスに会いたいのだが可能か?」


 彼を知っている兵士が答える。


「お久しぶりです、アティアス様。レギウス様は療養中で全ての面会をお断りしております。……ですが、アティアス様とそのお連れ様だけは通しても良いと、ルドルフ様より仰せつかっております」


 事前に父ルドルフが根回ししてくれていたようだ。


「そうか、ありがとう。では案内してくれ」

「は、かしこまりました」


 兵士に連れられて屋敷に入る。

 途中、何人もの使用人がアティアスに挨拶をしてくれる。



「こちらがレギウス様の寝室です。では私はこれで失礼します」

「案内ご苦労だった」


 今度は寝室の扉の横に立つ使用人の女性に声をかける。


「アティアスだ。レギウス兄さんと面会したい」

「お久しぶりです、アティアス様。……レギウス様がお元気な時であれば良かったのですが、今は療養中でおられますので小声でお願いします」


 以前からこの屋敷で働いていたので顔は良く知っている。

 女性は扉をノック後、アティアス達を寝室に通した。室内にはベッドで横になっているレギウスに加えて、男女2名の使用人がレギウスの看病をしていた。


「兄さん、どうだい?」

「……アティアスか。久しぶりだな……」


 少し息が荒く、苦痛を我慢しているような表情で、アティアスの方に顔を向けて声を出す。

 顔しか見えないが、肌には蕁麻疹のようなものが多数見られた。恐らく布団の中の身体もそのような状態なのだろう。


「久しぶりに帰って驚いたよ。大丈夫なのか?」

「ああ、良くはないが……なんとか大丈夫だ。復帰にはまだまだかかると思うが……」

「そうか……少し安心したよ。今回は俺もしばらく滞在するようにするよ。親父からの頼まれごともあるしな」

「……すまん。俺が居なくて親父の仕事が大変だと思う。……助かる」


 レギウスは申し訳なさそうに話す。


「大したことはできないけどな。……兄さんは、犯人に心当たりはあるかい?」

「いや……わからん。先週の晩餐会で盛られたようだが、人が多くて特定は難しい。身内ではないことを祈るがな。……ただ、むしろ身内のほうが良いのかもしれん。……最近、北の方で良くない噂も聞くものでな」


 ここから北方というと、アティアス達がこの前までいたテンセズが最初に思い当たる。


「北? テンセズの方か?」

「うむ。どうもそのテンセズの更に北、マッキンゼ子爵領で以前から噂がある。……魔導士やその卵を集めていると」

「魔導士か……戦争でもする気か?」

「あくまで噂だがな。……もし戦いになるなら、こちらにも影響があるだろう」

「そうか……。俺も気にかけておくよ。」


 ゼバーシュ伯爵の領地の範囲は、北はテンセズまでだ。

 それよりも北は別の貴族の領地となっていて、今はマッキンゼ子爵領となっている。以前より野心家として知られていて、主に周囲の貴族との婚姻などで徐々に領地を拡大してきた経緯がある。


 共にエルドニア国に属してはいるが、中央から離れているために国王からの影響は大きくない。

 そのためこの周辺では領地の争いが頻繁に繰り返されてきた。ゼバーシュ伯爵領は比較的安定していたが、この先も同じとは限らず、日和見している訳にはいかなかった。


「よろしく頼む。……アティアス、その子か?」


 レギウスは目線だけをエミリスに向けて問いかける。


「ああ、たまたまテンセズで出会った。身寄りが無かった娘でな、俺が引き取ることにしたんだ」


 アティアスがエミリスを紹介すると、彼女は一歩進み、丁寧に礼をする。


「はじめまして、レギウス様。エミリスと申します。……どうぞご自愛くださいませ」

「レギウスだ、よろしく頼む。……すまないがアティアスをしっかり見てやってくれ。……こいつは子供の頃から危ないことばかりに首を突っ込むんだ。見ておれん」


 レギウスの言葉に、アティアスは苦笑いしている。

 次兄であるケイフィスも似たようなことを言っていたなと、彼女はまた少し笑ってしまった。


「ご安心ください。……もしそのようなことがあれば、私が必ずお守りいたします」

「おい、アティアス。そんなことを言わせてるのか? むしろお前が守ってやらないといけないぞ」


 呆れてレギウスが少しだけ笑顔を見せる。


「ははは、もちろん俺も守るさ。エミリスに頼ってばかりだからな。……もし居なくなられると俺が困る」


 笑いながら言うアティアスの言葉に彼女は頬を染める。

 お世辞かもしれないが、そう言われて嬉しくならない訳がない。


「愛想つかされないようにしろよ。今は何も祝ってやれんが、とりあえずおめでとうと言っておくよ……」


 ――ふと、レギウスの言葉に違和感を覚える。

 その言い方だと、二人を祝福しているように聞こえるが、エミリスとは初対面のはずの彼がどこまでを知っているというのか。


「……ちょっと待ってくれ。どういう意味で言ってるんだ?」


 アティアスが聞き返すと、レギウスは答える。


「どうって言われてもな……。親父に頼まれて、ちゃんと俺が婚姻届けを出してあるぞ。……それがどうかしたのか?」

「…………は?」


 突然のことにアティアス、エミリス共に目を丸くした。

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