第33話 特別

「まずは次男のケイフィス兄さんの所だ。兄弟の中で、レギウス兄さんと彼のふたりは結婚しているんだ」

「そうなんですね……」


 アティアスの説明にエミリスは頷きながら考え込む。

 結婚かぁ……。

 自分もいつかは……と淡い期待をしてしまうけれど、彼には貴族としての立場があり、自分では到底釣り合いが取れないことを考えると気持ちが重くなる。

 それにしても、奥方様はどんな方達なんだろう?

 やっぱり貴族のご令嬢とかなのかな……?


「……気になるんだろ?」

「……へえっ! な、何がですか⁉」


 なぜ彼はこんなに察しが良いのか。それともそれほど自分の顔に出てるのだろうか?


「エミーは考えてることが丸わかりだからな。初めて会った時と大違いだ」

「むむぅ……」

「ま、それはそれとして、だ。……兄二人とも、相手は庶民の出だよ。レギウス兄さんは商家の娘と。ケイフィス兄さんは自分を警護してた元女性兵士と。どちらも恋愛結婚だよ」

「それって……」

「みんな身分がどうとか気にせず、自分で好きな相手を見つけてきてるな。親父だってそうだし」


 言いたいことは分かるな?

 とばかりにアティアスが片目を瞑る。


「――はいっ! 私も全力で頑張ります!」


 彼女が真剣な顔で手を挙げ、立候補を表明した。


 ◆


「ケイフィス兄さん、いるかい?」


 アティアス達は次兄の家に着くと、ドアノッカーを鳴らしつつ声をかける。

 兄が住んで居る家はアティアスの家より少し大きかった。

 しばらく扉の前で待つと、中から開き女性が出てきた。四十歳くらいで茶色の髪を後ろでまとめており、白いエプロンを身につけていた。


「あら、こんにちは。アティアス様ではないですか。お久しぶりです」

「こんにちは、メリルさん。久しぶりに帰ってきたから挨拶をしにね」


 メリルと呼ばれた女性はアティアスの知った顔だった。彼女は以前からケイフィスの家で昼間に家政婦をしているのだ。


「そうでしたか。ケイフィス様は居られますが、聞いてきますね」

「よろしく頼む」


 メリルは家の中に戻って行く。しばらく待つと再度ドアが開く。


「お待たせしました。お入りください」


 時間を取ってくれたようで、応接室に通される。

 赤いカーペットにカラフルな模様が入っていて、踏むのが躊躇された。


「お茶をお持ちしますね」

「お構いなく」


 とは言ったものの、メリルは二人にお茶を出してくれる。

 アティアスはせっかくなのでと、お茶に手をつける。エミリスは動かない。

 そのとき、ノック音のあとドアが開き、若い短髪の男が入ってきた。アティアスより少し長身で、がっしりした体格だ。髪の色は同じ、青味がかった黒髪。歳は二十代半ばを過ぎたくらいだろうか。


「アティアス、帰ってきてたのか。半年ぶりくらいか?」

「ケイフィス兄さん、久しぶりだね。変わりない?」


 彼がアティアスの兄、次兄のケイフィスだった。


「ああ、幸い俺は平和に暮らしてるよ。アティアスは色々大変だったみたいだな、少しは話を聞いてるぞ」

「つい癖で事件に首を突っ込んでしまってね。幸い解決できたから良かったよ」


 アティアスが頭を掻きながら照れ笑いする。


「気をつけろよ? ノードがいたから心配はしてなかったが」

「ノードにはいつも助けられっぱなしだったな。……今はこれに助けられてる方が多いかもしれないがな」


 アティアスが隣のエミリスを見て照れながら話すと、ケイフィスが彼女に話しかける。


「挨拶してなかったな。俺はアティアスの兄の一人、ケイフィスという。大したことはしてないが、親父の仕事の手伝いのようなことをしてる」

「初めまして。私はエミリスと申します。アティアス様にお仕えさせていただいています」


 ケイフィスは彼女に右手を差し出し、握手をしながら言う。


「はじめまして。君のことも少しだけ聞いてるよ。……まだ慣れないだろうが、弟を助けてやってくれ」

「承知しました」


 エミリスは深く頭を下げる。


「それにしてもアティアスがこんな可愛い彼女を連れてくるとはな。……驚いたよ」


 先ほどアティアスの彼女に昇格したばかりのエミリスは、ケイフィスの言葉に少し頬を染めて答えた。


「そんな、私なんて……」

「謙遜しなくてもいいさ」


 ケイフィスはアティアスの方をちらっと見てから話し始めた。


「……俺はこいつのことを良く知ってるからな。ただのお人好しに見えるけど、深く他人とは関わりを持たない。家柄が家柄だけにな。護衛にノードしか連れていかないのもそのせいだし、家政婦だって付けたことがない。そんなこいつが君だけは傍に置いてるんだ。……その意味がわかるだろ?」


 隣で聞いていたアティアスが、そこまで言わなくても……と苦い顔をしている。

 それが可笑しくて、彼女は少し笑ってしまった。

 しかしアティアスの過去を詳しく知らなかったエミリスは、自分がどれほど彼から特別視されていたのかを知る。


「そうだったんですね……。ご期待に沿えられるように、これからも頑張ります」


 うんうん、とケイフィスが頷いた。


 そこまでの話を一旦終え、ふいにケイフィスが真剣な顔をして小声で話しかけてくる。


「ところで――兄貴のことはもう知っているな?」

「……もちろん。とはいえ詳しいことは全くだがな」

「そうか……。やったのは兄貴が当主になると困るヤツなんだろうな。まぁその時真っ先に疑われるのは俺だけどな」


 ケイフィスは、ふっと笑いながら言う。


「できれば頼まれても当主になんてなりたくないが。……アティアス、俺もお前みたいに自由な旅に出てみたいよ」

「すまないな。俺だけ我儘言っていて」

「もう今更だけどな。世界を見て回って、その見識でいずれ俺たちを手助けしてくれればそれでいいさ」


 その言葉にアティアスは無言で頷く。


「今は兄貴が無事回復してくれるのを祈るさ。俺は魔法も使えないし、体力しか取り柄がないからな」


 ケイフィスは兄弟の中で最も剣技に優れていた。歳が近いノードとも良く練習していて、強さも互角だった。アティアスも剣ではその二人に歯が立たない。

 遺伝的にゼロではなかったが、魔導士になれるほどの素養がなかったため、子供のころから剣に打ち込んでいたのだ。


「そうだ、せっかく来たならうちで晩飯食べていくか? 今日は妻がいないけど、お前も飲める歳になったんだろ?」


 ケイフィスはアティアスに提案する。この家では基本家政婦のメリルが家事を全て行っている。ケイフィスの妻のエレーナは、剣の腕は一流だが、家事全般は苦手だった。

 アティアスはエミリスに相談する。


「エミー、どうする?」

「私はどちらでも構いませんが……」


 と口では言うが「アティアス様と二人の方が良いですっ!」と、はっきり顔に書いてあった。

 そういうところが分かりやすい。

 アティアスは苦笑いしながら答える。


「兄さんすまない、今日は帰るよ。昨日帰ってきたばかりで片付いてないんだ。近いうちにまた来るから、その時ご馳走になるよ」

「そうか……いつでも遊びに来いよ。旅の話も聞かせてくれ」


 ケイフィスは名残惜しそうに言った。


「ああ、楽しみにしておいてくれ」


 ◆


「エミー、どう感じた?」


 帰り道、アティアスは彼女に問うた。


「んー、全くわかりません。少なくとも、毒を盛ったりするような人には見えませんでしたけど……」


 エミリスは先ほどを思い出しながら口を開く。


「そうだよな。ケイフィス兄さんは前からさっぱりした性格だったから。そもそも当主の仕事なんて好きじゃないだろうし」

「とりあえず次の方にお会いしてからですねー」

「だな。今日は遅くなったから続きは明日にしよう。……腹が減ったよ」

「はい、帰ったらすぐ準備しますから、少しだけお待ちくださいね」

「よろしく頼む。……エミーの料理は美味いからな」


 素直にエミリスの料理の腕前を褒める。

 彼の好みをしっかり把握している彼女の料理は、レストランなどに食べに行くよりも口に合っていた。


「ありがとうございます。……今日は特に腕によりをかけて作りますから、楽しみにしていてください」


 ◆


「これは美味いな!」


 夕食でエミリスが出してきた料理を一口食べ、アティアスが感嘆する。

 経産鳥をワインで煮込んだシンプルな物だが、複雑な味が調和していた。舌に肥えているアティアスでも、これまで食べたもので最高だと思える出来栄えだった。


「……ほんとですか?」


 そんなアティアスを見ていた彼女がぼそっと呟く。見るとうっすら涙を浮かべている。


「嘘をついてどうする。……どうした?」

「いえ、実は……これは私の一番自信のある料理なんです。だから、アティアス様にずっと食べて欲しかったけど、もしお口に合わなければどうしようかと不安で……」


 自信作だからこそ、口に合わないことが不安だった。だからこれまで一度も彼に出さなかったけれども、彼からの信頼に応えて、今日こそはと勇気を出して作ることにしたのだ。

 それを素直に美味しいと言ってくれて、作って良かったと思うと共に、気が抜けて少し泣いてしまった。


「エミーの料理の中でも、これは最高だと思うよ」

「ありがとう……ございますっ!」


 彼女は笑顔で頷くと、自分も食事に手をつける。

 ワインにもよく合い、楽しい夜になりそうだった。

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