第26話 買物
「やっぱこっちの方が気楽でいいぜ」
ノードが飲みかけのビールを持ったまま、笑顔で言う。
昨晩のレストランとは打って変わり、賑やかな酒場に来た三人だった。元々慣れているアティアスはともかく、ノードはあまり堅苦しい場を好まなかった。とはいえ、必要ならば対応できる柔軟性も持ってはいるのだが。
「俺だってどっちか選べと言われたら、こっちを選ぶさ」
ゆっくり休んで、ようやく体調が戻ったアティアスも同意する。
昨晩はエミリスの練習のためという目的があったが、そうでなければ楽しく飲める方が良かった。
エミリスはビールを飲む二人を見ながら、オレンジジュースを飲んでいた。
「ノードさん、今日はどちらに行かれてたのですか?」
エミリスが聞くとノードは気さくに答えた。
「ああ、昔の友達がこの町で店を出したって聞いたんでね、挨拶さ」
アティアスとノードの人で旅をしている時は、ほとんど別行動をしなかったが、今はエミリスが代わりに付いているので安心して任せられる。
「お店持つなんてすごいですね。どんな店なんですか?」
「ん? 服屋だよ。……そうだな、女性物も扱ってるから、明日アティアスになんか買って貰えよ」
「なんでそこで俺なんだよ……」
アティアスが呟く。
「俺は自分の分は買ったからな。エミーもアティアスにプレゼントしてもらう方が嬉しいだろ?」
ノードが揶揄うと、彼女は物欲しそうな顔でアティアスを見つめる。
「じー……」
「……わかったよ。明日の朝にでも店へ行ってみようか」
エミリスの顔がぱーっと笑顔になる。まるで尻尾を振っている仔犬のようだ。
「アティアス様、ありがとうございますっ」
実際、彼女はあまり服を持っておらず、普段は地味で動きやすい服を好んで着ていた。ただ、それは自制しているからだということをアティアスはわかっていた。
昨日のレストランの時のように、ドレスを着せても似合う彼女だ。きっとその笑顔に似合う服があるだろう。
◆
翌日――
「うわー、大きい店ですね!」
ノードの友人が経営しているという店を見て、エミリスは素直に驚く。服屋としてはかなり大きい部類だろう。
普段着からフォーマルなもの、ドレスまで揃っていた。もちろん下着なども扱っている。
「これだけあったら選ぶのが大変だな……」
アティアスがため息をつく。
「大丈夫です! アティアス様が買ってくれるなら何でも嬉しいです」
無邪気に笑う。
今まで苦労してきたとは思えない彼女の純粋さに心を打たれる。
アティアスが家を出るまでの間、周りにいたのは大人子供問わず、打算的な人間ばかりだった。一緒に居て腐りなくない。それも旅に出た理由のひとつだった。
そんななかで、ずっと変わらず接してくれたノードには感謝していた。
「じゃ、選ぼうか」
「はい!」
まずはぐるっと一通りどんなものがあるか確認する。エミリスに似合いそうな服はこの辺りかなと目星をつけてから、ふと彼女をからかってみたくなった。
近くにあった、やたら布地の面積が少ない服を手に取って彼女に見せる。
「エミー、こんなのどうだ?」
「ええっ! それは……その……。……アティアス様が私に着て欲しいと仰るなら……構いませんが……」
殆ど下着も同然の服を目にして、エミリスは真っ赤になってもじもじしていた。予想通りの返答につい笑ってしまう。
「冗談だよ」
アティアスは服を戻してから、恥ずかしがる彼女の頭を撫でた。
「いじわるです……」
拗ねたように言うが、口元は緩んでいた。
◆
「ま、こんなところかな?」
目ぼしい服を何着か見繕い、試着をして似合うか確認する。
フリルの付いた淡いグリーンのシャツに、ブルーのジャンパースカートを合わせてみた。
ついでに頭にはピンクのリボンが付いたカチューシャを付ける。
「これなら普段着としても使えますね」
彼女は鏡で自分の姿を見ながらくるくる回っている。また、初めて会った頃は髪が肩に付かないくらいだったが、今はその頃より少し伸びていて柔らかく広がっていた。
「そうだな。……よく似合ってる。可愛いぞ」
「ありがとうございますっ」
会計を済ませて宿に戻る。
買ってもらった服を胸に抱いて「大切にしますね」と終始ご機嫌だった。
アティアスもそんな彼女を見ていると買ってよかったと思えた。
◆
「出発は明日にしよう」
宿の食堂で昼食を摂りながら、アティアスは2人に言った。
午後から出発することも考えていたが、どうも夕方から一雨来そうな雰囲気があったため、雨が止んでから出発することにした。
「はい。わかりました」
「了解。んじゃ、後で馬の預かりを延長してくるわ」
ノードはそう言って食事を終えると、雨が降り出す前に手続きのため出て行った。
残る2人はいったんアティアスの部屋に戻る。
エミリスはせっかくなのでと、午前中に買ってもらった服を身に付けていた。旅の途中でも着られない……ことはないが、何かあると困るからだ。
部屋の姿見でも、自分の着た服を見て嬉しそうにしていた。
そんな彼女に声をかける。
「エミー、ちょっと」
「はい、アティアス様」
アティアスは椅子に座ったまま呼ぶ。彼女は彼の正面にとことこ歩いてくると、立ったまま少し膝を折り身体を屈めて目線を合わせる。
「なんでしょうか?」
首を傾げる彼女にすっと手を伸ばし、頭を撫でる。
一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに目を細め、もっと撫でてとばかりに頭を寄せてくる。
ひとしきり彼女の髪のきめ細やかさを堪能し、アティアスが立ち上がると、彼女も目線を上げる。
「俺が最初会ったときに言った言葉を覚えてるか?」
「えっと……」
色々ありすぎてどれのことかと思案した。答えられないまま時間が過ぎる。
アティアスはふっと笑い口を開く。
「君は俺の従者じゃない、って言ったと思う。そうだろう?」
「はい……よく覚えています」
「……だから、もう『様』なんて要らないから、これからはアティアスと呼んでくれればいい」
そう言われたエミリスだったが、少し複雑な表情を見せて答える。
「ありがとうございます……。でも……私にとってアティアス様はアティアス様ですから……そう呼ばせてください。……外では必要に応じて使い分けますから」
「そうか……」
そんな彼女をそっと抱きしめると、彼女もアティアスの背中に手を回し胸に顔を埋める。
「ん……」
彼女の温もりと鼓動の早さが伝わってくる。
「エミー」
「……はい。アティアス様」
名前を呼ばれ、上目遣いで彼を見上げると、アティアスはそんな彼女の額に軽く口づけした。
エミリスの顔は既に赤く染まっている。
「ひとつ、言っておきたいことがある」
「……はい、お聞きします」
急に真剣な顔で彼に話しかけられ、彼女も少し緊張感を見せる。
「ゼバーシュに着いたらどうしようかってまだ悩んでたけど、……決めた。エミーには俺の家で一緒にいて欲しい。構わないか?」
「はいっ! こんな私でよろしければ、よろこんでっ!」
笑顔が弾ける。
そして彼女はアティアスの背中に手を回し、もう一度思い切り彼を抱きしめた。
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