第25話 魔力

「これは興味深い……何か魔力に関係しているのかもしれませんね」


 ドーファンも彼女の手で光っている紋様を見ながら話す。


「……魔力が取り出せないのも何故でしょうね。今まで見たことがない……」


 しばらくぶつぶつと独り言を言いながら考え込むドーファンを二人は待つ。

 気にせず球をずっと持ったままだったエミリスが、ふと球を見て変化に気付く。


 先ほどまで透明だった球が、いつの間にかピンク色に変わっていたのだ。


「アティアス様、これ……」


 彼女はアティアスに球を見せる。


「ちょっと色が付いているな」


 既にアティアスの時と同じくらいの色の濃さになっていた。ドーファンがそれを見て何かに気づく。


「……もしかすると、魔力がゆっくりとしか取り出せないのかもしれませんね」

「簡易検査の時にうっすらとしか変わらなかったのも、そういうことなのか……」


 アティアスはその時のことを思い出した。

 手に持つ球をよく見ると、先ほどよりも更に色が濃くなっていた。

 わかりにくいが、少しずつ……ゆっくりと色が濃くなっているようだった。


「本当にそうなのかまだ分かりませんが、可能性はあります。あくまで推測ですが……」


 球は既に真っ赤に染まっていた。


 ――ピシッ!


 突然、球にヒビが入り、パキンと砕け散った。

 それと同時に手の紋様も光が消え、元の黒色に戻っていた。


「驚きました……! この球1つで、魔導士数人の魔力を吸い出せるはずなんですが……」


 エミリスが砕けた球を渡した。


「ちなみに……今でもまだ魔法は使えますか?」

「試してみます。……炎よ」


 エミリスが手のひらを出し、発動の言葉を発すると、掌の上にゆらゆらと魔法の炎が出現した。


「……使えるようです。特に、いつもと変わった感じはありません」


 つまり、あれだけの魔力を吸い出されても、まだ十分な魔力が身体に残っているということだ。


「……人間離れしていますね……これほどの魔力量を持つ人は……今まで見たことがありません。よほど血が濃いのか……」


 ドーファンが呟く。見れば彼の額には汗が浮いていた。

 一旦、現時点で分かることはここまでと判断し、残る疑問はドーファンの時間がある時に調べてもらうことにした。


「せっかく来られたので食堂で昼食でもなさってください」


 ◆


 ドーファンに勧められ、久しぶりに学院の食堂に向かう。


「おや、アティアスちゃんじゃない?」

「ああ、久しぶりですね」


 食堂で働く女性に声を掛けられる。彼が通っていたころからの馴染みがあるのだろう。ちゃん付けされるアティアスを見て、エミリスはつい笑ってしまう。そんなエミリスを見て、話しかけてくる。


「あらあら、可愛い子連れてるじゃない。新しい学生?」

「はじめまして。いえ、私は学生ではなく、アティアス兄さまの妹のエミリスと申します」


 ぺこりと頭を下げる。設定どおりに落ち着いて対処する彼女に、心の中で感嘆する。


「へぇぇー、アティアスちゃんって妹居たのね」


「まぁ義理の、だけどね。今日は久しぶりに先生に会いに来ただけだよ。」


 躱しながら挨拶を済ませる。ふたりは定食をトレーに受け取り、席に着く。

 周りを見渡せば、昼食の時間ということもあって、学生や職員、それに練習相手として来たと思われる若い兵士たちもいた。


「ここは開放されてるからね、近所の人が昼を食べに来ることもある」

「みんな楽しそうですね。私は今まで学校に通ったことがありませんから、初めて知りました」


 学校というものに通ったことがない彼女には新鮮だった。


「……そういえば、学校へ行かずに、勉強はどうしてたんだ?」


 ふと疑問を投げると、彼女はこともなげに答えた。


「教科書は頂いていたので、夜に一人で読んで勉強していましたよ」

「それは楽しくなさそうだな……」

「学校と比べられないので分からないのですが、知らないことを勉強するのは楽しかったです。……雑用とかしてる時よりは」


 彼女は一通りの読み書きなどの知識を持っていたので不思議に思っていたが、独学で学んだらしい。アティアスは自分がどれほど恵まれていたかを痛感する。


「予定通り模擬試合も見ていくか?」


 食後、アティアスから問われたエミリスは答える。


「はい。楽しみです」


 二人は最も多く使われている闘技場風の場所に向かった。周りは塀で囲まれていて、多くはないが見学席もあった。一般人が入ることはできないが、アティアスは元生徒であるうえ領主家の親族でもあり、問題なく見学が許可された。


 闘技場では、学生である魔導士の卵――恐らくエミリスより1つ2つ年下に見える――と、二十台前半と思われる剣士とが対峙していた。

 剣士は真剣ではなく、練習用の剣を持っている。


「始め!」


 教師と思われる男の声で試合が始まる。

 剣士は勢いよく魔導士に踏み込んでいく。距離を取った状態では不利なのは当然なので、魔導士相手ではできるだけ間合いを詰めるのが基本だ。

 学生の魔導士は後ろに下がりながら詠唱を始める。


「……氷の槍よ! いけ!」


 剣士との間に氷でできた槍が3本現出する。それらは声と共に剣士に襲い掛かる。


「くっ!」


 氷の槍を1つ切り払い、進路をこじ開けた剣士はそのままの勢いで魔導士に迫る。

 これは剣士の勝ちかな……?

 そう思ったアティアスだったが、魔導士は次の魔法を素早く放つ。連続で魔法を放つのはなかなか難しい技術だ。


「……氷の壁よっ!」


 同じ氷の魔法なので集中しやすいのか、短時間の詠唱で発動された魔法が剣士の前に大きな壁を作る。剣で切ろうとするが壁は破れず、逆に剣が壁に刺さって抜けなくなってしまった。


「そこまで!」


 教師の声で模擬試合が終わる。剣を失った剣士では魔導士に勝つのは難しいだろうとの判断だろう。

 剣士は肩を落とす。

 魔導士は若いのに良い腕前のようだった。


「どうだ?」

「結構本格的なんですね」

 アティアスが感想を聞くと、エミリスは答える。


「そうだな。まぁ真剣にやらないと練習にならないからね。……エミーはあの2人に勝てると思うか?」

「うーん、やってみないと確かなことは言えませんけど……たぶん勝てると思います」


 彼女は少し考えて答える。


「ま、そうだろうな。正直、1対1でエミーに勝てる学生はいないと思うよ」

「え……、そんなことないでしょう?」


 驚くエミリスに彼は言う。


「そんなことあるさ。……試しに誰かと模擬試合をやってみるか?」

「ええぇ⁉︎ 絶対嫌ですよ……」

「ははは、冗談だよ」


 心底嫌そうな顔をする彼女にアティアスは笑いかける。

 彼女と試合をやらされたら相手が可哀想だと思った。


 ◆


 二人は魔法学院から宿に戻ってきた。

 ノードはまだ帰ってきていない。


「……辛い」


 アティアスは部屋の椅子に座り、ベッドに腰掛けているエミリスにぽつりと弱音を漏らした。

 普段そういう姿を見せない彼が、これほど辛そうにしているのは珍しいことだった。

 エミリスが心配そうに声をかける。


「アティアス様……大丈夫ですか?」

「ああ。……でもここまできついのは初めてだよ。少し休みたい。……エミーは本当になんともないのか?」


 魔力が空になった影響だろうか、帰る途中からどんどん体調が悪くなってきたのだ。

 アティアスの失った魔力が完全に回復するまでには、少なくとも半日程度かかり、しばらくは休まざるを得ない。


「はい。私はいつもと同じですよ」


 逆にアティアス以上の魔力を抜かれたのに影響がないのは、彼女にとってはその程度微々たるものだった、ということなのか。


「凄いな。俺には信じられないよ。……すまないが少し横にさせてくれ」


 彼はそう言いながらベッドに寝転がり、目を閉じた。

 それを横で見ていたエミリスは、いつも彼がしてくれているように、アティアスの頭に手を遣り優しく髪を梳く。


「……ありがとう。結構気持ちいいものだな」


 目を閉じたまま、ぽつりと彼が漏らす。

 いつも何気なく彼女の髪を触っているが、自分がされてみると思いのほか心地いい。


「……いつも撫でてくれるのでお返しです。ゆっくりお休みくださいね」


 しばらくして彼の寝息が聞こえてくると、彼女もそっと寄り添って横になった。

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