第18話 魔物の世界

「うひゃいいいいいいいいい!」

「ギャアアアアアアアアアア!」


 叫び声がした。


 その方角からコージが気球へ向かって走っている。


 両手でマンドラゴラを抱えながら。


 その後ろ、大地の割れ目から煙と共に魔力反応が高まる。


 ――ドンッ!


 爆発と轟音と共にルルが天高く飛び出した。


 ルルは空中からも攻撃魔法を放つ。


 そして着地すると同時に一気に駆けだした。


「魔物だー! 逃げろオオオッ!」


 コージの叫びと同時に谷からおびただしい数の魔物が這い出てきた。


「ベルタさん、急いで戻りましょう!」


「はい!」


 私たちは気球から南の位置にいる。


 コージ達は西から、同じく気球を目指している。



 とにかく合流することが先決だ。



「ぶべっ!」



 振り返るとベルタが転んでいた。


「だ、大丈夫ですか!!」


「わ、わたし……肉体労働……むり……でしゅ……」


 そうだった。


 私と違って普通のヒトになる。


 …………こうなったらしかたない。


「ベルタさん、失礼!」


「ふぁっ!?」


 ベルタを抱きかかえて、そのまま走りこむ。


 彼女は小声で「お姫さまだっこ」と呟いてるが致し方ない。


 恥ずかしいのは我慢してもらおう。



「ひゅーひゅー……脇腹が……痛くて……むりでぶふっ……」


「ああっ! 工場長が! 工場長がっ!!」


「そっちも!?」


 そうだった。


 この2人はどっちも生産職。


 武人基準で考えてはいけない……。


「――って2人は今までどうやって生きてこれたの!?」


「わ、割とギリギリでした……」


 とにかく気球にベルタを置いてから、コージの所まで引き返す時間はない。


 こうなったら。


「ベルタさん。寄り道しますね」


「わわっ!?」


 コージのもとへ駆ける。


 そのすぐ後ろでルルが虫型の魔物と戦っている。


「ルル! 壁で時間稼ぎ!」


「ん、わかった。大地の壁アース・ウォール、そして石の柱ストーン・ピラー!」


 ルルが土の壁や柱を作り、虫のような魔物たちの動きを阻害する。


 ざっと見て100体ほどか。


 その魔物たちの動きが鈍る。


 今のうちに!


 ものの数秒でコージの前に出る。


「今は緊急事態のため失礼っ」


 私は来訪者たちとマンドラゴラを全部つかんだ。


 そして――。


「わっ」「きゃっ」「ギャアア」


 まずコージを両手で抱く。


 ついでコージがベルタを抱く。


 最後にベルタがマンドラゴラを抱く。



「と、トリプル……」

「お姫様抱っこ……」

「ギャアア……ぽ//」



 もはや訳の分からない状態だがこれで行くしかない。


「あの、さすがに無理なんじゃ……」


「問題なし!」



 魔力を全身に纏う。


「舌を噛みたくなければ口をつぐんで!」


 気球めがけて飛び出した。


「おわわわわ!?」

「ひゃあああ!?」

「オぎゃああ!?」




 ――ドンッ、ドンドンッ!


 来訪者たちが離れたから、ルルが本気で魔法を使っている。


 あの魔虫がどれほど強いかわからない。


 けれど数が多い。


 それが厄介だ。



 ルル、無事でいて。




「ふぅ……到着。さあ、もう大丈夫ですよ」



 気球の手前で”3人?”を下ろした。


「助かりました……てへ」

「あ、ありがとうございます……えへ」

「おぎゃおぎゃ……ぽ」


 なぜか”3人?”とも顔を赤くしながらお礼を言う。


 なぜかしら?


「それよりも気球を飛ばすのに、どれくらいかかりますか?」


「点検込みで30分で!」

「あ、ゴーレムたちの回収も」


「30分ですね、わかりました。何かあったら言ってください」


 私はルルに加勢するため飛び出した。


「シルヴィアさ~ん。この魔物は百体倒したら千体、万体って増援が来るから、全部倒そうなんて考えないでくださ~い!」


「ベルタさん、忠告感謝!」


 彼女がそれを知っているということはあの魔物の群れを倒したことがある、ということ?


 なにか隠し玉みたいなのを持っているのだろうか?


 …………。


 いや今は味方の詮索よりも敵に集中だ。




「ルル大丈夫!」


「ん、問題ない。全部倒しといた」


 ルル一人で100体近い魔物がすべて倒されていた。


 さすがね。


「けど気を付けて、この魔物――」



 ――ドンッ!



 最初の割れ目がさらに裂けて、魔物が出現した。


 最初の虫がヒトと同じぐらいだとするなら、この魔物はヒトよりもはるかに大きい。



「げ、5m級が出てきた」

「近くに巣があるのかもしれませんね。急ぎましょう」



 大型の虫はコガネムシを巨大化したような見た目だ。


 けれど虫と違い自重を支えるためか、足が10以上ある。


 それとは別に谷からもあふれるように小型の魔虫が出てくる。


 すでに千体近くが地表にいる。


 数が多い!


「準備に30分かかるから、それまで耐えるわよ」


「ん、わかった」


 まるで問題ないとでもいうようにルルは答える。


 それが頼もしいと思った。


 これほど大量の魔物。


 相手にしたことはない。


 だけど結界を越えてくる魔物に虫型はいなかった。


 つまりドラゴンより弱いのは確実だ。


「さあやるわよイシルメギナの名にかけて!」


「ん、いざ!」






 有象無象の魔物の群れ。


 この魔物は平民が束になっても勝てないぐらいには強い。


 だけど騎士レベルなら容易に倒せる。


 その程度だ。


 関節を剣で斬ればすぐにバラバラになる。


 外皮を突けばたやすく貫ける。


 魔法を放てばその爆風で四肢が吹っ飛び、拍子抜けするほど多くの魔物が倒せる。


 魔力を込めたパンチをお見舞いすれば放物線を描いて吹っ飛ぶ。



 結界を越えられない魔物はこれほどまでに弱いのか。



 だけど……。



「数が多すぎる!!」


 ついさっきまで、静かな丘陵地帯だった。


 もしかしたら暮らせるのかもしれない。


 冒険の日々もいいかもしれない。


 そう考えた。


 けれどその見通しは全然甘かった。



 見渡せば一面魔物で埋め尽くされている。



 少なく見積もっても一万以上はいる。



 ほんとに言っていた通りだ。



 数の暴力はそれだけで脅威になる。


 万を越す魔物の軍勢。


 結界が無ければベリア王国は一晩で滅亡するだろう。




「ゴアアアアッ!!」




 予想外の方向から援軍がきた。


「あれは……」


「ん、ワイバーン……」


 ワイバーンと呼ばれる魔物は文献のみで語られる。


 ドラゴン種との違いは竜鱗の有無にある。


 そのため見た目もよりトカゲに近い。


 そのワイバーンが10体以上飛んできた。


「くるっ!?」


「ちがう……狙いは虫だ」


 ルルの言う通り虫の群れを襲い始めた。


 いや、これは。


「……食べている?」


 動物と魔物の違いは魔法を使えるかどうかで別けられる。


 それ以外に違いがないとするなら、この魔物たちは普通の動物と同じく弱肉強食の関係にあるのかもしれない。


 弱いけれど数が多い虫、強いけど数の少ない飛竜。


 この世界では虫はエサに過ぎない!?


 もしそうだとするなら。


「ルル! 気球に行ってあの2人を守って!」


「ん、わかった!」


「強い魔物がくるわ!」


 ルルが駆けだすとほぼ同時に地面から巨大なワームが出現した。


 そのワームは一口に大型の虫を食べてしまう。


 ワームだけじゃない。


 私の探知可能範囲に高魔力反応を次々に感じとる。


 その方向を見るとオオカミの群れだ。


 この魔物たちは争っているのではない。


 食事をしているだけだ。


 王国滅亡レベルの魔物の群れですら他の魔物にとってエサに過ぎない。



 これが魔物の世界。



 帰ろう。


 この世界は私が、ヒトが住む場所じゃない。


 はるか昔に魔物たちの世界になったんだ。


 ワイバーンを無視して気球を狙う魔虫を駆除していく。


 子の魔物の狙いは――マンドラゴラ?


「残念だけど、あれを手放すつもりはない!」






「シルヴィーッ!!」


 ルルの声で気球の準備ができたと気付く。


「上昇してっ!」


 上を指さしながら彼のもとへ走る。


 意図が伝わったのか気球はみるみる上昇し始めた。


 ハシゴが降ろされ、そこにルルがしがみついている。


 距離にして500mほど。


 高度もまだ低い。


「ギギ……ギギギ……」


「!?」


 まるで逃がさないというように小型で素早い魔虫が並走してくる。


「しつこいっ!」


 私は持っている剣で斬る。


 虫だけじゃない。


 ワイバーンまでも気球を獲物と思ったのか飛び出した。


 私の上を通り越してみんなを狙う。


 させるか!


氷の鋭槍アイス・ニードルッ!」


 その無防備な腹に氷魔法を打ちこんだ。


 ワイバーンは串刺しになり私の脇に落ちた。


 まずは一体。


 魔虫たちがご馳走に群がる。


「グギャアアアッ!」


 虫の追撃がやんだと思ったら、追加のワイバーン三体に狙われる。


 私を敵と認めたようだ。


「邪魔っ!」


 滑空してきたワイバーンを避けて飛び乗る。


 そして剣を刺して魔法を放つ。


侵食する氷アイス・ウィロード……」


 一瞬にして内側が氷漬けになりワイバーンが墜落する。


 これで二体目。


 そこから別のワイバーンに飛び乗る。


 ハハッ、戦いが楽しい。


 三体目のワイバーンの翼を切り落とす。


 そのまま四体目に飛び移る。


 次の足場は……。


「シルヴィー!!」


 ルルが呼んでくれた。


 そうだ。


 私は帰らないといけない。


 私は剣を鞘に納める。


 代わりに手に魔力を集中させた。


輝く星の一閃シーラ・ギラス!」


 四体目の翼を斬ると同時に力いっぱいに跳ぶ。


 ルルめがけて。


 彼はハシゴに掴まり、私に手を差し伸べていた。


 その手を。


 掴む。


「ん、満足した?」


 彼の問い、その意味を考える。


 ふふ、全力で戦った。


 大量の魔物を倒してスカッとした。


「ええ、いいストレス発散になったわ」


 それを聞いてルルがほほ笑む。




「グアアアアッ!!」


 五体目のワイバーンが襲って来た。


 ほんとしつこい!


「アイス・ニ――」


 ――ドンッ!


 魔法を放とうとした瞬間、ワイバーンが爆発した。


「大丈夫ですか~!」


 上を見ると丸い筒を持ったベルタが心配そうに聞いてきた。


 筒からは煙が出ている。


 やはりあの2人は隠し玉を持っていた。


 そうじゃないとこんな世界で生き残れない。


 けど、今はそんなことよりも……。


「ん、どうしたのシルヴィー?」


 顔が近い、顔が近い。


 ハシゴだし、しっかり抱き寄せてくるし、離れられない。


「は、早く上にいきましょう。はやく!」


 下を見ると魔物たちがまだ争っている。


 もうここまで来ないだろう。


 だが様子がおかしい。


 巨大な鳥の魔物が他のすべての魔物を蹂躙しているように見える。




『キィィィィィィィィィン』




 ぞわりと気持ちの悪い感覚がよぎった。


「なにアレは……」


「ん、わからない……けど魔物を操れる……」


 ルルの言った通り、すべての魔物が争わなくなった。


 そして結界へと走り出す。


 一体あれは何?


 私が魔鳥を見ていると、向こうもこちらを見ている気がした。



 気のせい……よね?



 ともかく気球は空高く舞い上がった。



 そして風の流れに乗って、今度は箱庭の国へと進む。

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