第17話 反転する世界


 ルルはシルヴィアと別れてマンドラゴラを探す。


 一応シルヴィアがベルタの近くを、ルルがコージの近くを探索することにした。


 戦闘の心得のある2人が生産職の2人を護衛する形だ。


 数時間ほどして違和感に気付く。


 魔物の世界という割にその魔物を見かけなかったのだ。



 ――っ!



 そのとき、『マンドラゴラ発見!』と声がした。


 見るとコージが谷の近くで伏せている。


 小さなゴーレムたちも一緒になって伏せている。


 ルルは近づいて声をかける。


「ん、どうしたの?」


「やあルルさん。ちょっと背を低くして、この双眼鏡で谷の向こう側の草原、およそ1キロ先を見てみ」


「ソーガン?」


「この双眼鏡はこうやって覗き込むと遠くのものがよく見える道具だ」


「おおっ!」


「それでこうやってピントを合わせる。ほらあっちの方で魔物同士が戦ってる」


 ルルが双眼鏡を覗くと、ちょうど虫型の魔物と鳥の魔物が戦っていた。


 優勢なのは魔鳥のほうだ。


 魔鳥は鳥に姿形が近いが羽がなく、なめらかな皮膚に魚のエラのようなものが付いている。


 もっともグロテスクなのは、頭が球状になっておりその頭部にはたくさんの目が付いている。


 一つ一つが周囲を鋭く見ているようでこちらが見ているとき、向こうもこちらを見ているような錯覚を覚える。


 およそ生物と言えない魔物だった。


「……なんていうか名状しがたいな」


 コージの呟きの意味が分からずともルルも同意する。


 言葉で説明しずらいグロテスクな魔鳥。


 そして――。



『キィィィィィィィィィン』



 ルルはざわりと悪寒を感じた。


 その影響は覗き見ていた2人より、直接戦っていた魔虫たちの方が凄まじい。


 痛覚も死の恐怖もないはずの虫型の魔物たちが戦うのをやめたのだ。


 そして、恐れおののくようにオーロラの中へと消えていった。


 結界の力はすさまじく、虫たちは全身から煙を吐くほど表面が焼ける。


 同時に内側も焼けたのか、すぐに動かなくなった。


 魔鳥はある程度旋回してからその場を離れて空の彼方へと去っていく。


 ルルは直感的にあの魔物によってこの辺の魔物が少ないのだと思った。


 同時に最悪の可能性がよぎる。


 アレが、アノ鳥が。


 結界を越えようとする魔物たちの理由なのではないか?



「ふう、去っていったか…………ルルさん、あの魔物を倒せると思う?」


「ん……多分無理。予想があってればあの鳥はドラゴンよりも強い……コージは?」


「多分無理だね。見た感じ精神攻撃ぽいし科学じゃ防ぎようがない」


 闇魔法の系統に精神攻撃魔法は多く存在する。


 そしてそのほとんどが高い魔力と光魔法系統を覚えれば防ぐことができる。


 だがドラゴンですら結界に追いやるほどの精神攻撃だとしたら、防ぐ手段は無いと言っていい。



 ルルは倒すことよりも早く目的を達して帰るべきだと気持ちを切り替えた。



 ここに来た目的はなんだ?


 強者を打倒すことではない。


 大切な人を守り無事に連れ帰ることだ。


「ん、マンドラゴラはどこ?」


「ああ、この谷のあの影のところ、少し光ってるだろ。いまからロープを使って降りようかと――」


「ん、このぐらいならダイジョブ。すぐ持ってくる」


 ルルは身体強化の魔法で常人の十数倍の力を得て、軽やかに崖岩を降りていく。


 その光景を見たコージはつぶやく。


「魔法ってスゲー」


 そういいながら無線機を使いベルタに連絡する。








 ――――――――







『話したいことがある』


 ベルタにそういわれた。


 それも箱庭の国と関係があるそぶりだ。


「先ほどマンドラゴラを見つけたと無線で連絡がありました。ですのでもうここにいる理由はありません」


 それを聞いてほっとした。


「なるほど、それで本題に入ると」


「はい、実はいつのタイミングで話すべきか考えてたのですが、できればあの国に戻る前――つまり今が一番いい地考えました」


「いいでしょう。いったいどういう話なのかお聞かせください」


 ベルタは少し目をつぶり、そして覚悟を決めたようにこちらを見据える。


「私はいまからおよそ1000年以上前に滅亡した魔法王国の出身です――」


 ベルタが告白したのは自らの出自についてだった。


 私たちの国、ベリア王国が結界で閉ざされる前に大陸を支配していた国。



 その名は魔法王国ムール。



 世界でいち早く魔法を利用して、その圧倒的な軍事力で瞬く間に大陸を支配した大国、と言われている。


 そして名前すら忘れられた悪王の暴走によって、世界を魔物しかいない混沌に陥れた。



 つまりすべての問題の元凶と呼べる国だ。



「そ、そんな身構えないでください!」


 いけない。


 つい身構えてしまった。


 いくら滅亡させた国の出身といっても、彼女は関係ないだろう。


 それを言うならベリア王国はそのムール王国の生き残りたちが建国した国になる。


 ん?


 待って。


 そうなると彼女は――。


「なぜそれほど昔のヒトがこの時代まで生きているのですか?」


「なんてことはありません。当時は不老不死の研究が盛んだっただけです。私の師は時を止める封印術や、先ほどのゴーレムに魂を移す研究をしていました」


 当時、悪王のために不老不死の研究をしていたというのは本当だったのね。


「私はその封印術でずっと眠っていただけです」


「起こしたのはコージさん?」


「うふふ」


 彼女はただ微笑んだ。


 たぶん肯定だろうか。


 来訪者たちの馴れ初めは今度でいいだろう。


「さて、私の出自が関係するのですが本題に入りますね。私たちはただ闇雲に移動してここに行き着いたわけではありません」



 一息ついてから「明確な目的をもってこの地に来ました」と言い切る。



 ここにベリア国があると知っていて来たということ?


 それはないだろう。


 なら何のために来たのか?


「その目的とは?」


「私たちはこの混沌とした世界を正常化させるために、この世界の魔物たちを元の世界へ送り返すために来ました」


 ベルタはハッキリと言い切った。


 しかし、その言い方だとまるで。


「はい、私たちがあの結界の中に侵入したのは滅亡したムール王国の首都を――」




『首都”ロンドムル”を目指していた』




 彼女はそう言い切ったのだ。


「え、ちょっと待って!」


「シルヴィアさんは先ほどなぜ1500年前のヒトが今に生きているのかを聞きましたね」


「それってつまり」


「だから私も聞きます。なぜ1500年前に大量の魔物を解き放った王国の中心地――そこに住むあなたたちはどうして生き延びることができたのですか?」


「それは……」


 答えられない。


 伝承の通りなら、悪い王様が魔物を解き放ったあと、2人の王が民を守り、聖女が結界を張る。


 それ以上は私も知らない。


「魔物の出現場所が違うという可能性は?」


「この周辺だけでも古い砦や廃墟となった街があります。そのすべての壊れ方から魔物がきた方角があの国を指しているのを確認できました」


 それは魔物が箱庭の国から大陸全土へ散らばった証拠になる――か。


 それは本当に?


 しかもどうやって結界を張ったの?


 疑問がどんどん湧いてくる。


 答えようがない。


 それならまず最後まで話を聞こう。


「ふぅ……それで私に何をさせたいのか。そろそろ教えてもらえます?」


 どうするかを決めるのはそれからだ。


「はい、私たちがこの地に来てまず疑問に思ったのが、あの結界は一体どういうエネルギーで維持しているのか? ということです」


 ベルタはそういって白いオーロラを指さす。


 言いたいことが何となくわかる。


 あの科学講習を受けて、質量保存の法則とか、エネルギー保存則とか、そういった知識を得てた。


 そういう知識を前提に結界を見れば、アレが異常だと気付く。


 指摘されるまで気づかなかった自分が愚かしい。


 そうなると聖女伝説そのものが何らかの真実を隠すためのウソかもしれない。


「そして、それほどのエネルギーがあるのなら魔物を一掃したり、元居た世界へ還すなりできるのではないか、と考えました」


「なるほど、確かに転移門というものが実際にあるのなら、可能でしょうね」


「ですので、シルヴィアさんには当時の資料が残ってる場所へ私たちを案内してほしいのです」


「当時の……」


 少し考える。


 そして思い当たる場所を3つほど提示する。


「そうですね。私が思いつく場所は3つ。


一つは、『王宮文書保管庫』という王政の書類や貴族の歴史が保管されている文書庫になります。


一つは、塔の教会内部の秘文書が封印されていると噂される『聖使徒文書室』ですね。


そして最後が――私が通う王立魔法学園の『大魔導図書館』になります」


 今の私で案内できる場所は学園ぐらいだ。


 そしてうまく手配できれば王宮にも入ることができる。


 けれどそれは――。


「お願いです。私たちと一緒にあの国の秘密を調べてください」


 それは王家に仕える貴族としてあるまじき反逆行為。


 秘密を暴いたら王家の、王子の権力を失墜させるかもしれない。


 そんな王家にゴマすりしてる貴族たちが倒れるかもしれない。


 ああどうしよう。


 控えめに言って、ちょっとワクワクしちゃう。


 だけど。


「家族や領民に被害が及ぶと判かったら、私は民を守る貴族として、イシルメギナの誇りを守るためにあなた方に敵対するかもしれません――それでもいいですか?」


 秘密を暴いて結界が消えたら意味がない。


 越えてはいけない一線はちゃんと決めとかないといけない。


「もとよりそのつもりです」


 ベルタはそのキレイな手を前に出した。


 その手を握ったら、多分もう引き返せない。


 改めて彼女を、ベルタを見る。


 その瞳には邪悪さは微塵もない。


 嘘をついてるそぶりもない。


 それならば。


 手を握り握手を交わし、そして。


「私は――」






『ギャアアアアアアアアアア』



 その時、マンドラゴラの叫び声が響いた。

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