第16話 静寂な世界
――王都ベリア城・王の寝室。
ベッドで休むべリア王に対してマティウス将軍が近況を報告していた。
「今何と言った?」
「どうやらうちのばか……我が娘シルヴィアが周縁部にマンドラゴラを探しに行ったようだ」
「彼女は大切な花嫁だ。すぐに連れ戻しなさい」
「そういうがロッカよ。今の情勢で将軍不在はちとマズい」
「む、それなら息子を派遣すればいい。そうすればそこから互いのわだかまりがなくなり、信頼が生まれるかもしれん。いまあ奴は――どこで何をしている?」
「王太子殿下は、その……倒れた日は処刑場の視察と称して死刑囚たちの刑執行を見学を続行して……」
「何をやっている?」
「その後、遅ればせながら教会の大司教を呼び寄せて、神へ祈りを捧げて……」
「何をやっている?」
「今は城中の使用人を礼拝堂に集めさせている」
「まったく、なにを祈っているのやら」
マティウスは順当に考えれば親の健康であると思う。
だが、一国の王太子が教会の大司教と共に祈るのならそこには金と権力と政治が絡んでいると容易に想像がついた。
すぐにそのような邪推はよくないと振り払い、自らの職務を全うすることにした。
「俺はこれから会議に出てくる。娘の件は何とかしよう」
「ああ、それならこれを持っていってくれ」
「え、これは……」
「これはクマゴローというそうだ。私だと思って会議に参加させてくれ」
「いや、あの……あ、はい」
マティウスは自分で買ったクマゴローを腕に寝室を後にする。
「誰かいるか!」
「はい将軍、(え、かわいい!?)お、お呼びでしょうか?」
「俺はこれから会議にゆく、軍は動かせない。すぐに屋敷に向かい、バトラー・ブラントンに娘を連れ戻すように連絡するのだ」
「はっ……」
会議室には大勢の臣下が集い、紛糾していた。
その議題の一つに婚礼も含まれていた。
「――であるからして、一刻も早く戴冠式と結婚式をおこない、王太子殿下が立派になられた姿を国王陛下にお見せすることこそが、親孝行であり……(かわいい!?)」
「何を言うかと思えば、この大事な時に貴公は王子と一緒に視察に行っていた……(あれ、かわいい??)……えっと、とにかく時期尚早であると言わせてもらう」
「(なんでかわいい……)あ~、あ~貴殿は長年王の名の下に好き勝手して、あ~王太子殿下に快く思われていませんからな」
「なんだと! それは我が名誉への侮辱だと……その侮辱はやめてもらおう……(かわいいなぁ)」
この会議室にいるすべての貴族の中でもっとも強く、発言力のあるマティウス将軍が咳払いをした。
議論は静まり皆が将軍を見る。
(かわいい……)
より正確には将軍が腕に抱えているクマゴローに視線が集中する。
その人形が何を意味しているのか貴族たちは裏の意図を読もうと密談を始めた。
良くも悪くも王国最強と謳われる将軍の一挙手一投足が話題になる。
マティウスは急速に議題に集中できなくなる空気を感じ取った。
「どうやら今日の議論は白熱しているといえないようだ。各々論点を整理して後日議論を再開したほうがいいと思う」
「お待ちください。その……えっと」
「どうした。言いたいことがあるならハッキリと申せ」
「その……ヌイグルミは何ですか?」
「これか、これは国王陛下が御自身として扱うことを望まれた人形だ。そうだな王座に奉るべきだろう」
このベリア王国の会議室には王が議題を拝聴するための王座がある。
ただし健康を理由に一度も使われていない空座になる。
そこにクマゴローが置かれた。
「よし、では明日以降は王がご覧になっていると思い、身を引き締めて答弁をおこなうように」
この珍事により王子の即位などの議論が2日ばかり遅れることになった。
――結界上空。
「もぐもぐ……このレバーを引くと気球の上のほうの蓋が開いて、そこから熱い空気が抜けると?」
そこでピンときた。
「この気球を浮かせるほどの軽い空気が外へ逃げ、周りと同じ空気がその分入り込んで――結果的に高度が下がっていく……もぐもぐ」
「正解だ」
「もぐもぐ……さすがシルヴィアさんは飲み込みが早いですね」
私たちは早朝に出発したので、まだ朝食を食べていない。
そこで干し肉スティックを食べることにした。
そのついでに操縦方法や機械の構造、その仕組みの科学的な考え方などを教わった。
「もぐもぐ……ん、シルヴィーは天才」
ルルはというと魔法で煙を作り、下から熱魔法で煙を上へ移動させて、上から氷魔法で煙を冷やさせて、煙の循環を手のひらでしている。
同時に複数の魔法を操り、コンパクトにまとめている。
そんな芸当ができるのは一握りの魔法使いだけだ。
「ルル……あなたに言われると嫌味にしか聞こえないわ」
「いやどっちも魔法が使える時点で羨ましいよ。手のひらで科学実験やりたい放題とかズルだ、チートだ!」
「あのルルを基準に魔法を考えちゃダメですからね!」
コージの知識量は豊富だが魔法の才能は全くないという。
確かに見た感じ魔力保有量は限りなくゼロに近い。
これはありえないことだ。
逆に魔力保有量ゼロで生きている方がすごいと思うのですが、いったいどうやって生きているのだろう?
来訪者たちについて考えれば考えるほど謎が多い。
操作説明が一通り終わり、代り映えしない空をぼんやり眺めていた。
「あ……」
つい口が漏れた。
その声に反応してみんなが外を見る。
「これが外の――魔物の世界」
結界より高い空からの眺め。
どこまでも、どこまでも世界が続いている。
地平線の向こうまでずっと。
少し遠くには雲より高く険しい山々が伸びている。
古代の地図に書かれていた、大陸を東西に隔てる山脈だ。
私の足元にはすでに白いオーロラはなく、丘陵地帯が続いている。
そこに木々はなく、魔物の姿も見えない。
いや、木々がないと知っていたから、ここを出入口にしたんだ。
また地平線の先には大森林が広がっている。
その所々で煙が上がっている。
何かが戦っているのだろう。
その中にヒトが含まれていないのが恐ろしい。
そして――。
「そのレバーを閉めてバーナーを止める!」
「はい!」
「ロープを引いて、ゆっくり降下!」
「はい!」
ゆっくりと地面が近づく。
「バーナー吹かせ!」
「はい!」
着地の瞬間に少しだけバーナーを使い、着地の勢いを殺した。
そして静かに地面に着く。
「……ふ~~、到着~」
全員の気が緩みほっとした。
初めての浮遊に、初めての着地。
その緊張感で余裕がなかったが――私は外の世界にきた。
たまらず気球から飛び降りて辺りを歩く。
来訪者の2人が少し驚いた。
だけどルルが「ん、だいじょうぶ」と言ってくれた。
丘陵地帯を通り抜けた春風が涼しい。
よく観察するとネズミのような小動物がこちらを警戒している。
だけど魔物の類は見えない。
とはいえ用心のため気配を探る。
深く研ぎ澄ました気配探知なら屋根裏に潜む暗殺者すら感知できる。
次に周囲に流れる魔力の源である、
『ザザ……』
「うわっ!?」
コージが反応した?
「もしかして何かした?」
「もしかして何かしてました?」
「…………」
しばしの沈黙。
「いま無線に雑音が入って……」
「はい、ちょっと広域の魔物の気配探知を……」
「…………」
またも沈黙。
先に口を開いたのはコージだった。
「どうやら一部の魔法は電波に干渉するのかもしれな……いや、あるいは魔法でレーダー探知機のようなことをしている? そう考えると魔法という未知の元素エネルギーは電磁波を放出をしている可能性もありえて――」
しかしそれは起きた現象に対する考察であって、誰かに聞いてもらうつもりはなさそうだ。
コージが自分の世界へと入ってしまったのでベルタの方を見る。
「えっと、時間が経てば経つほど魔物と遭遇する確率が上がるので、この人は気にせずにマンドラゴラを探しましょう」
たしかにその通りだ。
「ええ、そうですね。けど、この広大な土地のどこを探せばいいのか……」
「マンドラゴラはかつて死者の体液が溜まった土地に生えると言われていました」
「死者ですか……」
「あ、この結界で膨大な魔物が亡くなっているので、たぶんこの土地がちょうどいいと思います」
ああ、それで鳥がたまたま食べるぐらいには生えているのね。
「それで葉は暗がりでロウソクほどの光を放ち、根は人の形に似ていて、引っこ抜くと叫びます。それから陽の光に弱く、薄暗い場所を好み、引き抜くと逃げ出すので気を付けてください」
植物にあるまじき生態ね。
「ですので崖の下や岩と岩の間などを調べてみてください」
「ええ、そうするわ。ルル」
「ん、東側を探してくる」
「あっちょっと待ってください。人海戦術としてゴーレムを使います。攻撃しないでくださいね」
「ん、わかった」
ベルタは何もないところから空間魔法を使ってゴーレムを数十体ほど取り出した。
それは膝ぐらいの大きさの人形で、コージと同じような小さなヘルメットを装着している。
ベルタ嬢がやることを言い、「は~い」と返事をして周囲に散らばった。
すごい興味深い。
もっと知りたい。
だけど目的がブレてはいけない。
ゴーレムは落ち着いたら聞こう。
がまんがまん。
岩の間、崖の下、それ以外にも日陰が多そうな場所を探す。
う~ん、ちょっと見当たらないな。
それにしても思っていたよりも魔物がいない。
なんでだろう?
「ちょっといいですか」
振り向くとベルタ嬢がいた。
「どうかしましたか?」
「今のうちに話しておきたいことがあります」
少し深刻な顔だ。
こちらも真剣に聞いた方がいいと思った。
「なんでしょうか?」
「交換条件の細かい内容になります」
「それはここで話さなければいけないことですか?」
「はい……それはあの結界の国と、私についてです」
ベルタ嬢のはるか後方で白いオーロラが揺らめいている。
その揺らめきがなぜか不安をあおる。
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