第15話 白の狭間
村を出て半日ほど歩くと結界壁に着く。
およそ半移動日の距離になる。
だけど魔力で身体強化をして駆ければものの数分だった。
壁際は結界の影響か草木が少ない。
荒れ地の片隅に丸い球体が浮いている。
その球体の下にカゴが付いており、人が一人乗っている。
来訪者だ。
「シルヴィアさ~ん!」
「ベルタさん。ごきげんよう」
「あら、ごきげんよう」
ベルタと名乗る来訪者は少し様式が違うが貴族の社交儀礼を交わす。
もしかしたら元は貴族なのかもしれない。
ベルタの容姿は金髪に色白の陶器のような肌、スラリとした細身の体型になる。
そういえば裁縫魔ササラが「お人形さんみたいにいろいろ着せ替えしたい」と言っていた。
ササラがマークするほどの美少女ということだ。
「これが空を飛ぶ乗り物ですか?」
「その通り。名称は気球という」
気球のカゴの裏からコージがひょっこり顔を出した。
かお?
コージはベルタ嬢とお揃いの白い作業着を着ている。
そして頭に帽子のような騎士が被る兜のような物を着けている。
色は黄色でとても目立ち、そして何より金属とは違うツルツルした表面をしている。
額のところに『安全+第一』という不思議な記号のような紋章が刻まれていた。
この時点で奇妙を通り越して不審者になる。
次に顔はたしか粉塵マスクという物で覆って、さらに保護用のゴーグルをしている。
もはや仮面王がお忍びで来てるんじゃないかというぐらいの圧倒的な不審者になる。
こんな格好で村をふらふら歩きまわっているのだから、それはもう目立つ。
ササラが「なんなんですかこの人は、お嬢様下がってください。ほわちゃ~~」と警戒するぐらいには目立つ。
「花粉症? というのは治りそうですか?」
「いや~無理そうなので当分マスク姿になりますね」
花の花粉で涙が止まらない病気だという。
すっごい嫌な病気ね。
オババの薬で何とかならないかしら?
「それで外に行く覚悟はできた?」
「はい、私はこの国以外知らない。いえ、この国に住むすべてのヒトが狭い世界しか知らない。ありえたかもしれない未来を知らない」
それが普通だ。
「だから私はまず国の外を見て私の可能性を、自分自身の未来を探したい」
「なるほど」
コージは一言そういって上を向いた。
「ベルちゃん出発するからハシゴを下ろして」
「は~い」
そのままコージは気球に乗り込んだ。
「工場長、今の答えでよかったんですか?」
「今はコージだよ。もし王命のために~とかだったら、この取引で手を切るんだけど、自分のためってのが気に入った」
「王命で動く人だと命じられれば裏切りとかありえますからね」
「その通り、自分で考えて決断する人なら交渉相手としてまだ信用できる」
「ねえルル、あの2人を信じられる?」
「ん、問題ない。だけど――」
「だけど?」
「まだ何か隠してる気がする」
「そう」
まだ気を緩めてはいけないということね。
コージがカゴから顔を出してきた。
「あ、そうだ。外に出たら魔物に襲われる可能性が高いけど、お2人は強いの?」
「ルル、柱を出して」
「ん、
土魔法で石の柱を地面から出す。
私は右手に魔力を集中させる。
イシルメギナ流近接攻撃魔法『
魔力で強化した右手に魔力で形作った刃による手刀。
その一閃で石の柱は切り落とされた。
「これでいいかしら?」
「わ~お。魔法ってすごいねベルちゃん」
「え、ええ……そうですね」
「それじゃあ乗って乗って」
どうやら今ので満足してもらえたようだ。
私とルルは気球に乗り込んだ。
それからバーナーと呼ばれる火を出す装置を操作する。
すると気球が地面を離れ、上へ上へと動き始めた。
「さて急いでるようだから、上昇しながら説明する」
「配慮してもらい、ありがとうございます」
「まず目の前の結界は高さがおおよそ500メートルぐらいになる。
それで500から1000メートルの間は乱気流で結構危険だ。
んで1000メートルより高くなると風の流れは外から内側に常に流れる。
これはどの場所でも一緒だった。
次に2000メートルぐらいでほぼ内側から外側に流れが変わる」
「実はどうしてこんな風の流れなのか全然わかりませんでした。たぶん結界の影響だと思うのですが……」
「つまり魔法によって風の流れが一定ということ?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。あの白いオーロラの影響で熱膨張して行き場を失った空気が外へ向かってるのかもしれない」
「オーロラ?」
また聞きなれない単語が出てきた。
「わたしも知りませんね」
「あ~それもそうか。オーロラってのはここより北へ行くと多分見れる幻想的な自然現象になる。原理は実は謎な部分が多いんだけど、ざっくりと分かってるのは太陽の強力な力がこの世界にぶつかる時に夜空にオーロラというプラズマのシートができるってこと」
「そのオーロラも触ると焼け爛れるのですか?」
「はるか上空の宇宙付近の現象だから触った人はいないね。ただプラズマの嵐の中だから、たぶん即死じゃないかな」
魔法は自然現象の模倣だと言われている。
それなら古代人がオーロラを見て、この結界を作り出したのかもしれない。
そんなことをちょっと考えた。
「とにかく風の流れが常に一定だと気付いて、これから上昇気流に乗って上へ行く」
「上に行ったらどうするの?」
「上に行ったら……あとは流れに身を任せる」
「それは……最高ね」
「じゃあ、空の旅を楽しもう」
「――っ!?」
突然、風が乱れて気球が揺れた。
ルルが私の体を支えてくれる。
「ん……シルヴィー大丈夫?」
って顔が近い近い。
「ルル大丈夫よ。ありがとう」
「ん」
「あ~今のが、たぶん上昇気流だ」
「……最高ね」
「上の雲まで行けますかね?」
ベルタが上を見ながら言う。
うっすら明るくなる中、ここよりもはるか上空に雲がかかっているのが分かる。
おかげで星空が見えない。
「いや、気球じゃ高層の雲には手が届かない」
「そうですか。残念です」
少しして揺れが収まる。
もう地面ははるか下だ。
「それにしても不思議、こんな小さな乗り物でここまでよく来れましたね」
「いや、ここに来るまではもっと大きな飛行船に乗ってきたんだけど……」
「残念ながらエンジンが故障して修理に最低一週間はかかるんです」
コージとベルタが代わる代わる説明する。
どうやらこれは本来の乗り物ではないらしい。
もっと大きな乗り物があるのなら乗ってみたいな。
「シルヴィー下を見て」
ルルに促されて地表を見る。
「……地面が……白い……」
白いオーロラの下の地面が白かった。
「アレは、たぶん魔物の骨――カルシウムの地表だろう」
コージがそういう。
それは数千年分の魔物たちの死骸の山。
その骨が作り出した白い大地、死の砂漠だ。
それがオーロラの波の隙間から姿を現した。
気球はどんどん上昇していき、ついに結界の外へと移動し始めた。
そして――。
「ん、シルヴィー見て、朝日が昇る」
白いオーロラと白い雲の間の風の道を気球が通る。
「まるで……白の狭間」
その大地は魔物の死骸で埋め尽くされ、白い死の大地が覆う。
幾重にも連なる白いオーロラの波はまさに死の象徴だ。
はるか上空には白い雲が、天に召された死者が暮らす天国があると伝わる。
私は今まさに死の世界へと向かう。
ああ、なのに。
なのにどうしてこんなにも。
どうしようもないほどワクワクしている。
ルルがそっと肩を抱き寄せてくれる。
誰も行ったことがない、だけど一人ではない。
後ろを振り向くと私の中の小さな世界が去っていく。
前を見れば新しい世界が広がっている。
「さあ行こう! 最果てへ!!」
もう、私は戻れない。
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