第14話 私の将来
「うあ”あ”あ”あ”あ”あ”……あ”あ”……」
「ササラッ! しっかりして、気を保つのよ!!」
どうして、どうしてこうなってしまったの……。
こんなはずじゃなかったのに……。
「じ、じルヴィ……ざま……」
「ササラ!」
「わ”だじ、ごれでも……学園で、学園で……優……せいと……」
「知ってるわ。ササラはずっと魔法をがんばってたじゃない!」
「けど……もう無理ぽ…………ガクッ」
「ササラ……ササラ~~~~ッ!!」
まさか、あの2人がこれほどだったなんて……。
「うふふふふふ」
「あははははは」
目の前に不敵な笑みを浮かべる2人がいる。
私は生まれて初めて武力以外の恐怖を覚えた。
今までずっと努力してきた。
私の周囲にいる公爵家の人間は全員が優秀だった。
それはそのはずで大貴族が優秀な人材を集めるのは当然のことだ。
幼いころからそんな人たちと一緒だった私は彼らに追いつこうと必死に努力してきた。
そんな中で一番評価が高かったのが父との魔法訓練だった。
それは父の影響か、それとも母の影響か。
ともかく一番評価されたのが氷魔法だった。
魔法と貴族の教養以外にも領地経営や法律も学んだ。
それが家族のためになるのなら、私はがんばることができた。
いつしか文武両道の天才と言われるほどになった。
けど違った。
私が学んできたことなんて、この箱庭の国でしか通用しない。
外の世界の知識にはその知識量には敵わなかった。
「シルヴィアさ~ん」
「まだまだこれからだよぉ?」
「ふ、私はこの狭い世界でどうやら有頂天になっていたようね」
何が才女よ。
何が氷結姫よ。
私なんて少し要領がいいだけ。
目の前の本物には遠く及ばない。
けど、だけどここで足を止めるわけにはいかない!
「このシルヴィア・イシルメギナ、全身全霊をもって参る!」
私の戦いはこれからだ!
「も……もう、ダメ……」
満身創痍状態で大ババの薬屋2階のベッドに倒れこむ。
まだ頭がクラクラする。
私は持ち帰った資料を少し目を通す。
「土砂からスタートする資源分離法」「わかっちゃう機械工学」「石油化学のはじまりはじまり」「初歩的理論計算――デジタル回路編」「熱力学の基礎の基礎」「私たちの歩み」「工場都市開発記」
などなどなど。
そこに書かれているのは膨大な装置の名称と使い道、それを裏付ける膨大な計算と数字の羅列。
うぷっ、ちょっと吐きそう。
私は新しく出会った2人のことを「来訪者」と呼ぶことにした。
名前はコージとベルタ。たぶん偽名だ。
この2人に国の内情と結界の外へ出てマンドラゴラを入手したいと話した。
すると交換条件を呑むのなら外へ連れて行くことはできる、と言ってくれた。
ここまではちょっとした交渉の話になる。
問題はこの後で――結界の外へ出るには乗り物に乗って空の、つまり結界の上を通るらしい。
それを聞いたササラがストップをかけた。
「結界の上を行くのなら信用がなければいけません! その乗り物が安全だと証明できないのなら絶対ダメです!」
ササラのこの主張により、来訪者2人がどうやって結界の中へこれたのか、外で何をしてきたのか、そして乗り物の安全性について、いろいろ聞くことになった。
その情報の束がこの本の山になる。
序盤はまだ何とかなった。
だけど中盤から意味不明になっていく。
銅を使って発電ってどういうこと?
ササラは途中で「銅線をグルグルにすると雷の精霊がすたこらサッサで、光の精霊がビリビリぴかぴか……ぴゅ~~~」と言って倒れてしまった。
科学を魔法学という常識を前提に聞いていたササラは雷の精霊が腕力と筋肉を使ってモーターを回転させている姿を想像したのだろうか。
今は隣の部屋で寝込んでいる。
コージ曰く、カルチャーショックだという。
私も頭が痛い。
さっきから頭の中で分子構造とか化学式とかが飛び回っている。
それでもあの2人の実演交じりの講義のおかげで「科学」というものを知ることができた。
この科学を利用して空を浮いて外に出る。
しかしコージから忠告も受けた。
『外の世界は人が生きていけないほど危険になる』
『会ったことないから聞くけど、その王様というのは命を懸けるほどの人物なのか?』
来訪者たちにしてみれば死ぬ思いをして安全なこの国にたどり着いた。
そこから万が一の可能性のある魔物の世界へもう一度行こうというのだ。
私の覚悟があるのか、それだけの意味があるのか、来訪者にしてみればそうだろう。
そしてベルタ嬢が「今夜は休んで、じっくり考えてください」と言ってくれた。
そして続けて「私たちは早朝に結界近くの荒野で移動の準備をしています」と言った。
だから本当に覚悟があるのか価値や意味があるのか、もう一度考えないと、答えを出さないといけない。
明日までに。
私は――
ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
「ぅ~失礼します」
ササラがふらふらしながら入ってきた。
「どうしたの?」
「もう日が落ちたので、寝る準備をしましょう」
「そう、もうそんな時間ね」
ササラがテキパキと寝る準備を整える。
「シルヴィア様――」
「2人の時はシルヴィーでいいのよ」
「えっと、その~、シルヴィーと一緒に寝ていいですか?」
おずおずとササラが訊いてきた。
「ええ、もちろんいいわよ」
「やた」
そこまで大きくないベッドで2人向かい合って寝ると、少し狭かった。
「本当に結界の外へ行くのですか?」
ササラもあの2人と同じように訊いてきた。
「それは……」
「わたしは、わたしは諦めた方がいいと思います」
「ササラ?」
「だって結界の外ですよ。魔物の世界ですよ。あっちに行ったら魔物になるって言われてるんですよ」
「そんなの迷信よ。現にあの2人はヒトだったでしょ」
「それはそうですが、シルヴィーが外へ行く理由になってません」
「それは――」
「シルヴィア様が命じればわたしやルル君、それにその辺の自由騎士たちが代わりにマンドラゴラを採ってきます。シルヴィーが行く必要はないんです」
「――いいえ、これは私が始めたこと。私が行かないといけないの」
「む~強情~」
「どっちがー」
ササラはほっぺをぷ~っとさせながら私を説得しようとする。
「ササラは私が
「
キッパリ言い切った。
「だけど天秤の反対側がシルヴィーの命だったら、わたしはシルヴィーに長生きしてもらいたい。危険なことは後日別の人にやらせればいいのです」
「ササラ……」
「それに後宮で2人仲良く生活って……
「ん?」
「
「んん?」
「ササラお姉さま、あらどうしたの、夜の寂しさをお姉さまを思って紛らわせてたのですが私もう、ふふわたしの部屋はいつでも開いているわ」
「ちょっと待ちなさい。いったい何を考えてるの!」
「きゃ~~、やはりシルヴィーは無謀な冒険を諦めて後宮で暮らすべきですっ」
ダメだ早く何とかしないと。
仕方ない。
「
「ぎゃ~~冷たいっ!?」
生活魔法レベルの氷魔法を首筋に放った。
「いきなり氷はナシですよ!」
「少し頭を冷やしなさい」
「う~首ですけど~、とにかくわたしはシルヴィーの方が大事なのです。それは覚えておいてくだひゃい」
「わかったわかりました。私ももう少し真剣に考えるから、今日はもう寝ましょう」
「む~しょうがないですね~」
結論は先延ばしにした。
私はササラを説得して結界の外に行くべきだろうか。
それとも彼女の話を受け入れて後宮へ向かうべきだろうか。
結界の詩、悪い王様、魔物の世界。
私たちにとって結界壁の外は「あの世」、死後の世界と同じになる。
けど、その恐怖と同じだけ未知の世界への憧れもある。
「ずぴ~~……むにゃむにゃ……ずぴ~~」
ササラはもう寝てしまった。
明日は早い、もう寝よう。
――30年後。
「見て、第一王妃シルヴィア様よ」
「見ちゃダメ。この国を影で支配する悪女よ悪女」
「昨日も王に圧力をかけて黙らせたそうじゃない」
「けど世継ぎを産めなかったんでしょ」
「しっ、そんなことを言ったら消されるわよ」
「ああ怖い。ドラゴンすら片手でつぶせる怪女ですものね」
「やだ~ほんとに女かしら~」
「きゃははは」
「ぷふふふふ」
今日も私の陰口を言っている。
まったく飽きないのかしら?
……あれから30年、後宮に入ることにした。
王はあのあとすぐに亡くなり、バカ王子が即位した。
そして私は第一王妃という名の人質となった。
けれど王が暴走しないように父が側近として、弟のジルがイシルメギナ当主として、私は後宮側から睨みを利かせている。
おかげで王国は今のところ平和だ。
私は大切に保管していた手紙を取り出す。
ササラからの手紙には「私たち結婚しました」「女の子が生まれました!」「パパ子育て奮闘中」などと可愛らしく書かれている。
ササラを後宮に入れるのはやめた。
ここでは毒や暗殺、あるいは無実の罪で断罪されるのが日常茶飯事だ。
彼女には荷が重い。
だから迫りくる悪意はすべて私に向かうようにして、物理的に叩き潰し続けた。
おかげで悪女とか女帝とか怪女とか呼ばれている。
ほんと損な役回り。
そういえば来訪者たちはどうなったのだろう。
あの後すぐに消えてしまった。
もし2人を信じて、結界の外へ行ったら。
何か変わっていたのだろうか?
それとも何も変わらないのだろうか?
今の私は、この国を安定化させるための重しだ。
ただ長生きしているだけでいい。
あと数年すれば側室の子である王太子が即位して、狂王の権力は大幅に低下する。
そうなればお目付け役もほぼ終わる。
終わる?
そのあとはどうすればいいのだろう?
後宮の庭で始めた園芸と農園ぐらいかしら。
座ってじっと育つのを待つだけ。
心が動かされるようなこともなく、ただ生きているだけの人生。
これが、
これが私の将来、
こんなのくそったれだ!
「ずぴ~~~~ずぴ~~~~」
ずぴ~~?
なんでずぴ~~?
「ずぴ~~~~むにゃむにゃ」
「…………」
ここは……。
大ババの家だ。
すっごい嫌な夢を見た。
さすが夢ね。
そこらじゅう矛盾だらけだった。
そもそも30年後の父なんてヨボヨボのお爺ちゃんよ。
けど――。
だけど何もしなかったとき、あの夢で見た世界が私の将来になる。
煌びやかな王宮の女王。
ふふ、ふふふふふふ。
絶対にお断りよ!
「ずぴ~~~~ずぴ~~~~」
「ごめんねササラ……私は外の世界へ行くわ」
「むにゃ~~もうしょうがないな~シルヴィ~わ」
聞こえてるのかしら?
一応、机に書置きを残す。
「すぐ戻ってくる」
「むにむに、ぐへへメイドシルヴィーは最高ですな~」
「いったい何の夢を見てるのよ」
私はササラを起こさないように部屋を後にした。
ちゃんと説得すれば文句も言わず付いてきたかもしれない。
けど、夢の中の私がササラを後宮に入れないように、今の私もササラを危険だとわかっている外の世界に連れて行こうと思えなかった。
だからここからは一人で行く。
光魔法で足元を照らしながら家を出ようとしたとき、声をかけられた。
「もう行くのかぃ?」
「大ババ様……」
「これを持っていきな」
小さなバッグを渡してくれた。
「これは……マナポーション?」
他にも傷薬や干し肉スティックなどいろいろ詰め込んである。
「生憎こんなへんぴな所にゃ素材がなくてね。これが精一杯じゃ」
「いいえ、ありがとう。おばあちゃん」
「待たせておるんじゃろ。はやくおいき」
「はい」
私は一礼して、外に出る。
足元すら見えない暗闇の中。
私はうっすらと見える白いモヤの方を向く。
「
魔法の光を頼りに闇の中を行く。
「ん、やっと来た……」
ルルが夜道の先で待っていた。
彼は私が一人で行くと気付いていたんだ。
私より私を知ってるなんて生意気ね。
「ルルは私についてくるの」
「ん……もちろん。ボクはどこまでもシルヴィーと一緒だよ」
そういいながら顔を近づけてくる。
「はい、干し肉スティック」
「ん…………もぐもぐ」
今にも犬みたいにしっぽを振りそうだ。
うん、これが長年の餌付けの結果なのね。
「さあ行きましょう。この先に私の未来があるか、それはわからない」
これはエゴだ。
私は王のためとか国のためとか建前を言い訳にしているだけだ。
だって肌が冷えるほどの冷たい闇の中。
私の体の奥底がとても熱い。
「だけど暗闇の先に光があると信じて!」
「ん、あるよ。シルヴィーが笑える未来が」
未知の世界を見たいという思いが、私を突き動かす。
2人で暗闇を進む。
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