第12話 結界と最果ての村

「はぁはぁ、まさか丸2日……移動することになるなんて……」


「もう……ずかれた……」


「ん……」



 王都から威勢よく飛び出して2日。


 街道を通る馬車は強盗騎士たちにとって格好の獲物だったようだ。


 彼らの縄張りを越えるたびに新しい強盗騎士に襲われ、馬車はほどなくして大破した。


 しょうがなく手頃な騎士たちを襲って馬などを奪い、


 馬が疲れたら手放して、


 また強盗騎士を襲って奪い、


 そんな旅をつづけた。


 それでも国の境、結界へと着実に進んだ。


 最後の馬を乗り捨てたのがつい1時間前のことだ。


 どこかに手頃な騎士はいないだろうか。


「強盗令嬢シルヴィア様って感じの顔になってますよ」


「な、なにを言うのっ! ちょっと正義の世直しをしながら進みたかっただけです!」


「その発想が強盗騎士ですよっ!」


「そんなっ!?」


 あれだけ大声で正義を掲げて襲ってきたからか。


 なんか移った。



「ん、シルヴィー」



 ルルが注意を促す。


「大丈夫よ。多分近隣の村人だから」


 ここら辺は手つかずの森林地帯になっている。


 その森の奥から視線を感じる。


 たぶん木こりか、狩人だろう。


「それより、この坂を登ればそろそろ結界が見えるはずよ」


 その一言でササラが駆けだした。


 さっきの疲れた発言は何だったのか。


「ふぁ~シルヴィア様見てください。結界壁が見えますよ!」


「もう、まだ安全じゃないんだから離れない」


 そういいながら坂を上りきる。


 少し小高い丘の上。


 森揺らす風が私たちを通り抜けていく。


 視界は晴れ、白い結界線が広がった。


 ササラの言う結界壁が遠くに見える。



 結界壁、それは「結界の塔」から常時展開するゆらゆらと揺らぐ壁になる。


 人によって、白い靄の布、霧でできたカーテン、あるいは透明な死炎、などと例えられている。


 鉄よりも強固で不可視の壁――ではない。


 この結界はその名に反して通ろうと思えば通れる。



 しかしひとたび結界に触れれば激痛が走り皮膚が爛れる。


 それでも進めば全身の皮膚が焼け爛れ炭となる。


 ものの数分で死に至ると言われている。


 このゆらぐカーテンのような結界が国を一周するように覆っている。


 この結界の凶悪なところはおよそ1移動日分の距離に渡って何百何千層も死のカーテンが続いている、という。


 仮に突破を試みると皮膚が焼きながら丸1日歩くことになる。


 さらに鉄だろうが木だろうが、そもそも地面すら焼き続ける。


 それならば、穴を掘ったら、鉄の棺桶に入ったら、という無謀な挑戦者がいた。


 しかしそのような小細工を物理的に「通り抜けて」、結界の靄が彼らを襲った。


 そのため歴史上突破した人はいないとされている。



「たしか山から見ると一面に結界線の海が続くんですよね」


 海、昔の世界の物語で必ず出てくる言葉。


 そして誰も本当のところは知らない概念。


「ええ、結界は1移動日は続くから、上から見れば白い水面に見えるわ」



 結界壁は高く、そびえ立つ壁のようなカーテンになる。


 しかし、雲の上まで結界が張られているわけでも、まして鳥籠のように覆っているわけでもない。


 一説によると天まで覆う結界だと雲が遮られ、雨が降らなくなるからだと言われている。


 空を飛べる魔物でも通るのが困難で、けれど雨雲が通れるぐらいの高さになる。



「あ、シルヴィア様! 村がありますよ!」


「ほんとね。多分あそこが目的地、最果ての村よ」



 外縁部周辺は手つかずの自然になる。


 そして結界壁の近くは大地が焼けるほどの不毛地帯になる。


 ほとんどの魔物は結界を突破する前に燃え尽きる。


 しかし竜の鱗など魔法耐性の高い魔物は結界を越えることができる。


 そのため結界を越える魔物は瀕死の重傷を負った素材か、あるいはドラゴンのような国を揺るがす強敵の2択になる。


 この土地を治めたいもの好きな人はいない。


 そのため外縁部は領主のいない王領になる。


 また、この王領は少し特殊で、公式には人が住んでいないことになっている。


 けれどいろいろな理由により、この地には大勢の人が住んでいる。


 最果ての村、公式には存在しないので正式な名前はなく結界の近くに多数点在している。


 王都の裏稼業の抗争で敗れた者、犯罪者、没落した貴族、そして苦役から逃れてきた人々。


 いろいろな理由で人が集まっている。


 そんな彼らの役目は呼び鈴。



 魔物がきたことを悲鳴と火災、黒煙によって近隣に知らせる。


 ただそのためだけに黙認している。


 


 ここは王国の負の側面が凝縮されているといっていい。






「ん……いったん別れる」


「ええ、ルルも気を付けて」


 ルルはいつものように村の周辺から怪しい人や危険人物がいないか見て回る。


 私とササラは正面から村に入った。


「けっこう治安いいですね」


「ええ、そうね。とりあえず情報を集めましょう」


 いろいろ調べて分かったことだが、村の治安はあの強盗騎士たちがついでに治安を守っていた。


 彼らにしてみれば最貧民である村人たちに決闘をする理由がない。


 それでいて、悪事を働いて荒稼ぎする人がいれば、お手軽に正義を掲げて奪い取れる。


 しかも爵位持ちだから奴隷商に合法的に犯罪者を売れる。


 そして村人から感謝される。


 あれほど迷惑な強盗騎士もここではまさに正義の騎士になる。


 ほんと力こそ正義とはよく言ったものね。




 私たちはオババの姉弟子を訪ねた。


 そして彼女に紹介状を渡した。


 オババの先輩である大ババはなんていうか。


(すっごい似てる)

「めっちゃばあちゃんに似てますね」


 ササラが思ったことをそのまま口にする。


 私はそういう断言する彼女が好きなんだけど、時と場合をわきまえてほしい。


「誰がばあちゃんじゃい」


「すみません、うちのメイドが――ぐ~~」


「あははは、シルヴィア様おなかがなって――ぐ~~」


 さすがにお腹が鳴ると恥ずかしい。


「んにゃんにゃ……お嬢ちゃんら、干し肉のスティックはいるかぃ」


「ほしぃ~」


 ササラ即答。


「頂きます……」


 私も貰うことにした。


 干し肉スティックは日持ちのいい食料になる。


 討伐軍の携帯食料としても重宝されるが、私が食べるものではないと遠ざけられていた。


 はむはむはむ。


 あ、歯ごたえ抜群、ちょっと新鮮。


 ぐぎぎぎぎ。


「まったくあの小娘が、偉くなったもんだねぇ」


 オババを小娘と呼ぶ大ババ。


 お歳は――聞くだけ野暮ね。


「ひいばあちゃん、何歳?」


「誰がひいばあちゃんじゃい。まだぴちぴちの90歳じゃ」


 ちなみにオババは81歳になる。


 小娘とは?


「あの珍しい球根がマンドラゴラだったのかい。こんな辺境だと本などの資料が乏しく……どうしてもわからないことがあってねぇ」


「もぐもぐ……そうでしたか。それでどこで採れたのか教えていただけないでしょうか」


「あれは……どこだったかのぅ?」


 がんばって90歳。


「あれは俺が取ってきたんだ」


 店の奥から男性が出てきた。


「あの、どちら様で?」


「ああ、俺はこのばあちゃんの孫だ」


 お孫さんでしたか。


 それでも30代になる。


 とりあえず、話を伺うことにした。


「ちょっと森に狩りに出たんだ。


ここも南部だろ、ちょうど山2つとなり村にドラゴンが出てな。


それで避難民が一気に増えたんで動物を狩りに出たんだ。


そのとき、珍しい鳥が飛んでたんで撃ち落としたんだよ。


その鳥を捌いたときに中から出てきたのがあの種さ」


 それで薬屋の大ババに見てもらい、それをオババに調査依頼した。


 つまりその珍しい鳥の移動範囲のどこに生えている。


「ええ~せっかく来たのに~これじゃあ国中を探すのと変わらないですよ~……もぐもぐ」


「まあ、そういうことだな。すまんな俺たちはその日の食い物に困ってるんで、食えない植物の群生地なんて知らないんだよ」


 猟師がすまないね、という顔をする。


「それは困りましたね……もぐもぐ」


 まあ絶滅したと思われていたマンドラゴラがいるとわかっただけでも収穫だ。



「あたしが思うに、ありゃあ結界の外から来たんじゃ」



 それは衝撃的な発言だった。



「何を言ってるんだ、ばあちゃんっ。鳥なんかが結界を越えられるわけないだろっ!」


「そうですよ。さすがに……」


 結界は確かに空を覆ってはいない。


 だから空を飛んでくることは可能だと言われている。


 しかし鷹匠が訓練させた鳥を使い飛ばしたところ、風の渦に捕まり結界の中へと落ちていった。


 そういった話がある。



「うんにゃ、お主らこそわかっとらん。


この国で見たことがない鳥が絶滅した植物の種を食べておる」


 大ババは「それこそが動かぬ証拠」と指摘した。



「つまり結界の外に行ければ、そこにマンドラゴラがあるということですね」


 その可能性は考えないようにしていた。


 鳥類学者なら大はしゃぎするだろう。


 しかし私は鳥ではない。


 さすがに魔法だけで空を飛ぶのにも限界がある。


「シルヴィア様、行けないなら無いのと一緒ですよ」


「そうね。さすがに結界を越えるのは……」


「う~ん」と全員がうなだれる。


「うにゃうにゃ……行き方なら知ってる者を知っておるぞい」


「えっ!?」


 全員の注目が大ババに集まる。


「それはどうすれば?」


「それはの……」


「それは?」


「…………だれじゃったかのぅ?」


「ばあちゃんっ……」

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