第11話 辺境へ

 唐突な王都の謁見から一夜。


 今朝になってべリア王の容体が急変したという知らせが届いた。


 さらに王宮では「王が亡くなる前に急いで戴冠式と結婚式を挙げた方が良いのではないか」、という話になっている。


 まったくどうして偉い人は相談なしに物事を決めるのか。


 ほんと嫌になる。


「――ということで、オババに何か良い薬がないか聞きに行きましょう」


「ヤバいですよ。ヤバいですよ。まだ1年ぐらい時間があると思ってたのに」


「1年も切迫した状況だけどね」




 王都の屋敷にはオババと呼ばれている高齢の薬師がいる。


 普段は屋敷の地下室で薬の調合などをしている。


 公爵家お抱えの薬師ということもあり、他の薬師よりも腕利きになる。


「オババ様何かいい案はありませんか?」


「おばあちゃ~ん。かわいい孫を助けると思って~」


「都合が悪い時だけ孫娘面するんじゃないよ。まったく」


 ちなみにササラとオババは血縁ではない。


 たまにクッキーを作ってくれた時に、こうやってあざとくおねだりをするのだ。


「ふん、ロッカウムの小僧に効く薬なんてこの国にはないよ。あったらとっくに使ってるわい」


 オババは宮廷薬剤師だったのをなぜか放り投げてここに来ている。


 そのため現国王が子供の頃を知っている、と聞いたことがある。


「はぁ、やれやれだね」


 オババ様は深くため息をついてから立ち上がり、薬棚から小包と手紙を持ってきた。


 そして小包の中からごつごつした種を取り出した。


「これは?」


「これはのう、マンドラゴラの球根になる」


「マンドラゴラってあの絶滅した!?」


 王宮の薬草園にもない絶滅した伝説の植物。


 そして万能薬の原料の一つと言われている。


「そうじゃ。こいつが土の中で成長するとマンドラゴラになる。しかも長い年月をかけて人の顔に成長する……」


「ひぇ!?」


「それだけではない。マンドラゴラを土から掘り出したとき、世にもおぞましい金切り声び、その声を聞いた者は……」


「き、きいたものは……」


「鼓膜は破れ、穴という穴から血を吹き出し、瞬く間に絶命してしまう!」


「うひゃあああああ!!?」


「こほん、オババ様。ササラで遊ぶのはやめてください」


「ひょひょひょ、実際は泣き叫びながら逃げ回るらしいぞ」


「え、逃げ回るの? 根性あるわね」


「ド根性大根ですね」


「文献によるとその鳴き声で魔物が寄ってくるという話じゃ」


「ほへ~」


「それで魔物がいないこの国では絶滅してしまったのですね」


「まさにその通りじゃ」


「あれ、それならその種みたいなのはどーしたの?」


「これはあたしの姉弟子が先日送ってきたもんじゃ。ちなみにこの種は死んどるぞい」


「ちょっと待ってください! 球根があるということはその大オババ様のところにマンドラゴラがあるってことですか!」


「そういうことになるの。マンドラゴラさえあればあの伝説の霊薬エリキシルを精製することができる」


「霊薬……それがあれば王が健康になる!」


「なるかもしれぬし、ならぬかもしれぬ。じゃが行ってきてマンドラゴラを探してみるものいいかもしれんの」


「それで大ババ様はどこにおられるのですか?」


「ふむ、ちょいと遠いがお主らならすぐ着く――結界の周縁部に住んでおる」


「結界の…………周縁部」


 確かに結界のすぐ近くに住みたがるもの好きはいない。


 その境界になら自生している可能性もある。


「わかりました。さっそく行ってきます」


「いきなり姫嬢ちゃんが行っても驚いてしまう。いま紹介状を書くからちょっと待っておれ」


 オババが紹介状を書いている間にササラが恐る恐る訊いてきた。


「あの~旦那様に言わなくていいんですか?」


「だめよ。あっちは結婚式を始めたがってるから、下手に言えば軟禁状態になる可能性がある」


「あう、そのまま後宮コース……」


「だから私とササラ、それからルルと合流して3人だけで行きましょう」


「いつもの三人ですね」


「なんじゃい最近の若いもんは結婚から逃げるのかい」


「う、えっと……これはその……」


「ひょひょひょ、いいんじゃよ。あたしも姉弟子も好き勝手生きた口じゃい。貴族の生き方なんて唾つけてやりな」


「オババ様……」

「ばーちゃん……」


「さあ、行ってきたバカ娘たち!」


「はい!」


 私たちはまずルルと合流した。


 そしてオババに教えてもらった場所。


 王国南部の境界線を目指すことになった。


「ん、馬車を1台手に入れた」


「こっちに来て早々、ありがとね」


「ん、だいじょぶ。それから早馬を出した」


「ありがとう。ちゃんと連絡がいきわたってるなら、馬車を乗り換えながらすぐに着く……はず」


「こっちも準備オーケーです! オジジから日持ちする食べ物に、サンドイッチに、オババのクッキーに……それからおやつ300個に……」


「ササラ、食べ物以外も持ってきてね」


 準備が済み、誰かに止められる前に急ぎ出発した。


「わっ、けっこう揺れる~」


「急いでるからしょうがないでしょ」


「とこ、ろで、周縁部まで、どのくらい、かかるんですか?」


「そうね。だいたい歩きで10移動日、馬車なら5移動日と言ったところね」


「五日も揺らされ……うぷっ」


「安心して、乗り換えていけば1~2日でつくはずよ」


『ドンドンッ』と叩く音がする。


 なにかあったらしい。


「ん、ちょっと問題発生」


「どうしたの?」


 ルルが答える前に問題が答えを言う。



「そこの怪しい馬車! 怪しいので成敗いたす! いざ尋常に決闘せよ!!」



 強盗騎士の登場だ。



「うわっ、また強盗騎士ですかっ!」


「いちいち相手にしてられない。ルル振り切って!」


「わかった。氷弾アイス・バレット!」


「ぎゃあああああ!!」


「シルヴィア様、反対からも来ますよ!」


「不意打ちをするとは卑怯なり! 勝負勝負っ!!」


「ササラは馬車の上から魔法で攻撃して!」


「え、お嬢様は!?」


「私はあいつらの馬を奪ってくる!」


 私は一番近くを走る騎士めがけて飛び出した。


「げぇ、空から女がっ!!」


 驚く騎士めがけて蹴りを入れた。


「邪魔をするなっ!!」


「ごへっ!!」


 ふぅ、スッキリした。


 馬も一頭手に入ったことだし、馬車に乗り込もうとする騎士たちを叩いてやる。


「登ってくるな! 石弾ストーン・バレット!」


「ササラ! しゃがんで! 氷の鋭槍アイス・ニードル!」


「ぎゃあっ!」「ぐわっ!!」


「さっすがシルヴィア様!」


「ん、前方にバリケード!」


「ここは街道を守護する正義の門! 通りたければ有り金をかけて勝負せよ!!」


 自称正義の門という略奪した物資を積み上げたバリケードが道をふさぐ。


 古い時代の騎士たちが、古い時代の制度をもって私の邪魔をする。


 だけど、いやだからこそ、私は自らの意志で前に進みたい。


 安定のための礎なんてまっぴらごめん。


「目指すはこの国の最果て、外縁部!」


「ん、任せて。大地の壁アース・ウォール!」


「うわぁぁ! 正義の門がっ!!」

「ま、魔法で石の道を作りやがった!」


「求めるのは私たちの自由と明るい未来!」


「わ、私も微力ながら頑張りましゅ……石弾ストーン・バレット……」



「行こう! 最果てへ!!」


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