第10話 仮面王


「見てください。結界の塔が大きくなりましたよ!」


 ササラが子供のようにはしゃぐので窓から外を見る。


 その塔がいったい何でできているのか誰も知らない。


 その塔がいったいどうやって建てられたのか誰も知らない。


 ただ1500年もの間、この国の中心地で結界を張り続けている。


 その表面は白く陶器のようであり、太陽光に照らされて輝きを放っている。


 しかし鏡のように光を反射させるわけでなく、代わりに優しい光を上空へと放っている。


 いつ見ても塔そのものが神秘を纏っているようだ。



 この結界の塔の周りを寺院が囲んでいる。


 寺院は長い年月をかけて増改築を繰り返しているため、無秩序な感じになる。


 材質から建築様式まですべてが違うので「塔」と「教会」はそもそも発祥が違うのではないか、というのが魔法学園の先生の考察になる。


 ただ、国の中心地が教会になるため、どうしても王よりも権威が強い傾向にある。


 私たちはその塔の偉大さの影に隠れがちな王城へと向かう。






「ええっ!? 王子が不在ですって!」


「は、はい……どうやら本日会食の予定を、付き人たちがお伝えし忘れていたようで……その、出かけました」


 城仕えの使用人が申し訳なさそうに言う。


 嘘ね。


 王子があれでも、周りはしっかりしている。


 どうせ、昼食会が面倒だからと理由を付けてキャンセルするつもりなのだろう。


 仕方なく城の客間で待っていると父がきた。


「ぷい」


「まだ怒っているのかシルヴィアよ」


「つーん」


 別に怒っていません。


 ただ好きでもない相手と婚約者になったり、


 いやいやながら会食に臨んだらキャンセルされたり、


 ジルと離れ離れにされたり、


 憂さ晴らしに山賊退治しようかと思ったら領地を押し付けられたり領地を押し付けられたり、


 少々ストレスが溜まってるだけです。


 そしてそれを説明したくないだけ。


「そ、そうだ。城下町でいま流行りのクマのぬいぐるみを買って来たんだ」


「この歳でぬいぐるみを貰っても、喜んだりしません!」


「そ、そうか……」


 父はしゅんとなった。


 そのあとは今日の予定について話してから会議へと向かっていった。


 その背中は少し寂しそうだった。


「まったく、クマのぬいぐるみとか……ぬいぐるみとか」


 とりあえずササラに渡す。


 うん、かわいい。


 私なんかより女の子らしいササラの方が似合ってる。


「わっ、いいんですか?」


「ええ、私にこういうの似合わないから」


「そんなことありませんよ。シルヴィア様もカワイイ系いけますよ。今度はそういう衣装を着ましょう」


「いいの私はカワイイのを眺めてる方が好きだから」


「え~絶対いいと思うんですよ~」


 私もカワイイものは好きよ。


 だけど私はカワイイものを見て愛でたい派だ。


 カワイイものを身に着けたい派じゃない。


 それに元々魔物討伐軍への配属志望だった。


 かわいい服を着て戦う自分が想像できない。


 うん、考えるのをやめよう。


「う~ん、お前の名前はクマゴローよ」


「何その聞きなれない名前は?」


「ふふふ、これはですね。昨夜突如閃いた斬新かつ先進的かつ先鋭的なネーミングです」


「そ、そう……」


 ちなみにこの独創的なネーミングセンスより以前は『あん・じゃっしゅ』、『あるみ・にーむ』、『ぎゃらくしぃ』、『げしゅたるとん』などになる。


 曰く、きゃわきゃわネームというらしい。


 それと比べると……確かに何かが劇的に変わった気がする。


 けど何が変わったのかがわからない。





 ほどなくして会話は途切れた。


 まだまだ会食には時間がある。


「さてと、せっかくだし王宮の薬草園でも見て回ろうかしら」


「薬草園ってたしか病弱な王様のために国中の薬草を集めて、栽培してるんですよね」


「ええ、前から興味があったの」


「勝手に動き回って大丈夫なんですか?」


「もしかしたらこの王宮で暗躍している暗部に止められるかもしれないけど、その時は素直に戻ればいいのよ」


「暗部とかおとぎ話でしょ~」


「ふふ、どうでしょうね」


 と、いうよりさっきから監視されてる視線を感じて、ちょっと嫌なのよね。


 たぶん暗部の者が何人か婚約者である私の護衛についているのだろう。


 とりあえず無視だ無視。


 ということで私とササラとクマゴローは城の薬草園を見学に行く。


 薬草園の管理人に見学を申し込んだところ、二つ返事で許可してくれた。


 こんな簡単に入れていいのかと少し思った。


 管理人と一緒に園を見て回る。


「わ~すごいですね。お屋敷にない珍しい花とかいっぱいあります」


「ええ、そうでしょう。それでもここの園は国王陛下が病に倒れられてから急遽造園したため、まだ育成の仕方が確立していない種もあります」


「なるほど、まだまだ薬学は研究する意味がありそうですね」


「遥か古代、古の時代には今よりも豊富な薬草が採れたそうです」


「いにしえ? もしやもしやわる~い王様のときですかっ?」


「ええ、メイドのお嬢さん。その時代には不老不死の研究が盛んで、この国では絶滅したマンドラゴラなどが栽培されていたそうですよ」


「絶滅したのですか?」


「ええ、昔は動植物は神が与えたもので、ヒトは土から作られ死ぬと土に還る。土から草や虫が自然に沸きいくらでも手に入る、と考えられていました。閉じた世界で乱獲すればすぐに絶滅してしまいます。この薬草園はかつての過ちから作られたのです」


「古代王国では栽培していたんですよね?」


「ええ、そう伝えられています。ただその国は魔物の群れに押しつぶされて悪い王様と共に消滅してしまいました」


「…………」


 国が閉ざされる前の時代、その時代ならロッカウム王も健康でいまよりもマシだったはず。


 マンドラゴラがあれば……。


 ふと、ないものねだりをしてしまう。



「あとは物珍しい毒草とかもあるから、薬なんだからと勝手に食べないように」


「ひぇっ! 本当ですか!?」


 興味津々だったササラがのけぞる。


「ええ、毒と薬は紙一重ですからね。ほらそこの草は悪魔の花ですよ」


「うげ~あの咲くと臭くて見た目もすんごくて、群生するアレですか……」


 容易に毒にもなる植物が生えている。


 そのような場所になんで簡単に入れてもらえたのだろう?


 頼んだのはこっちだけど……。


「もし、いったい誰がここへの入園を許可したのですか?」


「それは――」



「それは私だよ」


 くぐもった声が突如する。


 そしてヌッ、と草木の間から鉄仮面が出てきた。


「ぴゃいっ!?」


 サラが驚きのあまり変な声を出した。


「って、国王陛下!?」


「仮面王さまっ!!」


 すぐさま全員がかしずく。


「ははは、そんな畏まらなくてよい」


 デスマスクと呼ばれる自分の顔を型取った鉄仮面が陽光で鈍く光る。


 全身をミイラのように布で覆い、素肌が見えないようにしている。


 その上で白いローブを纏いすべてを隠しているが、遠めでも弱々しくやせ細っているのが分かる。


 彼こそがロッカウム・べリア王になる。


 この箱庭の国の主だ。



 ちなみに仮面王とはその見た目から呼ばれる通称になる。


 だが本人に面と向かって言うべきではない。


「ちょっとサラ!」


「あわわっ!」


「王、私のメイドが失礼しました」


「ははは、いいのだよ。若い頃――ちょうど君たちの年の時に病に侵されて、この顔はひどく爛れてしまっている。年甲斐もなく醜い素顔を若い乙女に見られたくなくてこのような仮面をつけているのだ」


 清廉潔白で聡明な王。


 しかし病弱なためもう先は長くないといわれている。


「ところで王様。今日は私の父や重鎮たちと会合なのでは?」


「いいや会議はわたし抜きでおこなわれる。それに、わたしがここに来たのはシルヴィア嬢に先に会っておきたかったからだ」


「え!?」


「この身ではいつ倒れてもおかしくないからな」


 まるで軽口をたたくように重いことをいう。


 まだ死なれても困る。


 せめて婚約解消を了承してもらいたい。


 「シルヴィア・イシルメギナよ」


 王が威厳に満ちた声で名を呼ぶ。


「はい」


「そなたにはドラゴンを退治してもらいこの国を代表して感謝する」


「もったいなきお言葉です」


「そしてどうか私の一人息子であるピィカッテアと2人で手を取り合ってこの国を導いてくれないだろうか」


 く、先手を打たれた。


「王よ。それは卑怯です。これではお断りしにくいじゃありませんか。なぜ、なぜ私なのですか?」


「マティウスは学園時代からの親友だ。その娘の意向を無視して、婚約をすすめたことに、わたしも申し訳ないと思っている」


「それなら!」


「しかしわかってくれ。あの子は幼い頃に母を、我が后を亡くした。後宮という後ろ盾がなく多大なストレスの中であの子は育ってしまった。その歪みが言動に現れてしまっている」


「それは……」


「だからあの子に降りかかる悪意を跳ね返せるだけの力のある令嬢を」


 それは物理的にですか?


「そして暴走したときは止められるだけの令嬢を」


 物理的にですね?


「ずっと探していたのだよ。物理的に強い女性を」


「結局そこですか! それを言いきりますか!」


「ダメかね?」


「女性への口説き文句としては最低の部類だと思います」


 ササラがフォローと見せかけて仮面王へ追い打ちをかける。


「そうなのか……いつになっても人付き合いとは難しいものだな」


 仮面越しでも王がしょんぼりしているのが分かる。


「ちょっとササラ。王様しょんぼりしちゃったわよ」


「ええ、どうしましょ。どうしましょっ!!」


 慌てふためいたササラがクマゴローを前に出す。


「これ、あげる」


 仮面王がクマゴローを受け取った。


「あ……ありがとう」


 クマゴローを渡すメイドとそれを受け取る仮面の男。


 とても奇妙な光景が目の前に誕生した。


 その謎の行動に王も困惑している様子だ。


「う、すまないがもうこれ以上は無理のようだ」


 あ、普通に体調不良だった。


 そして右手を上げて誰かに合図を送る。


 すると薬草園のそこら中から黒ずくめの男たち――影から王族を守るという噂の暗部がでてきた。


「うぴゃっ!? でたっ!」


「こんなにいたのね」


「当たり前だ。王の護衛がいないとでも思ったのか?」


 声をかけてきたのは近衛兵の制服を着て、羽の付いた帽子とをかぶる男。


 その恰好から近衛隊長だとわかる。


 名は確か……。


「あなたは……クバ隊長」


「……ふん」


 父であるマティウスと実力が拮抗している実力者の一人だ。


 ライバル関係といってもいい。


 そのため私のことをあまりよく思っていない。


「クバよわたしが招いた客人だ」


「これは失礼、しかしもうこれ以上はお体に触るゆえ、自室に戻ってもらいます」


「わかっている。今日は気分がすぐれるから歩いて帰るつもりだ」


「ダメです。教会から治療師が来ていますので、急いで帰りますよ」


 クバは仮面王をひょいっと担いで強制的に連れ出す。


「最後に、息子をよろしくた~の~ん~だ~」


 こうして仮面王とクマゴローと別れることになった。


 本当は婚約解消を申し出るはずが、逆に念を押されてしまった。




 その後、王の体調悪化が深刻になったと連絡が入り、会食などの予定がキャンセルとなった。



 私とササラは王都の魔法学園に通ってるときに使っている屋敷へと戻ることになった。

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