第4話 専属メイド ササラ

 私は戦った。


 戦い抜いたが、ついに力尽きた。


「はぁはぁ……お父さま……まだ倒せませんか」


「そうやすやすと倒せると思うな……よ。これでも現役の将軍だ……」


「く……まだまだ」


 結局、魔力切れで力尽きたところで、強制的に執務室から追い出された。



 メイドたちに運ばれる途中。


「ああ、最後に。よくぞドラゴンを倒した、父として誇らしく思う。がんばったな」


「ふん………………………………ふふん」


 とりあえず今日のところはこのぐらいで退こう。


 別に父に褒められたからって嬉しくなんてない。


 決闘では婚約解消できないとわかったから退くだけだ。


 そうよ。


 これは婚約解消の次の手、作戦会議のために戻るのよ。







 自室に向かいながら、今後のことを考える。


 まず作戦、婚約解消の作戦を考えないといけない。


 現状を整理すると。


 今回の急な婚約は王家の意向で決まった。


 言い回しから王子は関与していないと思われる。


 父は多少は抵抗したが、私に想い人がいないせいで押し切られたようだ。


 父と拳で語り合った結果、恋人候補がいれば婚約解消に動いてくれそうな手ごたえがあった。


 ただし父が認める相手となると探すのも骨が折れる。


 それ以前に私が本当に好きになった人じゃないと意味がない。


 ちょっと詰んでる気もするけど、この辺は後々考えよう。


 次に他の貴族が味方してくれる可能性は――期待できない。


 まずあの王子の本質を知っている貴族と知らない貴族で考えが全く違う。


 探りを入れて、味方に引き込んで、婚約解消の支援してもらって、解消後には何らかの見返りを与える。



 少々というよりかなり難易度が高い。





 魔法学園は――。


 慎重にならないといけない。


 生徒の半数が平民で力がないに等しい。


 残りの貴族生徒も親の影響力が強すぎる。


 生徒同士の争いならまだしも、王家と大貴族との争いに学園の生徒を巻き込むわけにはいかない。


 残りの学園生活では表向き婚約者として振舞うしかない……か。


 本心を偽って仮面をかぶった生活……。


 すっごいストレスね。




 とりあえず味方は限りなくゼロよ。


 特に王子の本質を知っている人はほぼ全員、私の婚約に賛成すると予想できる。


 王子が御しきれなくても私なら物理的に抑え込める。


 それなら建設的な話ができる私を妃にした方がいいと考える。



 そうなると私が婚約すると明確なデメリットがある、身近な人から味方にするべきか。



 まずは手始めに。



「ササラはいる!」


 私は自室のドアを開けて、大声で呼んだ。


「ほわっ!?」


 室内にいたメイドのササラが驚いて花瓶を落とす。


 ほんわかした彼女はたまにドジを踏む。


「ほりゃっと!」


 ササラは落ちた花瓶を足先で器用に、優しく蹴り上げる。


 そして花瓶をキャッチした。


 彼女は物をよく落とすドジっ子だったのだが、メイド長のスパルタ教育の結果、落とした物を壊さないように蹴り上げれようになった。


 さすが武家のイシルメギナ。


 ほんわかドジっ子メイドですら戦闘のプロに変えてしまう。


「ふぃ~びっくりさせないでくださいよ~」


 しかし、ほんわか感とドジ属性はスパルタ教育で矯正できなかった。


 イシルメギナにケンカを売るドジ力の持ち主だ。


 そんな彼女が私の専属メイドである。


 くりっとした茶目に少しウェーブした茶色の髪。


 少し小柄でありながら、出るところは出ている。


 出るところは出ている。


 ほんとに同い年なのかしら?


「あの~シルヴィア様?」


「ごめんなさい。ちょっと思うところがあったの。それで大事な話があるのだけど、ちょっといいかしら」


「大丈夫ですよ~。親子喧嘩で屋敷が半壊するかもと連絡があったので、ちょっと花瓶とか絵画とか移動させる準備をしていただけですので」


 改めて部屋を見ると、確かに高価な物がいくつか無くなっている。


 たぶんブラントンが管理している離れの倉庫に移動させたのだろう。





「改めてササラに大事な話があるの」


「それは婚約の件についてですか?」


「ええそうよ」


「あ~、婚約解消のお手伝いはできませんので」


 くっ、先に言われた。


 ササラはほんわかしていても頭が悪いわけじゃない。


「ええわかってるわ。それでもササラは私に協力した方がいいわよ」


「なぜですか? ああ、解雇されても大丈夫です。来年には実家に帰って稼業の手伝いをするつもりです!」


「ササラ、あなたなにか勘違いしているんじゃないかしら」


「どういうことでしょうか?」


 ササラはポカンとした顔で首をかしげる。


「あなたは私の専属メイド、つまりあなたも後宮入りするのよ」


「えっ!? ほんとですか!?」


「当たり前でしょ。私が後宮入りするのなら、姉妹のように育ったあなたも一緒よ」


「でへへへへ、ということはアレですね。私の子供とシルヴィアさまの子供を両方面倒見る――乳母ポジションになれるんですね!」


 両手をほっぺにあててデレデレッとしてから、胸を強調する。


 む だ に 胸を強調する。


「親子そろって幼馴染とかいいですね~」


「何をのんきなことを言っているの。後宮は男子禁制よ」


「ん?」


「そして働く女性は全員国王陛下の『お手付き』の可能性があるから外出禁止」


「んんっ!?」


「つまり後宮を出入りできる女性が勝手に王の子供を授かったって言わせないためにずっと後宮で暮らすってことね」


「あの~私の恋愛や結婚の可能性は……」


「わかりやすく言うと後宮入りしたメイドたちの恋愛対象も強制的にあの王子になるわ」


「……………………」


 ササラは目を丸くしてぽかーんとなる。


 そして大声で叫んだ。


「わたしあのクレイジーサイコパスクソ王子と交尾しなきゃいけないんですか!!!!!!!!」


「ちょっと何のためにお手付きって単語があると思ってるの!?」


「そんなの知りませんよ! 後宮なんてそんなことする場所でしょ!」


「そうだけど、そうじゃないから! 他にももっと権謀術数の限りを尽くした血みどろの政争とかあるから!!」


「もっと嫌あああああああああ!!」


 まあそうよね。


 それが王子に夢がない人の感覚よね。


「安心して、私もササラもあの王子に嫌われてるから相手にすらされないわ。一生ね」


 それを聞いたササラが、頭の中で将来の自分の姿を想像する。




『あたしゃササラ。しわしわの80歳。王様がおっ死んだから久しぶりに塀の外に出れたわい』




「後宮はこの世の地獄ですか?」


「何を想像したのかわからないけど、後宮は存在するだけで大変よ」


 後宮は準備段階から莫大な予算がつぎ込まれる。


 まず宮殿の整備と維持費に莫大な資金がいる。


 次に年頃の貴族令嬢や見目麗しい娘を使用人として囲い込む。


 それから王子がその気になるように巨額の費用をかけた催しを年に何度も開催する。


 しかも運営費用のために毎年重税が課される。


 つまり王国全土が地獄のような重税で苦しむ制度だ。






「う~~~~ん」


 ササラが頭を抱えてあーだこーだ、悩み始めた。


 ここはさらに一押しが必要ね。


 ササラの両手を握り、にこやかに言う。


「手伝ってくれないなら、一緒に地獄に堕ちましょ」


「…………はぁ、わかりましたよ。シルヴィアさまの婚約解消のために……がんばります」


「ほんと! ササラ大好き!」


「もうしょうがないですね」



 こうして専属メイド、ササラが仲間になった。



「さっそくだけど頼みたいことがあるの」


「なんでしょうか?」


「王宮勤めの使用人と接触して王子の動向を探ってきて」


「つまりスパイですね」そういいながら目がキランとなる。


「そんなところね。けどまだ危険な情報とかいらないから、あくまで現在の動向を知っておきたいの」


「わっかりました。ササラちゃんにお任せあれ」


 ちょっと不安だけど、大丈夫でしょう。


 とにかく、まず婚約解消すべき王子について知っておかないといけない。


 それから作戦を考えよう。

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