第5話 専属執事 ルル

 ――王宮執務室。


 べリア王国の王城は国の中心部にある。


 そこでは病で伏せている国王に代わり、王太子が執務を執り行っていた。


 先のドラゴン襲来の件について大臣が説明している。


「――でありまして、辺境を中心にドラゴン災による火災による山火事が広範囲に及び、魔導士を総動員しても鎮火には至らず、ついには各地にある食糧庫の備蓄も灰塵となりました。商人たちはこれを好機とみて食料価格を人為的に高騰させて荒稼ぎをするありさま。飢えに苦しむ民衆はさらに飢え、悲惨な状況であります。彼らのためにも国の備蓄倉庫から食糧を……」


「必要ない」


 王子は金髪くせっ毛をかきあげながら大臣の提案を却下した。


「は? え、えっと……それはどういう意図でございましょうか?」


 はぁ、とため息をついてから、やれやれという顔をして答える。


「いいかい、もしもの時の食糧ってのは反乱などが起きたときに城に籠城するための物だ。それが無くなったその時にもしもの事態になったらどうする?」


「こ、この難局に謀反を企てたとしても民意が得られません。それに王家に盾突く貴族などいるはずがございません」


「それは大臣の願望だろぉ?」


「どうかお考え直しを、王たるもの民草を思い、彼らに支持されるように振舞わなければ王国は簡単に滅び――」


「ボクが思うにさ、民草ってか要は雑草が多すぎるのが食糧危機の原因なんだろ? 民草にはその辺の雑草でも食べさせればいいんだよ」


 王子は、ほんとお似合いじゃないか、と言いながら高笑いした。


「さすが次期国王陛下! 名案でございます」


 王太子に取り入ろうとする貴族たちが無責任なことを口にする。


 大臣はため息をついて、淡々と報告を続ける。


「……次の後宮の改築に関してですが、市場が混乱しており資材の価格が高騰、予定よりも完成が遅れると思われます」


「かまわん。後宮なんてイシルメギナ以外は決まっていない状態だ。あの女は未完成を気にするほど繊細なのかい?」


「それは、何とも言えません」


「くひひひひひ」


 目立つ真っ白な化粧に、ちぐはぐで色の派手な服装、甲高い笑い声。


 王子の隣には宮廷道化師がいる。


 宮廷道化師の役目は「愚者」にある。


 あくまで役割・・だ。


 彼は巧みな話術で貴族を楽しませ、吟遊詩人顔負けの歌と楽器を披露し、そうかと思えば魔法を一切使わないアクロバットから手品などあらゆる芸を披露する。


 それだけでも彼を本気で愚者だと思えないほど多芸だ。


 しかし公式には愚者だ。


 なぜなら――。


「王子の考えに道化が困惑こんわく。何を考えてるのかぜんぜんわからぬ。なんでどうして婚約をお認めに?」


「うん? お前は本当にバカだな。いいかい、王国一、二の実力者が親子ってのはバランスが悪い。バランスだ。この偏ったバランスを保つには、あの女が後宮という檻で人質生活をするぐらいがちょうどいい。そうだろう?」



「ああっ! 王子に軍才という無駄なものがあったことに驚きです! なぜ箱庭の国に生まれたのかっ!」



「はははっ道化め。何か歌でも聞かせろ」


「はいはい、仰せのままに……」



 ――その言動は「愚か者の発言」ということになっている。


 王族は愚者の言動を気にしない。


 愚者と対立するのは同じ愚者だけという貴族の一般常識があるからだ。


 そのため臣下が口にするのもためらう「政治的」な進言を口にすることができる。



「ああ~、王子は冷血漢~、民が飢えて平気なお人~、支持率低下はさけられな~い。人気投票過去サイテ~、人気者になるチャンスをふいにする~、ぐおっ愚王っぐおっ!」



「わかったわかった。大臣、備蓄倉庫の解放の許可書を書いてやろう」


「本当ですか?」


「ああ、しかし父王のサインを取ってから開放しろ」


「王は病に伏せられており――」


「そんなことは知っている。それでも王の許可なしに決めるわけにはいかないだろ? わかったら父を叩き起こすか、王権をないがしろにするか決めろ」


「……かしこまりました」


「さすがは次期国王、見事な采配です」


「ほんと、……まことにそうですな」






 大臣は補佐官と一緒に執務室を出た。


「国王陛下が目覚めればなんとかなりそうですね」


「バカを言うな。例え食糧支援できても焼け石に水だ。大貴族が不必要に備蓄している食糧の供出に、大商人たちの買い占めの規制など、やらなければならないことが山のようにある」


「あの王子がどこまで許可して――それ以前に貴族の反発が多そうですな」


「マティウス将軍のシルヴィア嬢を後宮に送れば多少は抑止になるかと思ったが判断を間違えた…………うぅ……胃が……っ」


「大臣っ!? 誰か誰かある!」













「――という感じらしいですよ。それで大臣が心労で倒れちゃいました」


 ササラが王宮で起きた出来事を報告する。


「あとで大臣に胃薬を送ってあげましょう」


 まさか私を人質とみていたなんて。


 けど切り札として後宮入りしてから話すべきところを大勢の前で言うあたり、やっぱり。


「それにしてもシルヴィア嬢が後宮入りする前に暴露するなんてバカ王子は相変わらずバカですね~」


「それね」


 ササラにバカ認定されるってよっぽどよ。


 それに王子の再教育の結果が大臣を無視して、道化師の忠言を聞き入れるっていうのも危うい。


「学校だとそこまでじゃなかった気がするんですけどね。なんなんでしょうこの違い?」


「それは、失言する前に生徒会室に行ってたんじゃない。ほらアレでも一応生徒会長だから」


「ああ~なるほど」


 魔法学園の生徒会長は……まあそれはどうでもいい。



 今はそれよりも重大な問題がある。


「それよりも今は領地の治安回復と食糧問題の改善をするべきでしょうね」


 今この国の、そして領地の治安は悪化している。


 ドラゴンから逃れた避難民が王都を目指した。


 治安維持の人材は不足しており、犯罪は日増しに増えている。


 そのうえバカ王子の迷采配によって収束のめどがつかない状態だ。


「何をするのですか?」


「そもそも領地視察に出たのはドラゴン退治じゃなくて、領地の運営状況を調べるためよ」


「あ、そうでしたね」


「それで改善できそうなところがあるから、まずそこからやっていきましょう」


「けど領地経営は旦那様のお仕事ですよね。いいんですかまた勝手に動いちゃって」


「別にいいのよ。お父さまは王宮側のゴタゴタと王都の治安維持で身動きが取れない状態よ。それに万が一を考えると今のうちに領地問題を解決しておかないといけないの」


「なぜじゃ? わたしゃ後宮になんぞイヤじゃ」


「ササラばあさんや、あたしも嫌じゃが万が一を考えるとジル坊のためにもやらねばならんのじゃ」


「え? ジル君が関係するんですか!?」


「いきなり普通に戻ったわね」


「それよりなんでジル君なんですか?」


「いい、このまま来年になったら領内のゴタゴタは改善されない可能性が高いわ。しかもお父さまは将軍として王宮にいなければならない。そうなると必然的に領地経営はジルか引退したおじいさまがすることになるわ」


 弟のジルタニア・イシルメギナはまだ10歳だ。


 領地経営をするにはいろいろと準備不足になる。


 むしろ弟が成長するまで私が領主代行をする手はずだった。


 それが婚約騒動で完全に計画が狂ってしまった。


 おじいさまはたしか年齢が70前後だったはず。


「年齢と体力どちらも問題があるのよね」


「うわ~、つまりジル君のためにお姉ちゃんが一肌脱ぐってことですね」


「ええ、そうなるわ。ふふ、ジルのためにも頑張るわよ!」


「……ブラコン」


「いまブラコンって言った?」


「そんなブラコンなんて事実をいまさら言いませんよ~。ちょっとブラコンだって思ったことが口に出ただけです」


「言ってるじゃない!」


 姉が弟を可愛がるのは当然のことじゃない。



『ねぇねぇ、ねぇねぇっ!』

『シー姉ぇ、あそぼ~』

『シー姉さまのような立派な貴族にボクはなります』



 うん、あの子につらい思いをさせないためにも、私が頑張るしかない。


「それで改善するために何をするんですか?」


「そうね。もうそろそろ彼が戻ってくるはずだから――」


『コンコン』とノックが鳴る。


 すぐにササラが対応する。


「あ、ルル君おかえり~」


 のほほんとノックの相手に挨拶をする。


「あら、ルルちょうどよかった。いまあなたのことを話してたところよ」


「ん……」


 長身の青年がってきた。


 この国では珍しい銀髪で褐色の肌。


 ちょっとジト目でやる気がなさそうに見えるが、実のところ仕事に関しては筆頭執事であるバトラー・ブラントンが太鼓判を押すほど優秀な――。



 私の専属執事だ。


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