第6話 ウィートランド穀倉地帯
私はルルが持ってきた領地の状態をまとめた資料を確認する。
「ざっと見た感じだとそこまでおかしくないわね」
ん?
ふと目線を上げるとルルの真紅の瞳が資料ではなく――私を見ている。
いつもより顔が近い。
そこで私は――。
「はい、クッキー」
「ん……もぐもぐ」
――従順な従者にご褒美のお菓子をあげた。
ルルはとても無表情だ。
だけど長年一緒にいれば、ちょっとした仕草からだいたい感情が読める。
そう今はしっぽがあったらブンブンふって喜んでいる。
さすが我が家のお抱えシェフが作るクッキーね。
「はぁ~」
ササラがなぜかため息をつく。
「どうしてため息なんかついてるの?」
「いいえ~お気になさらずに~それよりちゃんとルル君を見てください」
ルルをちゃんと?
私はルルがクッキーを美味く食べている姿を見る。
なるほど、たしかにまだ満足感が足りないようだ。
私はルルの頭を撫でた。
――ナデナデ。
「んっ」
おおっ、ルルの満足感が3割いや5割増しになった。
さすがルルのお姉ちゃんを自称しているだけある。
私もまだまだね。
「ちが~~う。違うんですって」
ササラがそうじゃない、と言わんばかりに頭を抱える。
「だからさっきから何が違うっていうの?」
「いえ、それは……その」
もじもじして、へんな子ね。
「ん……この資料のココとココ」
ルルが持ってる資料を指さす。
「ん~たしかに数が合わない部分があるけど、ほとんど誤差ね」
ルルは次に地図を持ってきた。
「ん……地図に変な場所を書いていくと……」
「これは……」
領地の片隅、円形で囲った範囲、全部の村で税収が少しだけおかしかった。
つまり広く浅く不正が行われている、可能性がある。
そこでさらに詳しく資料を漁ると、巧妙に隠された不正が見つかった。
「お手柄よルル!」
さっきの倍くらい頭を撫でてあげる。
ルルの銀髪はさらさらしていて、実にナデがいのある髪をしている。
「それにしてもバトラー・ブラントンが見落とすなんて」
「ん……これは実際に現場を見ないと気付かない。……かなり巧妙」
「はぁぁ~……」
またしてもササラが大きくため息をつく。
「さっきからどうしたのササラ」
「べつに~」
ササラがルルの方を見ると、彼は口に人差し指を当てて、ササラの方を見ていた。
主人にわからないやり取りをしているのが見ていてわかる。
「ルル君、ササラお姉ちゃんはルル君の味方だからね」
「ん」
なんか2人だけの世界って感じがして、なんかムカつく。
なんでかしら?
――数日後。
私は証拠集めをしてから、領地へと馬車で向かった。
さすがに婚約者という都合から護衛の騎士を連れている。
「あぅ~眠いのに揺れて……うっぷ」
ササラが眠気と馬車の揺れでぐったりしている。
ここ数日ほとんど寝ずに証拠集めをしていたから仕方ない。
「もうすぐしたらウィートランドよ」
「あい~~」
いま目指しているのは公爵領の穀倉地帯であるウィートランドになる。
王国全体の生産力の1割ほどであり、改善すれば確実に食糧価格に影響する。
この国は外界から閉ざされているので、交易や貿易が物語の世界の話であり、貧弱だ。
そのため地方に行けば行くほど物々交換で経済が回っている。
貨幣が流通しているのは王都や大貴族が納める都市ぐらいだ。
もちろん年貢や税金もすべて現物になる。
そのため鉱山の村なら鉄、山林の村なら肉と木材、農村なら麦が税金になる。
作物の不作などで飢饉が発生すると、一気に景気が悪化する。
今回のドラゴンによる食糧危機がまさにそうだ。
「お嬢さま、着きましたよ」
馬車の御者が小窓から目的に到着したと伝える。
「ん……周りを見てくる」
「ええ、わかったわ」
ルルは御者の隣に座っている。
「ルル君もこっちに来ればいいのに~」
「そうもいかないでしょ」
若い男女が馬車の中にいるとあらぬ誤解が生じる。
たとえメイドなどが同席したとしてもだ。
しかも曲がりなりにも王子の婚約者になる。
もう前のように3人で、とはいかないのだ……。
「それにしても旦那様に許可とらなくって良かったんですかね」
「お父さまはどこかのバカ王子の言動のせいで王城から離れられなくなりました」
「打ち壊しとか起きそうですもんね」
「ですのでこれは私の判断で責任をもってやります。それにジルのためにも私が頑張らないと」
「ああ~わたし拗らせたブラコンに巻き込まれたんですね。もう帰って寝ていいですか?」
「お供が全員男性とか婚前なんだしダメに決まってるでしょ」
私はブラコンではない。
ちょっと弟を可愛がっていて、姉として領地の不正とか治安とかの問題をささっと解決したいだけだ。
馬車が止まった。
そして御者が「足元に注意してください」といいながらドアを開る。
軽く辺りを見渡す。
ウィートランドの村は広々とした農地と森林の境目にある。
今は春、種まきの季節だ。
だから広大な農地に大勢の農民が一列に並び畑に種をまいている。
ところどころ放棄した土地があり、そこは柵で囲って家畜が放牧されている。
森林を伐採して新たに農地開発している所もある。
農民たちはあまり土地の開拓を好まない。
できるだけ抵抗しようとする。
彼らにしてみれば豊作だと食糧の価格が低下して苦境になる。
逆に凶作だと収入が増える。
そのため経験則から土地の開拓に抵抗することが多い。
もちろん例外もある。
今回のようにドラゴンに広範囲を焼かれ、さらに山火事で土地が焼失した時がソレだ。
今年から来年にかけて食料不足になるとわかっているので、急に遊休農地の開拓がはじまった。
のどかでいいところだと思った。
村長を呼び、そして彼にここに滞在している徴税官を呼ばせた。
徴税官。
彼らの仕事は税の徴収になる。
年に4回、季節ごとに得られる産品を村々から運び出す。
そのため村の片隅には徴税官が雇ったのであろう荷馬車の一団がいる。
今の時期なら冬に作った燻製などだろうか。
そんなことを考えていたら、ほどなくして徴税官がきた。
事前に調べた資料によると名前はクロード。
貧しい領地の貴族になる。
頬はやつれ、目にはクマができている。
とても私腹を肥やす悪徳徴税官とは思えない印象だった。
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