第3話 初恋とは?

「ところでお母さまはどちらに?」


 これだけ騒げば普段なら止めに入るはず。


 それが全くないことに違和感を感じた。


「あいつならジルと共に父、つまり祖父が隠居している荘園に避難している」


 ジルは私と年の離れた弟だ。


 母が弟と避難?


「おじいさまのお屋敷に、なぜですか!?」


「なぜも何もお前が王家というより王子に反感を持っているのは知っている――婚約解消に全力を挙げるだろうことも予想がつく。そんな姿を見たら幼いジルに悪影響を及ぼすのは誰が見ても明らかだろう」


「う……そこは反論できませんね」


「次期イシルメギナ当主が王家に嫌悪感を抱いているなど洒落にならないからな」


 かわいい弟に会えないのは正直さみしい。


 けど、あの子の人格がクソ王子並みに歪んだらもっと悲しい。


 この件についてはグッジョブ父さま、と思っておこう。


「と、言うことはつまりどれだけ暴れても問題ないということですね」


「言っておくが決闘制度で婚約解消はできないからな」


「くっ」


 貴族階級にはいくつも特権がある。


 その特権の象徴となっているのが決闘制度だ。


 賭けるのものは名誉、爵位、土地、命、裁判の結果そして婚約者など多岐にわたる。


 王都の演劇ではクライマックスに騎士が花嫁をかけて決闘するのが定番となっている。


 その決闘制度を悪用すれば嫌いな人との政略結婚も覆すことができる、が――。


「決闘制度は王家の承認が必要だからこの件に関しては無理だ」


「ならば他の手を考えなければいけませんね」


 父は困った顔で深くため息をついた。


「お前は17にもなって未だに婚約者がいない。貴族子女は早ければ10、遅くても15ぐらいには婚約者候補ぐらいはいる」


「いまさらですね」


「相手が見つからない場合は大貴族や王家それに教会が協議したうえで『秤書』を発行して――つまり政略結婚の相手が決まる」


 父が言っている秤書とは長く閉鎖されたこの国で誕生した文化の一つだ。


 1500年前の魔物の大発生以前には無かったと言われている。


 読んで字のごとく、両家の家格と当人たちの資質を天秤にかけて――実際は王侯貴族と教会の政治によって――釣り合いが取れていることを神が証明して発行される。


 秤書の効力は強く、天秤にかけた貴族が平民との結婚が妥当と判断されれば貴族と平民すら結婚が許される。


 これは主に莫大な賄賂を用意できる大商人たちが爵位を得るために使う手でもある。


「つまりだ竜殺しの英雄であり公爵令嬢でもあるお前と天秤にかけて釣り合うのは王太子殿下ぐらいしかいないのだよ」


 ぐっ、なんという説得力。


 けれど相手がサイコパス王子の時点で釣り合うどころか天と地ほどの差がある。


 あの王子お守りなんてまっぴらごめんよ。



「わたしだって……私だって好きになった方と結婚したいんです!」


「ならば仮に婚約解消できたとして、お前の求める男がどういう人物か言ってみなさい」


「そうですね……強いて言うなら、私より強い男かしら」


「この国に3人もいないぞバカ娘」


 ほっといてよ!


 だって私だってちょっとは守ってもらいたいの。


 せめてパートナーとは対等でありたいの!!


「まったく、最近の若い者は……昔はもっと厳格な規律と貴族としての矜持をもってだな……くどくど」


 いつもの貴族とはどうあるべきか、というべき論を展開する。


 ん?


 あれ?


 そういえば一般論を言うことはあっても自分自身の話ではないことに気が付く。


 どうして今まで気づかなかったのだろう。


「一般論はいいとして、お父さまはどういった経緯でお母さまと結婚したのですか?」


「私は……そのあれだ。公爵家次期当主として……なんだアレだ」


 まったくもって歯切れが悪い。


 何か怪しい。


 こうなったら奥の手よ。


「ブラントンいるのでしょう。出てきなさい」





「はい、お嬢様」


「なぜブラントンを呼ぶ?」


 初老の男、バトラー・ブラントンが隣の部屋からきた。


 彼は我が家に仕える筆頭執事になる。


 長く仕えている彼にはこの屋敷の出来事で知らないことがない、といっていい。



「ブラントン、お父さまとお母さまの馴れ初めを知っている?」

「はい、もちろんでございます。あれは旦那様がまだ魔法学園に在籍していたころ」



「おい、やめろ」



「ある日、学園から帰ると電光石火のごとく自室に走り去って籠ってしまいました」

「引きこもり!?」

「そして何時間も物音をたてながらうめき声をあげていました。さすがに心配になり恐る恐る部屋に入ると――」

「入ると?」



「やめるんだ」



「なんと旦那様がベッドでバタンバタンしながら悶え叫び続けておりました」

「バタンバタン!?」



「やめろと言っている!」



「一体どうしたのか尋ねると、学園で天使に出会った、と顔を真っ赤にしながら言い――そして思い出したのか、またしてもバタンバタンとベッドの上で悶えたのです」

「あら、お可愛いお父さまですこと」



「やめるんだああああ!!」



「それからは奥方様に必死でアプローチして、私より強い男じゃないとダメよ、と言われて王国軍将軍への道を進められたのです」


 あら、私の男の趣味はお母さま譲りだったのね。


 てっきりお父さまだと思ってました。



「ブラントン貴様、あとで覚えていろよ」


「ほほほ、実は先代様も同じようなことがありまして」


「そうなの!」

「そうなのか!」


「はい、あれは私が執事見習いだった頃、やはりといいますかある日とつぜん部屋にこもってうめきながらバタンバタン身悶えたのです」


「まったく同じね」


「あのクソ親父め、俺には政略結婚の相手がいるから別れろだなんだ言ったくせに」


「先代様はそこらへんは抜け目なく、根回しに根回しの末に秤書を手にして結婚を認めさせました。まあそれ以前から公然とラブラブしておりましたので、ほぼ自由恋愛ですな」


「ありがとうブラントン」


「いえいえ、お役に立てて光栄です」


「次にオヤジに小言を言われたらブラントンから面白い話を聞いたと言ってやる……ぶつぶつ」


 父はおじいさまへの積年の仕返しを考えているようだ。


 だがそんなことはどうでもいい。


 いま重要なのは私の将来についてだ。


「2代続けて恋愛結婚しておいて私にサイコパス王子との政略結婚だなんてあんまりです!」


「たとえ事実でもその物言いはどうかと思うぞ娘よ」


 事実陳列不敬罪で罪人にできるならしてみろ。


 むしろ平民落ちのほうがマシよ。


「言っておくが、こっちもできるだけ抵抗したのだが王家の意向と、それにあの王子に暗殺されない最強の令嬢こそが婚約者に相応しいと満場一致で決まったのだよ」



 もはや国ぐるみで不敬。


 そこはもうちょっと王子を信じてみたらどう。


 私は無理だけど。


 けど、つまり現国王ですら王子を信じていないということがなんとなく察せた。


 しかし、それはそれこれはこれである。



「とにかく私にだって殿方を選ぶ権利ぐらいあります!」


「そうは言うが、好みの男性は分かったが、お前に初恋の相手とかいるのか?」


「初恋……はつこ……い……ですって? どういう状態でしょうか?」


「恋すらしたことがないか。こう胸が高鳴って心臓が痛くなって体の奥から熱く……って何言わせるかっ!」


「ほほ、不肖ブラントン、お嬢さまが初恋する日を待ちわびております。ええ、ええ……」


「そんな状態異常になったことなんて一度もありませんね」


 ちょっとやそっとで状態異常になるほどやわな鍛え方をしてません。


「ならいっそ王太子殿下に恋したらいいじゃないか、ハハハハ」


 ブチッ。


 その一言で、頭が真っ白になり。


 特大の氷魔法をぶっ放した。



絶対零度アブソリュート・ゼロ!」


「なんの火炎領土フレイム・テリトリー





「ほほほ、やはりこうなってしまいましたな。全員で屋敷中の調度品を運び出しなさい」

「はい、バトラー・ブラントン」





氷の鋭槍アイス・ニードル!」


「まだまだ炎壁フレイム・ウォール





 これはまだ恋すらしたことがない乙女が、初めて恋をする少し前の物語である。

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