第2話 私は婚約解消したい

 私の名前はシルヴィア・イシルメギナ。


「どいて! どいてっ!!」


 ただいま別けあって屋敷を高速で走り抜けている。


「うわっ!?」

「きゃあっ」


 屋敷の使用人たちの合間を走り抜ける。


 目指すは父の書斎!


 目的はぶっ飛ばすために!


「お父さま! これはどういうことですか!!」


 勢いよくドアを開けると同時に叫ぶ。


 父が少々やつれていたので問答無用で殴るのは一時保留だ。


「帰ってきて早々に礼儀がなってないなこのバカ娘」


 やはり殴ろう。


 このあと盛大に殴ろう。


 通算3千回以上挑んですべて返り討ちにあってるが、今度こそ引導を渡してみせる。


「父上、いま帰りました。ご多忙の中、お時間をいただきありがとうございます」


「多忙すぎて時間が取れないのに押し入ってきたの、お前だからな」


 イラっとするが、父もイラっとしているのだろう。


 親子そろって口元に笑みを浮かばせる。


 ついでにこめかみに血管を浮かべながら、話を続けた。


「――そんなことより、この手紙の婚約とはどういうことですか!」


 ドラゴンを倒してから被害地の復興活動の指揮を取っていたら、一通の手紙が来た。


 そこには形式的なねぎらいの言葉と2枚目に、ついでのように婚約が決まったと書かれていた。


 しかもその相手は――。


「どうもこうも王太子殿下との婚約が決まったのだ。オメデトウ」


「全然めでたくありません! なんでよりにもよってあの王子なんですか!」











 べリア王国の国王は名をロッカウム・ダ・べリアという。


 その一人息子であり唯一の後継者がピィカッテ・デ・ベリアという。


 この王子には昔から問題があった。


 それが判明したのが10歳の誕生会の時になる。


 事件が事件だっただけに秘匿されているが、参加者たちには「赤い誕生日会」と呼ばれている。


 私はその誕生日会に招待されて、この目であの事件を見ていた。




 彼の誕生日を祝うために国中の有力者が集い各領地の物産を献上した。


 見栄を張りたい貴族たちは忠誠の証として献上できる最高の品を用意した。


 金銀財宝から家畜さらには野生のオオカミやクマに珍し動物などが王宮に集められた。




 当然イシルメギナからも最高の品を献上することになった。


 そこで父はミスリルの杖を、私は猟犬を送る品に選んだ。


 猟犬は私が一から育てた、後にも先にも唯一の動物になる。


 当時の貴族たちのあいだで魔法によるキツネ狩りが流行していた。


 田畑を荒らす害獣駆除と貴族の娯楽を兼ねたキツネ狩り。


 王子が狩りに興味を持っていると聞いていたので、私は猟犬を一から育て献上することにしたのだ。


 一年間の調教でその猟犬は調教師の先生が太鼓判を押すほど優秀に育った。


 受け取った王子はとても喜び、舞い上がった。









火炎ファイア!」


 そしてミスリルの杖で猟犬を殺した。


「キャハハハハハハハッ」



 猟犬だけじゃない。



 献上された生き物はすべて覚えたばかりの魔法で殺し尽くした。


 その時、出席したすべての貴族が、「次代の王は暗君だ」、と悟った。


『王太子殿下は魔法の才能が飛びぬけて高いですな』

『いやまったく、王国の未来は安泰でしょう』

『べリア王国万歳! 王太子殿下に祝福を!』


 誕生日会に出席した貴族たちは王子の凶行を褒め称え、王国の未来は明るいと言う。


 しかしその目は恐怖に支配され、その額からは冷や汗がとめどなく流れる。


 子供でも彼らが本心を語ってないことが分かる。



 私はその日から貴族というものが嫌いになった。



 一応、現国王が再教育を行ったというが――どうだか。


 何にせよ、これがこの国の王子であり、私が世界で一番嫌いな男である。



 誰が何と言おうと私の考えは変わらない。



 私シルヴィアは王子との婚約を解消したい。

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