第1話 つよすぎ公爵令嬢シルヴィア


 箱庭の国と呼ばれるその国は正式にはべリア王国という。


 外界から閉ざされておよそ1500年になる。


 結界の力で魔物の脅威はほとんどない。


 しかし年に数回、結界を突破する魔物が現れる。


 その被害は甚大だった。






 ――春、王国南部イシルメギナ領、第三討伐隊集合地点。


 雪解けが始まったばかりの頃。


 肌寒い早朝、兵たちの吐く息は白く、その顔はひどくやつれている。


 彼らが見る先には見晴らしの悪い森林地帯が広がっている。


 薄暗い森の奥から火柱と黒煙が上がるたびに息を飲む。






 最初は魔物発見の報だった。


 それから第一次討伐隊全滅の知らせが届くのに、それほど時間がかからなかった。


「見ろ! 光球がどんどん上がっている!」


「初級魔法の光球を打ち上げることで、魔物の位置がだいたいわかる……だが、速すぎる!」


 森のあちこちから光球が上がる。


 それは徐々に迫って来ていた。


「こっちに、近づいてくるぞ!!」


「第二討伐隊は足止めすら諦めたか……」


「まだ兵は集まってないぞ…………どうする?」


「仕方ない……後方へ下がるぞ」


 兵隊長が後退を命じたその時。


「っ!? 馬だ! 伝令がきた!!」


 伝令馬が森から走ってきた。


 兵隊長はこれで何が起きてるのか知ることができる、と思った。


 だがその知らせがさらなる絶望を告げる。


「魔物はドラゴン! 繰り返す魔物はドラゴ――」


 灼熱の業火と爆炎の衝撃波が野営地を直撃した。


 伝令がいた場所を中心に火柱が上がる。


 兵たちに恐怖が広がった。


「ドラゴンなんて聞いてないぞ!」

「逃げろ、逃げろ!」


 結界を越える魔物の種類は多い。


 だが大抵の魔物は息も絶え絶えであり、周辺を警戒する村人たちで倒せてしまう。


 そのため被害という被害がなく、平和な日々が続いた。



 だが例外として結界を突破できる圧倒的な力を持つ魔物が存在する。



 ドラゴンだ。



 野生の動物とはかけ離れた強靭な肉体と魔法を操り、長命なドラゴンなら人以上の知性を持つとされている。


 各個体の姿は多種多様であり、知性と魔力の大きさから大まかに分類されている。


 上位種は国を滅ぼせるほどの力を有しているとされ、強力な魔法を行使できると言われている。


 同時に上位種にかんしては存在そのものが空想だと言われている。


 下位、中位種がもっとも数がおおく、この箱庭の国に侵入するのも大半がこのカテゴリーになる。


 それでも結界は強力であり、下位種は結界を越えるだけで力尽きる。


 必然的に猛威を振るうのは中位ドラゴンになる。



「くそっ、グランド・ドラゴンだ!」

「矢と魔法を使える者は魔法で攻撃せよ!!」



 いま現在、辺境の村々を焼き払いながら北上しているドラゴンは中位種の陸上型に分類される。


 かたい鱗に全身覆われ、その防御力は全ドラゴン種の中でも上位に入る。


 他のドラゴンとの明確な違いはグランド・ドラゴンに翼がないことぐらいだろう。


 だが一歩踏み込めば地響きがなり、兵たちの心はたやすく折れる。


 さらにその鱗は鋼よりも堅く、鋼鉄の矛剣を寄せ付けない。


 厄介なのはあらゆる魔法を無効化して自らの魔力へと取り込む「反射と吸収」能力だ。



「魔法が全く効いてない……」

「矢で応戦しつつ兵を下げるんだ!」


「あ、取り残された連中が……」


 また牙と爪は鉄を簡単に引き裂き、鉄をそろえられない弱兵たちを容易く貫く。



「口が開いた……全員伏せろ!!」



 火炎ブレスはひとたび放てば砦が半壊するほどである。


 べリア王国兵には――それ以前に人類に容易に討伐できる存在ではない。


 それがドラゴンになる。




「くそっ! 一体……どうやって倒せっていうんだああああ!!」






氷の鋭槍アイス・ニードル!」


 その時、一つの魔法がドラゴンに直撃した。


 それは一般兵が扱える魔力を上回る攻撃魔法だった。


 中位魔法以上を扱える者は後方に待機させている。


 ならば誰が放ったのか?




「だれだ魔法を使ったのは……っ!?」


「あ、あれは!?」




 金色に輝く髪が太陽の光を浴びて、まるで黄金のような神々しさに兵たちの目が奪われる。


 圧倒的なドラゴンと対峙するには不釣り合いな美女だ。


 彼女は討伐軍の兵よりも軽装で、死地へ飛び込む。



凍てつく道アイス・ロード



 空中に氷の道が出現し、そこを滑るように移動してドラゴンの攻撃を避ける。


 その目にもとまらぬ速さで攻撃を躱し、ドラゴンを翻弄し続けた。


 ドラゴンはブレス以外にも魔法を使える。


 ヒトが扱う属性魔法と違い、魔力の塊をそのまま放出する。


 まさに原初の魔法になる。



『強き魔力の結晶』



 ドラゴンの放つ無数の魔力のつぶて。


 それは兵の盾を砕き、地面をえぐる。


 当たればただでは済まない攻撃であるが、彼女は当たらなければ問題ないとでもいう様に軽やかに避けた。



「氷の魔法に、金髪の……間違いないイシルメギナの氷結姫だ!」


「あれが……シルヴィア・イシルメギナ……」



 べリア王国イシルメギナ公爵家。


 敵対する国家がなく、強大な魔物も十数年に一度くるかこないかという頻度の国。


 この弱国で異色の公爵家がイシルメギナになる。


 古の時代の強き王の血筋が流れると言われる武の名門であり、現当主は王国最強の守護者と誉れ高い。



 その武門の公爵令嬢が――。



「シルヴィア・イシルメギナ様だ!!」



 ――シルヴィア・イシルメギナ。


 弱冠17歳にして飛びぬけた戦闘適正と高い魔力適正を持っており。


 父親の跡を継ぐ次の守護者、と目されていた。



 恐怖に支配された兵たちに希望が湧いた。



「た、確かにすごいが、これではいつか魔力切れで倒れてしまうぞ」


「……決定打がないとジリ貧だ」



 ――魔法。


 風や氷など多彩な属性攻撃、光の球や氷の足場などの支援魔法、そして超人的な動きを可能にする身体強化魔法。


 およそ不可能を可能にする奇跡のような力であるが――限界がある。


 体力に限界があるように、魔力も保有する魔力量が底を尽きると体を動かすことすらできなくなる。


 これは魔力があることを前提として生体活動を行う生物の特徴でもある。


「全員、光球ライト・ボールを放てっ!」


 シルヴィアの透き通った声が兵たちの耳に届く。


 光球ライト・ボールは光を発する魔法だ。


 攻撃ではなく、位置を知らせたり暗がりを照らす支援魔法になる。


 使える者が多いが、同時に使ったところでドラゴンは倒せない。


 意図が読めず混乱する中、ひとり隊長だけが気づく。


「そうか! 竜の逆鱗だ!」


 その一声で兵たちも察した。


 物理も魔法も寄せ付けない超硬な竜の鱗。


 その唯一の弱点が無数の鱗に一つだけある『竜の逆鱗』といわれる一点を突くことだ。


 古い伝承によると、そこだけは非力な子供でも容易に刺すことができるので、触っただけでドラゴンが怒り狂うと言われている。


 『逆鱗に触れる』の語源にもなっている誰もが知っている伝説だ。



「全員で光球ライト・ボールを放て!」

「おお!」



 周囲に展開していた討伐隊がドラゴンめがけて光球を飛ばす。




暗闇の目隠ブラック・ブライン


 闇魔法、暗闇の目隠ブラック・ブライン


 この魔法は敵対者の目を黒い幕で覆い隠す、妨害魔法になる。


 シルヴィアはあえて自分にかけることで、光球の光を抑えた。


 その姿はまるで黒いバイザーを身に着けているかのように映る。


 彼女は光球によってできた陰影の僅かな違いから竜の逆鱗を見つけ出そうとしている。


「見つけた」



 場所は喉の部分。



 彼女は剣に魔力を纏わせて、一息に逆鱗を突く。



 そして剣を媒体に魔杖のように魔法を放つ。



侵食する氷アイス・ウィロードッ!!」


 確実に相手を仕留める確殺の魔法。


 武家だからこそ教わることができるそれは接触した対象の熱を奪い一瞬で凍らせる。


 一般兵から魔法学園の教師ですら知らない戦場で使う魔法。


 逆鱗を突いた剣先から、一気に放たれる。


 竜の鱗に頼るドラゴンは内部からの魔法攻撃に――いや、どのような生物でも内側に放たれた魔法に対処できない。


 喉元を内部から凍らされたドラゴンは断末魔を叫ぶことすら許されなかった。


 まさに一瞬。


 脊髄から脳まで一気に氷壊したことで、静かに眠るようにこと切れた。


 沈みゆくドラゴンとその上で剣を携え、緊張した面持ちの乙女。


 兵たちは固唾をのんで見守る。



 強大な魔力が失われていくのを感じ取る。



 魔法のあるこの世界では――魔力が失われることは生命反応が無くなったことを意味する。


「ふぅ」


 一息ついて、シルヴィアが剣を鞘に納める。


 ドラゴンを打倒した。



「うおおおおお!」



 その事実に、興奮に包まれた兵たちが歓声を上げた。



 新しい英雄の誕生。



 喝采はその後もしばらく続き、彼女は大いに称えられた。


 これは竜殺しの英雄となった公爵令嬢の物語である。
















「すっげぇ強いな、俺いまも興奮したまんまだ」

「強くて美人とか反則だよな」

「俺あの人と……結婚したい」

「身分が違いすぎるだろ、天秤の片方が地面にめり込んじまう」

「ハハハハハッ」


「いや、なんでも未だに婚約者いないらしいぞ」

「え、なんで!?」

「あまりに強いのと公爵家という家格――あと偉そうな貴族連中は自分より強い女が妻とか嫌なんだと」

「貴族ってのは見る目がねぇな。あんないい女をほっとくなんて」

「おれ結婚する……」


「英雄の公爵令嬢に釣り合う男なんて、あとは王太子殿下ぐらいじゃないか」

「じゃあ賭けようぜ。俺は殿下が婚約者になるに銀貨1枚だ」

「俺は殿下が婚約破棄するに1枚」


「俺と結婚するに5枚!」「きも」「ストーカー」

「ぎゃははははは」


「隊長は何にかけます?」

「俺か、そうだな……俺は……」





 このすぐ後に竜殺しの英雄と王子の婚約、そして来年の戴冠式と同時に結婚することが全土に報じられた。




「俺は、公爵令嬢のほうが婚約破棄を宣言するほうに銀貨10枚だ」




 これは公爵令嬢シルヴィアが婚約解消のためにドタバタする物語になる。

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