第8話 決闘

 力とは正義である。


 法秩序は正義である。


 ならば武をもって正義を証明する決闘制度は正義の法である。



 ――べリア王国保守派 騎士党本部に掲げられた一文。









 べリア王国決闘制度。


 この制度は1000年以上の歴史の中で変化していった。


 いつしか名誉のための決闘は爵位、領地、身代金などあらゆる物が賭けられるようになる。


 平民が領主まで成り上がる。


 悪徳領主を打倒する。


 因縁のライバルと決着をつける。


 民衆は騎士たちのドラマチックな物語に熱狂した。



 だがその影で決闘制度は悪意を持って運用されてきた。


 街道を行きかう商人の財産を奪う。


 敗北した貴族を人質に取り身代金を要求する。


 婚約者を無理やり奪う。


 幾度となく問題となり法改正が繰り返されたが、反対勢力によって有名無実化されていった。


 なぜなら民衆がこの制度を支持したからだ。



「お、決闘が始まるぞ!」

「賭けた賭けた。徴税官殿と自由騎士様の一騎打ちだ!」

「いよっ待ってました!」



 彼らにしてみれば唯一楽しめる娯楽でもあった。







 徴税官 対 自由騎士。


 村はいつの間にかお祭り状態となる。


 本来なら領主に決闘状を送り、許可が下りてから決闘となる。


 しかし魔物の侵入が頻発した時代に、それに対抗するため騎士が大量に生まれた。


 それに伴い決闘の件数が増えて、領主たちの処理能力を上回ってしまった。


 その結果、なし崩し的に決闘の勝敗が決まった後に事後報告する略式が一般的になった。



「それでは互いが賭けるのは名誉と誇り――そして僅かばかりの金銭――」



 騎士の配下の男が形式的な口上を述べる。


「いま降参すれば金銭のやり取りだけで済むが、どうする?」


「ん、問題ない。こっちが勝ったら、王に裁いてもらう」


「面白い、勝てたならどこへでも連れていくがいい」


 軽く相手をけん制するやり取りの最中に勝てば逮捕できる言質が取れた。


 さすがルルね。




「――よって参ったと宣言するか、魔力が切れて気絶した時点で決着とする」


 決闘の宣誓が終わった。


「ルル大丈夫?」


「ん、だいじょうぶ、問題ない」


 一応声をかけたが、特に問題なさそうだ。



 両者が剣を持ち、構える。


 ルルは細身の両刃剣。


 ダンディは切っ先がない重厚な片刃剣。


 あれは対魔物用の一撃の威力に重点を置いた武器だったはず。



「それでは始めッ!!」



 その合図とともに決闘が始まった。


 同時にルルは魔力を込めて一気に加速する。


「なっ!!?」


 重厚なダンディに対して身軽なルルが、その長所を生かして先手を取った。


 そのまま斬りかかる。


 それを右手だけで受けとめた。


「ぐぬぬぬぬっ!」


 片手ではやはり力が入らないのか、ダンディが明らかに押されている。


 だが「憤ぬっ!」と叫んで、左手を動かした瞬間。


 ルルはとっさに後ろへと距離を取った。


 どうやら左手の義手を警戒しているようだ。


「貴様っ! それほどの腕前、ただの徴税官ではないな!!」


 強盗騎士は最初の一撃だけで相手との力量差を理解したようだ。


「ど、どういうことだ?」

「相手は文官だろ……??」


 手下たちにもどよめきが走った。


「ひゅーひゅー、やっちゃえルル君!」


「ちょっとチンピラキャラが崩壊してるわよ」


「お姉ちゃんはルル君を全力で応援したいんです! だからキャラなんてもうどうでもいいのです!」


この自称姉は推しを全力で応援したいんだから、それまでのキャラ設定なんてどうでもいいと言わんばかりに黄色い声援を送る。


「ルル! がんばれー!」


 まあ私も応援するんだけど。


「おい! この護衛たち女の子だぞ! しかもカワイイ!?」


 あ、バレた。


 まあ別に決闘はすでに始まってるから問題はない。


「なに!?」


 強盗騎士が嵌められたんだと気が付く。


「その赤目に銀髪……そうかお前がイシルメギナの”紅眼”だな」


 ルルの紅目は珍しい。


 そのためいつ頃からか紅眼と呼ばれるようになっていた。


「ってことはその2人は……金髪の方はイシルメギナの氷結姫か!」


「竜殺しの化け物じゃないか!!」


 誰が化け物ですって!


 今の奴、顔を覚えておこう。


「狼狽えるなッ!! すでに決闘は始まっている。騎士道を尊重するならその2人が加勢することはない」


「ん、決闘だからね」


「相手が強者だと判れば全力で相手をしなければ失礼というもの――吾輩の名はダンディ。この鉄腕ですべての敵を打倒した自由騎士である!」


「ん、イシルメギナ執事――バトラー・ルル。本気で来い」


「グワハハッ、いざ参るッ!!」


 騎士の全身から魔力が噴き出した。


 その身を魔力で覆い、一気に駆けだした。


 一合。


 互いの剣がぶつかり合い、金属音が響く。


 続いて。


 二合、三合と打ち合う。


 4合目。


 ルルはその身軽な身のこなしで、あえて避けた。


「ぐぬっ!」


 ダンディの剣が空を切る。


 ルルは空振りした隙をついて攻撃する。


 だがダンディがニヤリと笑ったように見えた。


「甘いわっ!! 鉄腕爆発アイアンエクスプロードッ!!」


 鉄腕の左手首で爆発魔法が発動した。


 彼の左の鉄腕は前腕から手首までと、左手の部分が別々だった。


 手首で炸裂させた爆発魔法は小規模だったが、その爆発によって鋼鉄の拳が飛んだ。



 鋼鉄の拳がルルの顔めがけて一直線に飛んでいく。



「ルルっ!!」


 私は驚いてとっさに叫んだ。



「ん、だいじょぶ」


 ルルは冷静だった。


 最初のつばぜり合いの時から相手の左手に違和感を感じ取り、鉄腕を気にしていた。


 父マティウスとの訓練で、この手の不意打ちを何度も経験していた。


 彼にとって鉄の拳を避けるぐらい造作もなかった。



 今度はルルが、そのまま斬りかかる。



 鋭い衝突音。


 二振りの剣が火花を散らした。


「ならばこれでどうだっ!!」


 ダンディは左腕を掲げた。


 そして筒状の部分に魔力が集中する。


「っ!?」


 ルルが再び後ろへ一足飛びに後退した。


「遅い! 火炎の槍ヒート・ジャベリンッ!」


 炎魔法である火炎の槍ヒート・ジャベリンが腕から放たれる。


 彼は片腕から多彩な魔法を放つことができた。


 つまりあの筒そのものが杖の代わりなのだろう。


 あまりに剣が分厚くそして隻腕だという第一印象から気が付かなかった。


 彼は剣と杖を持った二刀流の騎士だったのだ。


水柱の盾ウォーター・シールド


 ルルは水魔法で壁を作り、攻撃を防いだ。


 火と水がぶつかり合い、蒸気が大量に発生する。



「うわっ!? 何も見えないぞ!!」



 煙によって視界が奪われたが、魔力感知で2人の動きが分かる。


「相手も結構やりますね。お姉ちゃんがもっと応援しないと!」


「いいえ、もう終わったわ」


「え!?」


 驚いたササラが煙の中に目を凝らす。


 煙が晴れるとそこには強盗騎士が立っていた。


 彼だけが立っていた。


「ぬぅ、見事……」


 そういって強盗騎士ダンディは地面に倒れた。


 騎士の後ろにはルルがいた。


 彼は煙で視界を妨げ、すぐに後ろに回り込んだ。


 そして首の後ろに気絶する程度の魔法を打ったのだ。


 

 一進一退の攻防から一転、まさに一瞬のスキをついた勝利である。



 少しの間、村中が何が起こったのかわからなかった。


 しかしすぐに理解する。


「うおおおおお!」


 どっと歓声が上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る