SA 36. 人を隠すなら人の中。

 現在の時刻は午後八時ごろ。三人が進むミラケル通りは夕日が沈んでから間もないこともあり、空はまだ明るく、星は薄っすらと視認できる程度の輝きしかない。空にそびえるオフィスビルのほとんどが光を閉ざし沈黙をするけれど、地上では人通りも車通りも多くかしましい。

 時折すれ違う人と肩がぶつかりそうになるのを避ける。前をずんずんと進んでいくサラも人波を縫うように何度も体を翻している。

 とてもではないが並列しては歩けず、ダンはアンジェラの背後についた。

「これなら目撃者がなくても頷けるな」

 車道からクラクションが短く何度も鳴り響く。道行く人々がちらりと音源を一瞥するが足を止めることなく進んでいく。

「結構込み合ってますしね。なにより、うるさいです」

 アンジェラの声も不特定の会話にもまれ、ダンの耳ではかろうじて聞き取れるほどであった。

 オリヴェイラの証言では、犯人は複数人であったという。道を歩いていたら背後から脅されて、連れて行かれたと。

 ダンは自身の背後を振り返る。人よりも背が高いこともあり、いくつもの頭頂がうごめいている光景が広がり伸びている。誰もが自身の進行方向にばかり気を取られ、あるいは、共に行く人や自身の荷物の安否を気にして他人にはそれ以上の注意をしていない。

 前に向き直れば、サラの猛進に対しても荷物をそらし守る動作以外、彼女を注視する者など皆無。バーでの注目が嘘のようだ。

「……この分だと、昨日の連中みたいなのが紛れても気付かれなさそうだな」

 帽子を一つかぶるだけ、サングラスで目元を隠すだけでさぞや溶け込みやすいだろうし、誰かに囲まれて歩かされているなんて気付かないどころか、誰も考えすら及ばないだろう。

「ですね。特にあのリーダー格の男がいなければ人の波を割くこともできないと思われますし」

「そういえば、昨日の連中の一人に発信機をつけたんだって?」

「はい。昨日の夜から今日の昼までの行動は平凡です。あなたが先ほどまでいたバーで朝近くまで飲み、その後は自宅へ戻っています。同僚に張ってもらいましたが、外出はしてないみたいです」

「そうか」

 彼女の報告にダンは上辺だけ思案をにじませた硬い声で返す。

「そちらの収穫はどうでしたか?」

「何も、知らぬ存ぜぬ」

「でしょうね。では、こちらの分を簡潔に。その前に、氏の秘書について聞きますか?」

 この国ではさして珍しくもない黒い頭頂を見下ろすダンの目は冷徹に等しかった。

「略歴は承知している。制裁云々についてはどうなった? 昼間に二人で病院に行って来たんだろ」

「やっぱりやってたんだよ、あの人!」

 サラが逆流してきた。周囲の鋭い視線が彼女へ突き刺さっているのに物ともしない。態度も動作も強引なのだとダンは内心で呆れ果てる。

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