SA 33. 悪い冗談

 ダンのスマートフォンが着信を告げる。しかし、ワンコールで切れた。

「んじゃ、そろそろ俺は行きますかね。あ、そうそう。ちょっと興味あったんだけどさ」

 部下の青年は立ち上がろうとした腰を再び落ち着け、にやにやと笑った。

 ダンは嫌な予感を察知した。

「結局、浮気メールに関して隊長からなんてきたのよ」

 ダンが汚物を見るような目で部下の青年をねめつける。されど、そんな目にはくじけない部下の青年はテーブルに片腕を乗せ身を乗り出してくる始末。

「捨てないでとか、離れないでとか? それとも、女作るくらいなら暇なのか、とか? あ、これの場合は本気で教えて。仕事増えそうで怖い」

 ダンは煙草を口にくわえたまま、寄ってきた部下の青年の顔を片手で覆うと押し戻し、弾き飛ばす。部下の青年は背後に倒れそうになるも、なんとかバランスを保ち、重心を前方に立て直した。

 彼のつまらなそうな表情を一切無視して、ダンは近くまで来た店員にカラのビールジョッキと、チョコシロップの黒で染まったアイスの残骸を下げてくれるように頼んだ。

 部下の青年が今度こそ立ち上がる。出口とは逆、トイレのある方へ向かおうとする背中にダンは声をかけた。

「さっきみたいなこと、冗談でも俺以外には言うなよ。悪ふざけじゃすまなくなるぞ」

 部下の青年はダンを肩越しに一瞥し、頭をかいた。

「お前の顔を見れば分かるって。悪かったよ」

 口先だけではない謝罪を残し、部下の青年はトイレへと向かった。

 ダンは煙草を深く吸い、細く吐き出す。スマートフォンの画面を確認してみるが、先ほどのワンコール以降サラからの連絡はない。着信時刻と現時刻を照らし合わせ、もう少し時間がかかるかと踏み、店員にカウンター席への移動を願い出る。

 店内は賑わい始めている。くだんのオフィス街の一角にあるバーだ、時刻も丁度良いころ合いなのだろう。ひっきりなしに人が入ってくる。しばらくもすれば出入りが激しくなり、誰が入って誰が出ていったなど気にすることもできなくなるだろう。

 ダンはカウンター席に食べかけのピザの皿とビールジョッキを持って移動した。

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