SA 30. 来歴

 カール・サントスは貧民街の出であった。物心がついた頃には小さな汚い家屋にひとりでいた。運がよかったのは近隣の住人が気まぐれに育ててくれたことだった。

 しかし、彼が十歳になったころ、流行り病が貧民街を襲った。何も貧民街に限った話ではなく、世界中で流行っていたものらしい。

 それは世界でも発症例のない病気とされ、当時は病院での対症療法しか手がなかった。パンク寸前であった病院に、貧民街の金もなければ不衛生な存在が立ち入る隙などなかった。しかれば、その結果は火を見るよりも明らか。

 彼の周りでは次々と死体が山をなした。季節は冬であったのだが気温が高い地域柄、死体は腐り、酷い臭いが街を覆い、虫が飛び交い、けれど誰も処理をしなかった。処理をできるだけの気力と体力が残っている者など数えるほどもいなく、みなみな内に抱える病を援護も兵糧もない中、安静という武器ただ一つで戦うことに精一杯だったのだ。

 一般人の間で流行り病が収束してから少しして、貧民街の方でもようやく落ち着きを見せた。その頃には彼の周りにはほとんど人が残っていなかった。

 知り合いが住んでいた空き家にはすぐに知らない人が入り、周りは流行り病前の様相を呈したが、彼の周りからは知人は消えた。

 彼は、ひとりだったのだ。

「――そして彼は貧民街から姿を消しましたとさ」

「大事な部分が抜けていないか?」

 ダンの吹かした紫煙が天井で回るファンに巻き取られる。遅れて伸びたもう一本もファンに巻かれて天井に散らされた。

「昨日の今日だぜ。この情報だってたまたま出くわしたものなんだしよお」

 ダンの部下である青年は嘆息してビールを煽る。

 時計は宵の口の時刻を差してはいるが、バーの窓から見える外はまだまだ明るい。それでも賑わう店内はどこかちぐはぐで、どことなく不可思議な空間を感じさせた。

「無理を言って悪かったよ」

 ダンは、まあ喰えとばかりにピザの皿を部下へと押しやる。部下の青年はタバコの火を消すと片眉を上げ、近くを通った店員を呼び止めアイスを注文し、それからピザに手を付けた。

「仕事だから気にしてないけどさあ。……んでだ、うちの隊長が気にしてた奴のことなんだけど」

 部下の青年がピザのチーズを伸ばして、はしたなく口を開いてチーズの端を追いかけ、舌先でそれを捉えるや一切れを一気に口に突っ込んだ。続きを話しそうな終わり方をしたくせに、なかなか間を引っ張る。

 すごく丁寧に咀嚼をする彼を、ダンは煙草を灰皿に押し付けとりあえずビールを飲んで待った。

「どうにも来歴に難ありだ」

 ダンが怪訝に眉をひそめる。

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