SA 19. 誰よ、あの女。

「……ところでヒューストンはどこに行ったんだろ?」

 アンジェラが大袈裟に辺りを見回す。

 サラはひょいと肩を上げた。

「その辺の人に紛れてるんじゃないの——、あっ」

「いた?」

 アンジェラにならい周囲を伺ったサラは一点で目を留めた。綺麗な瞳に違う意味の影が落ち、彼女の心情を反映するがごとく唇が尖っていく。頬がぷくりと膨らむ。

 アンジェラは小首を傾げてサラの視線の先を確かめ、サラと同じく小さく声を漏らした。

「…………誰よ、あの女たち」

 これでもかと腹に力を込め、喉に空気を擦りつけたような声が、小奇麗な顔から発せられた。

 二人の視線の先にいるダンは朗らかな笑顔で、どこからどう見ても体格のいい柔和な好青年といった雰囲気で、見知らぬ大人の女性と話しているではないか。女性たちの方も満更でもないと、話しかけてくれありがとうとでも言いたそうな顔で応対しているのである。何よりも問題は女性が複数人であることだ。二人だろうと一対二なのだから複数だ、あってはならない蛮行である。

「お兄ちゃんを取られて寂しいのかな?」

 歯ぎしりも始めそうなサラの頭をアンジェラがぽんぽんと叩いて宥める。それでもサラの威嚇は止まらない。

「違うもん」

 アンジェラは苦笑して彼女の頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。

「まあ、落ち着こうじゃないの、友よ。アレは野次馬の誰かかもしれない」

「根拠」

「さっきわたしたちに声をかけてくれた人かな」

「理由」

「わたしたちに何かしら声をかけたってことは、彼女たちがわたしたちに何かを伝えられるだけの情報があるから、と受け取った可能性」

 サラが唸る。スマホを取り出し、ダンたちにカメラレンズを向けて一枚、静かに証拠を写す。

 ちょうどダンたちが二人に背を向けて歩き出した。彼らに歩調を合わせてサラが追いかける。アンジェラは声を殺してサラに続く。

「ねえねえ、さっきの写真はどうするの? ヒューストンに突きつけて「どこの女よ!」とかやる気?」

 面白がるアンジェラに、サラはふふんと鼻を鳴らし、ダンに視線を据え、深い笑みを口にたたえた。

「そんなんじゃ生ぬるい。隊長に送り付けてやる」

「え? 隊長? なんでそこで隊長? まさかナンパは規則違反?」

「隊長からの返信に怯えればいいんだ」

「だからなんでそうなるんだってば! えっ、まさか、ヒューストンと付き合ってるとか!?」

「違うし! は斜め上の返信をしてくるから、ダンの反応を見てわたしが面白がりたいだけ!」

「えー、でもさ、その写真を送っての返信に怯えるって、ヒューストンにその気がないとそうそうないんじゃないのー?」

 アンジェラはなかなか少女趣味なのか。サラはむくれて彼女を睨んだ。

「そんなことない! 絶対ない! がわたしを裏切るはずないもん!」

「分からないよー、みんなに隠れて……、なんてあったりして。例えばさ、からヒューストンへのメールの返信は他の人より早かったりする?」

「……早いけどー……」

 サラは視線を横の車道に流してぶすくれる。

「隠れて電話してるとかは?」

「……あるけどー、でもでも、そんなに多くないよ!」

 がばりとアンジェラに顔を戻して声を大にする。しかれども、アンジェラは探偵のように親指と人差し指で顎を挟み、いたずらっ子のように笑う。

「電話は回数よりも一回一回の長さが大事なんだよね。何より隠れてやり取りしてるってことは、ヒューストンはとの会話をサラに聞かせたくないってこの証左じゃなーい?」

 アンジェラがすごく楽しそうにたたみかける。サラはじりじりと追い詰められたように肩をすぼめ、アンジェラを見上げる。

「でも隊長は!」

「はいはい、そのワードは大声で叫ばない。変に思われちゃうから。これ、鉄則。お話の続きはカフェでね」

 ダンたちがカフェに入っていく。アンジェラは唸るサラの肩を叩き、

「お兄ちゃん離れする機会かもね」

笑ってサラを追い越していった。

 そんな彼女の背中にサラは、

「そうだね」

と、なんとも抑揚のない声で答えたのだった。

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