SA 9. 交渉開始

4


 病室にあるテーブルセットで、ダンとオリヴェイラは向かい合うかたちで落ち着いた。テーブルの上にはボイスレコーダー代わりのスマホが一つ。

「それでお話というのは、我々に依頼があるという認識でいいのでしょうか?」

 サラはベッド横の椅子から二人の様子を観察していた。

 組織を介さない依頼はめったにないが、もし発生した場合、話を聞くのはダンの担当となっている。サラが請け負ってしまうと、たいてい初手で舐められる。言ってしまえば、サラには威厳がなかったのだ。

 オリヴェイラは交渉相手がダンであることに不満もなく、彼の問いに大きく頷く。そして、内容を口にしようとして動作が止まる。開いた唇を閉じ、スマホをちらりと見遣ると、目線を上に泳がせ、何かを思案しているよう。

 どう伝えていいものか悩んでいるのだろうか。あからさまに「非合法で私の願い叶えてください」とはボイスレコーダーの手前、言いづらいという心理に駆られたのかもしれない。

「ボイスレコーダーは言質と報告のために取っているだけです。それ以外には使いませんので、よろしくお願いします」

 ダンがそう促すも、オリヴェイラはもごもごと呻くだけで聞き取れる言葉を発しない。

 言い淀むくらいなら熟考してから動いて欲しいものだ。

 サラが口を曲げた。

「小心者」

 サラの小さな愚痴にルカが乗ってくる。

「良い子ちゃん」

「考えなし」

「真面目くん」

「甘えた」

「常識人」

 その声が小さいものであるのは二人の精一杯な配慮ではあったのだろうが、いかんせん、病室は広く、そして何よりも二人以外に話している人物がいない。そうなれば、帰結する先など言わずもがな。

 ダンは呆れ眼で二人を見遣り、当人は顔を真赤にして歯を食いしばっている様子である。

 二人はオリヴェイラの様子を知ってか知らずか、未だにぽんぽんと軽快に単語を連ね、徐々に言いよどみ、最後に揃って手を打った。

「お坊ちゃん!」

「黙らせろ! ——っ」

 オリヴェイラがテーブルを手で打ち、二人を指差し、ダンに抗議した。そして自分の大声が体に響きソファーの上でうずくまる。

 彼の大声でドア前に待機しているであろうカールが叫びながらドアを開けようとし、それを見張りの男が食い止めているのだろう。実に騒がしい。

 ダンは溜め息を禁じ得なかった。

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