第009話 深淵

 僕は朱里あかりさんの発言を冗談として流そうとしたが駄目なようだ。

 だとすれば…だとすれば聞いておかなければならないことがある。


「僕の搭乗する機体ってスーパーロボット系ですか?

 それともリアルロボット系?」


「君がなにを言っているのか私にはさっぱりなのだけれど?」


 不覚。

 ロボットヲタクではない人間にスーパーロボットとリアルロボットの分類は難しかった。

 全長100mのバルディオスのピンチに4mのスコープドックが助けに現れても興ざめだ。

 だがキリコならなんとかしてくれるだろう。

 しかしヘタレの僕には無理だ。

 最低でも全長1000m超のスーパーロボット系機体を所望する!

 …いかん、子供の頃からの夢『スーパーロボット大戦に参戦する』を目の前にぶら下げられてトリップしてしまった。

 本当にしなければならない質問はこっちだった。


「朱里さんって『スメラギ』の人間ですよね?」


 疑惑というよりは確信。

 ここまで僕の人生は普通すぎるくらい普通だった。

 それが明らかに壊れかけている。

 そのすべてにスメラギという単語が登場している。


「君はスメラギについてどこまで知っているのかしら?」


「外資の会社ですよね」


 無難な答えを返しておく。

 世界を影から支配しているなんていうオカルトはあえて避けた。


「スメラギは軍産複合体『審判者ジャッジメント』の中心企業よ」


 軍産複合体とは軍事組織と軍需産業を中心とした産業が結び付いた体制を差す言葉だ。

 つまり俗に言う『死の商人』。


「そして世界は審判者によって管理されているわ」


 僕は朱里さんに『冗談でしょ?』と言おうとしたがその言葉を飲み込んだ。

 その表情が冗談を言っているようには見えなかったからだ。

 更に朱里さんは言葉を紡ぐ。


「審判者は6柱の姫神様とそれに連なる企業によって構成されているの。

 世界は6柱の姫神様の意思によって運営されているわ」


 まるでオカルトだ。

 実にくだらないと一蹴すべきだが僕はオカルト大好き人間である。

 ここは朱里さんの話に乗っかって質問してみた。


「どんな大企業の女社長だとしても『姫神』っていうのは過剰表現だね。

 それに『柱』って単位は神様を数えるものでしょう?」


 最近では『すごいこと』を神というスラングもあるが僕は好きじゃない。

 神は出会わない存在であるからこそ神であってそこいらじゅうにいたら有難味がなくなるからだ。

 大ヒットしたアニメでは偉大な剣士を『柱』と呼んでいた。

 ちなみにとんでもない剣士を柱と呼ぶのは大賛成。

 だがちらしの裏ほども価値のない物事を紙ならぬ神と騒ぐ若者はいかがなものかと言いたい。

 子供代表として。


「最近ではIT企業の売上が小国の国家予算を超えるのは当たり前じゃない。

 そこいらの王族よりよっぽど姫と呼ばれるにふさわしいわ」


「確かに巨大IT企業がとんでもない金を持っているのは事実でしょう。

 でもどんなに大きくても姫や神を名乗るのはやりすぎです」


 どんなに大きくなっても所詮企業は国家に勝つことはないだろう。

 少なくともアメリカという巨大国家の前にひれ伏さない存在はない。

 アメリカの自分に都合のいい正義の前に多くの国・企業・組織が潰されてきた。

 だがそう考えているのが目の前の朱里さんには丸わかりだったと理解させられる。


「お金があればなんでもできるのがみんな大好き民主主義なの。

 姫でも神でも名乗るのは自由。

 お札でほっぺを叩いてコキ使っている立場なんだからむしろそう名乗るべきよ」


 やばい、この女いかれてやがる!


「言っておくけれど今代のアメリカ大統領はすでにスメラギの下僕よ。

 札束でぶん殴ったら速攻日本に連絡を入れてくれたわ」


「…どういうことですか?」


「話を聞く姿勢だけ見せて相手の意見をまったく受け入れる能力のないトップなんて害悪。

 こっちの時間を浪費するだけだから最低」


 あー、アレですね。


「おかげで計画が間に合わないかとヒヤヒヤだったわ」


 朱里さんが肩をすくめる。

 確かになにもしないのに支持率が高いのを疑問に思う人は多い。

 でもそれ以上にやらせて悪夢だった野党よりマシって考えている日本人が多いだけの話だ。

 まあ選挙権のない僕の意見なんて無意味だけど。


「朱里さんの話が事実ならスメラギはとんでもない金をぶっこんでなにをしようとしているんですか?」


 僕はこの異常な状況の核心を質問する。

 

「審判者にとってお金なんて腐るほどあるの。

 だって世界中の総資産以上のお金を持っているんだから」


「な、なんだってー!?」


 古い表現かもしれないが朱里さんのオカルト話にはこの返ししかないだろうと選択した。

 そして僕は死ぬまでに言ってみたいセリフをまた一つ回収した。


「審判者がこの箱庭の管理者だって知らない愚かな人間が多くて本当に疲れるわ。

 降臨してこの世界を再構成していただけるとありがたいのだけれど」


 さすがに朝っぱらからオカルト話で盛り上がるのはどうかと思いながらも話に付き合う。

 空気を読める大人になる努力をしてみる。

 朱里さんの話を総合するとスメラギは軍産複合体でありその資金力でアメリカをも操っている。

 これって『ディープステート』ってやつか?

 でもなんとなく僕の理解にしっくりこない。

 ならばここはガンダム脳で考える。

 だとすれば『ロゴス』に該当するはずだ。

 うん、ガンダムさえあれば理解できないことにぶち当たっても置き換えが簡単だ。

 ということはスメラギの目標はコーディネイターの排除?

 そもそもまだコーディネイターなんて遺伝子操作されて誕生した人間はいない。

 どちらかというとスーパーロボットつながりで考えると秘密結社『ゼーレ』のほうがしっくりくるような気がする。

 だとすると『計画』は例のアレだ。


「審判者によって人類を補完する計画が実行されるわけですね」


 空気を読んでのノリ発言。

 だが僕のこの発言で朱里さんの笑顔は消え、瞳から光彩が失われた。


「はぁ?…アンタなに言ってんの」


 目の前に朱里さんの顔があった。

 息がかかる超至近距離。

 僕より少しだけ低い身長の朱里さんの目が僕を見つめている。

 光彩のない瞳が深い闇を連想させた。

 深淵。

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

 そんな中二病心をくすぐるセリフが脳裏に浮かんだ。

 だが本物の闇は平々凡々の人生を歩んできた陰キャの僕には恐怖でしかない。


「大部分の人間は駆逐すべき存在よ。

 そんなこともわからない君には再教育が必要ね」


 吸い込まれるような瞳から目が離せない僕にはその言葉が脳内に直接響いたように聞こえた。


「じゃ、じゃあ審判者の目的はなんですか?」


「新たな神の誕生」


 朱里さんのまったくブレない答え。

 いつもの僕であれば茶化すべき場面だと思う。

 だがどうしてもそれができない。

 なぜなら目の前の人間が本気で言っていると本能が理解したからだ。

 背中のべっとりとした嫌な汗が流れた。

 この女は本物の狂信者だ。

 深淵の瞳から目を離せないでいたがふいに距離が開く。


「冗談」


 朱里さんがニコリと笑っていた。

 テンパっていた僕は朱里さんが自ら一歩下がったのだと遅れて気づく。


「オカルト好きな君に話を合わせてあげたの。

 クスクス…そんなに焦って超ウケるんですけど」


 笑顔の朱里さんにむしろ恐怖した。

 朱里さんの正体がシュリーさんだったと仮定して僕がオカルト好きだったと話した記憶はなかったはずだ。

 僕はネトゲで知り合ったフレに対していくつか注意していたことがある。

 最も注意した点は身バレ。

 その次がハラスメントだ。

 モニターを通じてテキストで会話するだけだったがそこでぽろりと本性を現してしまうことは多い。

 下ネタはハラスメント行為に該当し、通報される場合を当然認知している。

 それ以外にも自分の趣味を相手に猛プッシュする場合もハラスメント認定されることがある。

 ハラスメントとは相手がハラスメントだと主張すれば認定されるからだ。

 運営に通報されれば牢獄行き(一定期間のプレイ権停止)、垢BANもありうる。

 そして場合によってはその発言から趣味が断定され、最悪本人が特定される。

 個人情報がネットに晒されることさえある。

 だから発言に関しては個性が出ないように注意して話題を散らしていた。

 アベンドさんの件で踏み込んだ会話をしたがそれが例外中の例外だったはず。


「…もしかしてチューされると勘違いした?」


「冗談はやめてくださいよ」


「でもみんなはそう思ってないみたい」


 朱里さんが指を差す。

 その先には僕らをガン見している全校生徒がいた。

 始業前で注目されていたのを思い出す。


「行きましょう!」


 僕は速足で歩きだした。


「チューしたら赤ちゃんできたかもね」


 朱里さんはそんな僕の横を歩きながら悪戯っぽく覗き込む。


「その程度で赤ちゃんはできません」


 体育の実技は赤点スレスレな僕だが保健のテストは高成績だ。

 保険で実技が実装されれば満点をとる自信もある。

 おしべとめしべが接合して…ごにょごにょ


「…人間同士ならそうね」


 僕の横を歩く朱里さんが小さく呟いた言葉。

 僕は上手く聞き取れなかったのだろうと思ったが聞き返すことをしなかった。

 なぜなら一刻も早くこの場を立ち去りたかったからだった。



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