第008話 人型決戦兵器
1年Z組があるという新校舎は2面あるグラウンドの奥にある。
そしてそこに移動するには教室のある棟を横切らなくてはならない。
HR直前のこの時間は多くの生徒が自分の教室にいる。
そんな時間になぜか校舎外を歩く二人の生徒。
全校生徒から注目を浴びる一人が陰キャである僕。
胃が…胃が痛いデス。
「あのー
僕の先を歩いていた朱里様に質問する。
「あら、同級生なのだから呼び捨てでいいのよ」
朱里様が立ち止まり振り返って笑顔で答える。
一気にここを抜けたいから立ち止まらないで欲しい。
全校生徒からの視線の弾幕が直撃するから!
「朱里さーん!!
ついでにレージ!」
1階の教室の窓を開けてジンが叫びながら手を振ってきた。
その声につられてジンのクラスメイトの視線も飛んでくる。
やめて、本当にやめて!!
僕の平穏な陰キャ高校生活が入学式前から崩壊するから。
朱里はジンに笑顔で小さく手を振る。
視線に耐えられなくなった僕は話を戻した。
「いや、さすがに親子ほど年の離れた相手を呼び捨てにはできませんよ」
目上に対する礼儀にうるさい母さんに知られたら正座1時間確定だ。
「私そこまで年をとってないわよ」
朱里は少しだけむっとした。
「でも30代ですよね?」
「ぶぶー。
よく言われるけどまだぎり20代ですー」
ここが会社だったら美人秘書といったキャラであり年齢だ。
だがここは高校である。
西高の冬服はブレザーなのでギリそう見えなくもない。
だがセーラームーンと揶揄される夏の青空のような夏服を着ると違和感が半端ないだろう。
いつまでも卒業しない制服アイドルグループのような感じ?
年齢に合わせた服装って大事だと実感させられる。
2〇歳の女子高生なんてのは僧侶枠だけの幻想だよ。
「似合ってないかしら?」
僕の考えが読まれたようだ。
いや、本人も自覚しているのかもしれない。
「正直に言うとそうですね。
高校生じゃなくてOLの制服なら朱里さんの魅力を120%引き出せると思います」
目の前の女性の呼び方は『朱里さん』が適当だろう。
「残念だわ。
私はこんな制服を着て学校に通う生活に憧れていたの。
だから似合ってないって言われてへこむわ」
朱里さんの言葉から彼女の事情を考察する。
学校に通っていないといえば真っ先に不登校という単語が頭に浮かぶ。
だが朱里さんのフレンドリーな態度からはその可能性は低いと思った。
だとすれば学生時代は制服のない私腹通学の学校だったのではと推測した。
都市部にはそういった自主性を尊重する私立の学校もあるらしい。
なんとなくこれが正解のような気がした。
「ねぇ、私が以前君に質問したことを覚えているかな?」
僕は朱里さんと面識はない。
だから『以前』という言葉に疑問しかない。
だけど小さく頷いて質問を促す。
「学ぶ機会を得たのにどうして学校に行くのが苦痛なの?」
朱里さんの質問の意味がよくわからなかった。
意味というよりは意図か?
だがこの質問を以前どこかで聞いた記憶がある。
「君はいつも『学校に行きたくない』とか『毎日日曜日だといいのに』とか私に言っていたでしょ。
私はそれが理解できなかったの」
くどいようだが僕は目の前の朱里さんと面識はない。
そして僕が自分の本心を公にする相手は数えるほどしかいない。
同級生ではジンくらいだ。
一緒にネトゲ『光の戦記』をしたTueeda(ツエーダ)は同級生ではあるが心を許せる相手じゃなかった。
正直僕は友達が少ない。
その代わりに友達になれば深く付き合うし心も許す。
だから朱里さんが言ったような愚痴を聞かせた人間は数えるほどしかいない。
「君は『私もそうだったでしょ?』って答えたよね?
あのとき私は『よくわからない』って返したわ」
その会話を僕は覚えている。
そしてそれをした相手も。
だけど直接に交わした会話じゃない。
モニター越しのテキストでの会話だ。
ざわっとした感覚が背中を走った。
朱里さんは自身が何者であるか理解した僕に微笑みを向けている。
ネトゲでフレになったAbend(アベンド)さんと僕は初心者だけのギルドを立ち上げた。
ギルドとは簡単にいうとフレの集合体だ。
稼働から10年の『光の戦記』ではすでに古参プレイヤーによってギルドの面子は固定化している。
新規プレイヤーの僕はその中に加われなかった。
いくつかのギルドに体験入団したが結局は退団した。
新規プレイヤーの支援をうたいながら実際はほとんどフォローしないギルドばかりだった。
これに関してはネットで調べた結果『運』要素が強いという結論。
稼働時からプレイしていれば10年にもなる。
始めたときは学生でも10年後はほぼ社会人だ。
面倒見のいいプレイヤーでも会社や家庭の事情でインできないことが発生する。
それが続くと新規に対するフォローもおざなりになる。
そんなギルドに定住できなかった新規が新たにギルドを立ち上げるのはよくある。
だがそのほとんどは失敗に終わる。
そして新規がゲームをやめていくことで総プレイヤー数が増えないという悪循環がネトゲで発生するのだ。
2人で立ち上げたギルドはしばらくの間メンバーは僕とアベンドさんだけだった。
だがアベンドさんの知り合いが加わったことでギルドは急成長した。
最終的にはギルドだけで8人PTx3の24人レイドに参加可能な大きさとなった。
ギルドの参謀役となった彼の名はSully(シュリー)さん。
シュリーさんは女性キャラを使う中年リーマンだ。
ネトゲをしない人は男性プレイヤーが女性キャラを使うとネカマだと考える人も多い。
だけど昨今のネトゲはある意味『着せ替え』を楽しむゲームでもある。
同性キャラをかっこよくするよりは女性キャラを可愛くして愛でる男性プレイヤーも多い。
ネトゲでは素性を聞くのはマナー違反というのが一般的なので性別は直接聞いていない。
だが親しくなれば相手の事情を聞くことも発生する。
シュリーさんは部下の失敗を愚痴ることが数回あったので僕は30代の中間管理職だろうと想像していた。
ギルメン集めの手腕や調整など明らかに優秀な社会人のそれであったからだ。
そんなシュリーさんを僕は社会の先輩として尊敬している。
そしてアベンドさんの件などいくつかの相談をしていた。
「ま、…まさか、シュリーさんなんですか?」
僕の質問に朱里さんは意味深な微笑みを維持する。
そこで僕はシュリーさんのキャラを思い出した。
黒髪で目の前の朱里さんとそっくりな造形。
わざわざ課金アイテムであるJK制服を愛用していた。
まるでリアルにシュリーさんが現れたような錯覚を覚えた。
そもそも朱里という漢字を読み替えると『シュリ』という安直なネーミング。
すぐに気づかなかったのは僕がシュリーさんを制服好きな中年リーマンだと思い込んでいたせいだ。
そう、思い込みがミスリードを誘発する。
「学ぶ機会を得たなら一生懸命学びなさい。
これは大人としてのアドバイス」
朱里さんは自分がシュリーさんであるか肯定も否定もしない。
「そして君を預けてもらう代わりにお母様とした約束が『零士君に皆勤賞をとらせる』こと」
続いての爆弾投下で僕の頭が真っ白になる。
つまり両親不在の間朱里さんが僕の面倒を見るということだ。
ネトゲのフレでしかない朱里さんがなぜ僕の面倒を見るのかワケワカメ。
「そのために我々は全力でミッション成功に尽力するわ」
色々聞きたいことはある。
だが脳が処理を拒んでいる。
こういうとき僕は理解可能な部分から優先的に処理していくようにしている。
そして確実に言えるこのことについて言及した。
「皆勤賞っていうのは学校に欠席どころか遅刻も早退もしないでもらえる賞ですよね。
僕は朝が極端に弱いから不可能です」
母さんが朝に職場から携帯で連絡を入れてくれるのでなんとか遅刻だけは逃れている。
だが眠気がMAXに達すると超必殺技『具合が悪いので保健室に行かせてください』が炸裂する。
当然授業は欠席扱いだ。
昔と違って『気合でなんとかしろ』などという教師はいない。
なぜなら本当に具合が悪かった場合に管理責任を問われる可能性があるからだ。
この超必殺技を数回ブッパすれば相手は授業中寝ていてもスルーするようになる。
高校でもこの超必殺技で睡眠ゲージを回復させる予定である。
「あ、お隣に住んでいる可愛い幼なじみが毎朝お越しにきてくれるなら可能かもしれませんね」
勿論僕にはそんな幼なじみなどいない。
というか可愛い幼なじみなどという生き物はリアルでは実在しない。
想像上の生き物UMA・幻獣分類なのはヲタクなら常識。
こう言ったのは朱里さんにはやられっぱなしだったので少しはやり返したかっただけの話だ。
「なるほど…考えておくわ」
僕の冗談に朱里さんが真面目に考え込む。
実際にそんな幻獣が準備されたらえっちでいやーんな行為をしてしまう自信がある。
だって僕は健全な高校生男子だもの。
「皆勤賞に比べればお父様の御希望のほうが簡単そうね」
考え込む朱里さんがぽつりと呟く。
「ちなみに父さんはどんな希望を出したんですか?」
なぜかとんでもなくやばそうな希望を出しているような気がするので質問してみる。
「お父様の希望は『息子を人型決戦兵器に乗せるような父親になりたい』よ」
「ちょ!?僕になにをさせる気なの??」
父さんは昔からとんでもないことを言い出す。
たちが悪いことにそのほとんどを実行してしまう行動力も持ち合わせている。
「カリフォルニアで封印されていた試作機を改修中よ。
今後の世界情勢次第で投入場所が決定されるわ。
第一候補は中東の…」
「はは、朱里さんの冗談は夢があるよね」
僕は朱里さんの発言を子供の夢のような感じで生温かく流す。
「我々の科学力を疑っているのかしら?」
だが朱里さんは僕の発言に不快感を露にする。
「…え、嘘ですよね?」
陰キャモブキャラとしての高校生活を切望しているのに僕の希望は完全にスルーされている気がする。
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