第006話 昇降口

「ジンと一緒のクラスだと安心するんだけどなぁ」


 自転車を置いてきたジンと合流し昇降口に入る。

 何ヶ所かクラス分けが書かれた紙が貼られているがそこで新入生が自分のクラスを確認していた。


「こればっかりはな」


 ジンの言葉に頷く。

 ちなみに西高は男女比2:8という女子高一歩手前の学校だ。

 だが県立高校であるため共学である以上女子だけのクラスはない。

 だから男子約10人に対し残りは女子というリアル『監獄学園』のような状況だ。

 肩身の狭い男子は更衣室に着替えに向かい、女子が教室で着替える…らしい。

 父さんの時代は校内暴力全盛期だったこともありただでさえ少ない男子が退学で学校を去っていった。

 卒業時には圧倒的な女子の数の力に屈して男子は小さくなって卒業していく。

 ちなみに父さんのクラスの女子の委員長が母さんだった。

 高校時代のヒエラルキーが我が日向ひゅうが家にも受け継がれている。


「あれ?…僕の名前がない??」


 ざっと流して見ただけだが僕の名前がなかった。

 再度冷静に確認する。

 だがA~Eまでの5クラス約200人のなかに僕の名前がない。

 ジンの名前はDクラスにあった。


「…確かにねーな。

 入学案内のハガキは持ってきたか?」


「勿論」


「なら問題ねーだろ」


 ハガキには初日の簡単なスケジュールが書かれていた。

 まずこのハガキを持って昇降口で上履きを購入する。

 事前に上履きや体操着のサイズを書いた返信ハガキを学校側に送っていた。

 だから間違いなく高校には合格している。

 小学校の先生をしている母さんの話だとクラスの人員は直前まで調整していることが多いらしい。

 だからいまだに当日に発表という流れになるそうだ。

 ネット時代なのだからそれを活用すればいいという人間も多いがそうもいかない事情もある。

 まず高校生にスマホは早いと考える父兄が一定数いる。

 そして父兄自体がスマホどころかネット環境に接続できないなんて場合もある。

 経済的な場合もあるが面倒を見ている父兄が両親ではなく祖父母というパターンがある。

 祖父母にはネットとは無縁の生活をしている人がそれなりにいるのだ。

 だから学校は直前の発表だったり紙媒体で張り出すなんてアナログをしているとか。

 僕自身はゲーマーを自称しているけど時間さえあればスマホをいじっているなんて感じじゃない。

 だからいちいちスマホで確認とかしたくない。

 それどころか携帯を携帯したくない派。

 ジンも同様でそういったところを互いに気に入っている。


「見られて…いる?」


 昇降口の雑踏の中で誰かが僕を見ていることに気づく。

 小・中と学校では陰キャに徹していた僕は他人の視線に敏感だ。

 そう、陰キャで一番大事なのはヘイト管理。

 ヘイトを貯めないように被弾しないように動くのが重要。


「…ジン?」


 僕は雑踏の中から視線の人物を探そうと動いた。

 その最中に隣にいたジンがある人物をじっと見ていることに気づく。

 その人物が笑顔で僕らにゆっくりと近寄ってくる。

 明らかな違和感に僕は息を飲んだ。


「すげー美人だ」


「いや、ツッコむところでしょ!?」


 明らかにすごい美人だ。

 芸能人顔負けの美人で歩き方が上品でモデルのようだ。

 着ている者がドレスだったらスーパーモデルといわれても納得だ。

 だが着ているのは西高の制服。

 そして悲しいことに年齢は多分30歳前後。

 西港の冬服は紺一色のブレザーなので会社の制服に見えなくもない。

 オフィス街で見たのであれば違和感は少なかっただろう。

 だがこの女性以外の制服を着た人はすべてリアルJKだ。

 そう、正直に言ってAV女優感が半端ないのである。

 それが西高のイメージカラーである水色のリボンをしているからよけい哀愁漂うのだった。

 僕のこの女性に対する第一印象は『残念美人』だ。


「おはよう。

 昨日は遅くまでゲームしていなかったようね。

 眠そうじゃないもの」


 女性は僕に知り合いのように話かけてきた。

 だが当然僕の記憶にこの女性はない。


「レージ、知り合いか?」


 僕はジンの質問に首を振って否定した。


「あら、悲しいわね。

 何度も熱い夜を一緒に過ごした仲じゃない」


 謎の女が悪戯っぽく笑う。

 だが間違いなく僕はこの女と会ったことはない。


「私の名前はアカリ。

 日本風に言えば朱色の『あか』に隠れ里の『里』。

 これで思い出せたかしら?」


「…全然」


 朱里あかりという女は小さく肩をすくめた。


「ひどいわ。

 君のほうから友達になりましょうって言ったのに」


「リアルで僕が最も言わないセリフだね」


 コミュ症気味の僕にとって友達ってのはそんな軽くない。

 知り合って言葉を交わしながら少しずつ仲良くなっていくのが友達だ。

 漫画・アニメでは初対面で『友達になろう!』と言いながら握手をするなんて展開が多い。

 だけど僕はこの展開が好きじゃない。

 友達というのはお互いを理解し合えて初めてなれるものと僕は考えている。

 始めるではなくいつの間にかなっているのが本当の友達だと思う。

 そう考えているから僕は友達が少ないし、だからこそ友達になったら大切にしてきた。


「レージ、邪魔するぜ」


 僕と謎の女の間にジンが体を割り込ませる。

 これまで何度も見た僕をかばう姿勢に安堵した。

 ジンは何度となくこうやって僕を危険から守ってくれた。

 …だが、このあとの行動は僕の信頼をあっさりと裏切るものだった。


「一目惚れです。

 結婚を前提にお付き合いしてください」


「いや、絶対ストライクゾーンだと思ったけどさ!」


 数多の同級生からの告白をすべて断ってきたジンは今時珍しい硬派な男と周囲には見られていた。

 だが実際は単にストライクゾーンが高いだけの話。

 そして基本ジンは猪突猛進。

 難しいことはぶっ殺してから考えるがジンのモットーだ。


「初対面でいきなりお付き合いとか言われてもねぇ」


 ジンは頭を直角に曲げ右手をこれでもかと前に伸ばしている。

 ちょっとジン、込み合っている昇降口で告白とかヤメレ。

 視線が痛いから。


「まずはお互いを知ることから始めましょう。

 私の手足となって働いてね。

 働き次第で御褒美を考えてあげる」


 極上の笑顔で女はジンの手をとった。

 この女、絶対ドSだ。


「よろしくお願いします!」


 …え、いいの?

 この女はジンをファンネル、いやパシリとして使う気満々だよ??


「「「おめでとう!」」」


 告白が成功したと思い込んだ周囲から拍手とお祝いの言葉が飛んでくる。

 昇降口でも人の少なかった場所での一連の行動はその全容を理解している人間は少なかった。

 多分謎の女の返事は聞こえていなかったはずだ。

 だからジンが告白をしてそれを気持ちよく受けたように見えただけだったと思う。

 僕だけがこの女の本性を理解していた。

 南都最強の中学生、多分この西高最強の男を一瞬にして下僕にしたこの女はヤバイ。

 周囲からの温かい拍手に包まれながら僕は背中に嫌な汗をかいたのだった。



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