第005話 チェイサー!!
僕にとって西高を選択したのは間違いだったかもしれないと後悔させられる坂道をなんとか上りきった。
坂の下から見えていた校舎が目の前にある。
だが入試のときに訪れた光景とは異なっていることに驚いた。
「補修工事が入ってる」
校舎全体に足場が組まれて大規模な補修工事が入っていた。
父さんの卒業アルバムで見たときは綺麗な建物だった。
だが入試のとき創立50年を迎えようとしていた校舎を目の当たりにしてひどくがっかりした記憶がある。
まあ創立一桁の卒業生の時代と比べるのは可哀想だ。
歴史のある味な建物と考えれば許容可能だしね。
「ああ、急遽補修が入ることが決まったらしい。
市内どころか県外からも人を特急料金で集めたって話だ。
俺の親父も誘われたけど残念ながら先約があったから断ったけどな」
ジンの父親は建設関係だ。
だから僕の知らない業界の情報を持っているようだ。
職人の世界は義理が大切だから断ったがもっと早ければ確実に加わりたかった美味しい仕事だったとジンは悔しそうに言った。
「新校舎の建設には加われなかったからな」
「…は?
新校舎が建設されるなんて情報知らないよ」
都市部の学校ではないから建設用地の確保は問題ないだろう。
実際学校の後ろは防砂林で数㎞歩けば海があるような田舎だ。
でも新校舎の話が事実なら今の校舎に大規模な補修が入る必要はないはずだ。
「事実らしいぞ。
しかもシェルターが完備される」
「シェルターって核シェルターだよね?」
ジンがうなずく。
「さすがに核シェルターありの建物なんて普通の大工には無理だ」
昨今の世界情勢では第二次世界大戦後最も核戦争が危惧される状態だという専門家も多い。
だが良くも悪くも平和ボケした日本ではコスト面の問題を含めて設置を普及させようという流れにはなっていない。
ロシアが向けている核ミサイルの着弾地とその影響範囲という地図をネットでみたことがある。
ほぼ日本全土が放射能の影響下になるその地図で唯一被害を逃れる地域がある。
それが僕の地元だ。
東京人から『陸の孤島』とか『死の国』などと揶揄される戦略的に価値のない地域だからだと思われる。
だからそんな地域だからこそ核シェルターなんて無駄な代物に違和感しかない。
別に県知事がわんわんを送ったから見逃してもらったわけじゃないからね!
「…っていうことはさ、GP02のアトミックバズーカに耐えるってことだよね?」
すげえ!
鉄壁の校舎で学べるなんて夢みたいだ。
だが僕の興奮にジンは冷ややかだ。
「あのさ、
「真のクズ作戦に変更はない!」
僕のドヤ顔にジンは呆れ気味だ。
「レージ、なんでもガンダムに結び付けるのはそろそろ卒業しろ」
父さんの影響で僕はヲタクでは『ガンダムヲタク』あるいは『ガノタ』と分類される。
この分類のヲタクは数が多いがその大部分は大人、しかも中年以上に分布している。
学生のヲタクの多くは最近のゲーム、あるいはアニメ好きである。
だから僕は学校のヲタク仲間でも少し毛色が異なる。
まあ最近のアニメやゲームもそれなりに好きだけどさ。
ちなみにジンは『アイドルヲタク』だがそのメインは『80年代アイドル』だ。
すでにママドルと呼ばれるオバサマについて熱く語る。
これさえなければジンは完璧なんだけどね。
そんなわけでヲタクというクラス内ヒエラルキー最底辺からもはじき出され気味の僕等がつるむのはある意味必然だったと思う。
「ジンもそろそろ『あかね色に染まる坂』とか追いかけたら?」
「グループ名が『坂』しかあってねーぞ」
「そうなの?」
正直テレビを見ない僕はアイドル名を覚えられない。
それどころかアイドルの顔の見分けもつかない。
いや、そもそもクラスの女子の顔もまともに覚えていない。
多分さん年間の高校生活でも顔と名前が一致する同級生の女子は数人になるはずだ。
特に西高は男女比2:8というアンバランスなのだから。
もしそれを教師から指摘されたらこうお願いするつもりだ。
女子生徒の吹き替えを声優に依頼してください、と。
そうすれば駄目絶対音階の持ち主である僕は全校女子生徒の顔を識別できるはずだ。
まあ間違えて中の人の名前を呼ぶ可能性はあるが御愛敬だろう。
「そういえば思い出したんだが新校舎の建設をするのはさっき話にあがった『スメラギ』のグループ会社だ」
「へー、こんな田舎にスメラギなんて大企業がなんの価値を見出したんだろうね?」
父さんの会社がスメラギの傘下になったこととその建設が無関係のはずがない。
大企業なりの思惑があってこんな田舎に進出してきたのは確実だろう。
「さあね。
でもスメラギが本格的に進出してくれるとありがたいな。
将来の選択肢の一つになるからな」
ジンは地元での就職を考えている。
働きながら空手を続けていこうというのが希望だ。
ジン自身の空手の実力なら問題ないだろう。
むしろ実力が広く知れ渡っているため他流派からの引き抜きを受けている。
格闘家としてメディアデビューしないかというオファーさえある。
ただその場合は移籍する必要があるのであまり乗り気ではないようだ。
「本格的に進出してくればこの市の名前も『スメラギ市』になるかもね」
愛知県豊田市は元々
だが地元が『トヨタ自動車』の本拠地であったことから1959年に改名されている。
授業中先生がドヤ顔で教えていたので年号までしっかり覚えてしまった。
でも教えてくれた先生の名前も顔もなぜか憶えていない不思議。
外資であるスメラギが本格的に根付けばこんな田舎の市なんて喜んで改名するだろう。
「あれがその新校舎かな?」
入試当日しか来たことがなかったからあやふやだが防砂林だったはずの場所に一面をブルーシートで囲んだ建物がある。
三階建てくらいの高さだ。
入試から一ヶ月程度しか経っていないから鉄筋が組まれた程度の進捗なのかもしれない。
でもこんな短期間でそこまで建設できるかは疑問だ。
でも日本スゲー的ななにかなら可能なのかも。
あ、建設は外国企業だったっけ。
「…ジン?」
ジンが建物の方を見て固まっている。
僕はなんとなくその視線の先を追う。
新校舎の横に駐車されている一台の大型トラック。
その色はアーミーグリーン。
明らかに普通の学校には不似合いな軍用と思われる大型車両だ。
その屋根の上にはレーダーのような物が設置されていることから電子戦用車両ではないかと想像した。
「レージ」
ジンの真面目な声に僕は身構える。
「あのトラックにはねられたらお前は異世界転生しちまう。
だから、止まるんじゃねーぞ」
「身構えた僕の緊張を返せ!」
ジンが破顔したことでからかわれたとわかった。
ジンとはお互いに悪戯を仕掛けるので普段なら軽く流せた。
だが軍用と思われる車両に緊張していたので身構えてしまったのだ。
「ジン、わかってないようだけど『止まるんじゃねーぞ』は死亡フラグだからね」
アニメで追加され続けている死亡フラグの一つだ。
あるガンダムのセリフなのだが僕はこのシリーズが好きではない。
基本ヤンキーと反社の漫画・アニメはどんなに面白くても肯定しない主義だからだ。
陰キャである僕のポリシーだ。
陰キャってのはその手の人間に絡まれるからね。
「あのトラックに乗って悪の組織の総帥が空手家であるジンをひき殺しにくるかもね」
「なに!?」
僕の指摘にジンが驚く。
「…とすると自転車を引いているこの状況はまずいな。
速攻自転車置いてくる!
チェイサー!!」
ジンは自転車に乗ると右に向かって漕ぎ出す。
同じように自転車に乗った生徒が向かっているので自転車置き場があるのだろう。
なぜこんなところに軍用と思われる車両があるのか気になるがスルーした。
どうせ僕には関係ないだろうと考えたからだった。
□□□ 閲覧ありがとうございました □□□
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