第004話 DM(ダイレクトメッセージ)

「まあ、お前の母さんが生活破綻者の息子をなんのフォローもなしで旅行にいくなんてありえないからな」


 母さんが何かしらの方法を手配しているだろうという点については同意する。

 だが僕が生活破綻者だというジンの意見については反論しなければならない。


「ジン、僕が生活破綻者ってどういうこと?」


 僕の問いにジンはため息をついた。


「怒られなければ夜遅くまでゲームしていつも眠そうにしているだろ。

 遅刻しないのが謎だ」


「遅刻しないのは職場から携帯で起きているか電話をよこす母さんのおかげだよ」


 僕の答えにジンが頭を振る。

 ぐぬぬ…。

 でも僕みたいな学生なんて普通だよ。

 卿等けいらもそうだろう?

 ちなみにジンは朝5時前に起きて父親の分もまとめて弁当を作る。

 こんな男子学生なんて日本にジンくらいだよ。

 そのうえ登校までの時間で筋トレとジョギングを日課に入れているとかどんだけストイックなんだ。

 しかも夜9時には就寝とか子供か!?

 勿論僕は朝が明るくなり始めたら仕方がなくゲームの電源を落として寝る人間である。


「さすがおばさんだ。

 俺にはレージを遅刻させずに学校に通わせるなんて絶対無理だ」


 ジンの僕の母さんに対する評価がとんでもなく高い。

 高校生男子の母親ならこれくらい普通だと思う。


「ジン、僕の母さんに対する評価が高すぎ。

 もしかして…?」


 好意があるんじゃないかという続きは言わない。

 さすがにそれはないからだ。

 だが僕の予想に反してジンは顔を赤らめる。


「いや、別に好みのタイプなだけだからな!

 そもそも親友の母親は恋愛対象外だ!!」


 絶句して見つめる僕に必死で弁解するジン。

 教師と教え子のラブロマンスならわからなくもない。

 でも校長(あるいは教頭)と教え子のラブロマンスはない。

 祖母と孫レベルの年齢差なのだ。

 ジンのマザコンのこじらせ具合に頭痛が痛い。

 …頭痛が痛い。


「行こうか。

 初日から遅刻とかマヌケだしね」


「…押忍」



 コンビニ前に止めていた自転車を手で引いているジンと一緒に歩き始める。

 すぐに西高を示す看板が目に入った。

 西高専用コンビニと言っても過言ではない距離だ。


「これから3年間この坂を上るのか…」


 坂の上に校舎が見える。

 坂の長さは50mくらいだが正直だるい。

 そんな考えがジンにはお見通しらしく苦笑している。

 左に田舎では珍しい小さな教会、右に幼稚園を見ながら二人で坂を上る。


「そういえばツヨシのやつは最終的にどうしたんだ?」


 ジンの質問の意味は一緒に西高を受けて落ちた同級生の進路についてという意味だ。


「ツエーダは東京の高校に入れたらしいよ」


 そう答えたがすぐにしまったと反省した。

 Tueeda(ツエーダ)とは質問にあった同級生のネトゲ『光の戦記』でのプレイヤー名だ。

 当初僕はジンと一緒に光の戦記をプレイするつもりだった。

 だが早寝早起きのジンはネトゲのゴールデンタイムにはすでに就寝しているという天然記念物レベルの中学生だった。

 休み時間にジンが僕に一緒に遊べない件を謝罪しているのをたまたま見たツエーダが自分も光の戦記をしていると話かけてきたのがフレになったきっかけだ。

 どんなヤツかといえば名は体を表すという言葉がピッタリだろう。

 俺TUEE!と俺様最強をゲームだけではなくリアルでも主張するヤツだ。

 ジンをライバル視しているらしいが腕っぷしではフルコン空手中学全国制覇とは比べるべくもない。

 そんなジンがなぜかひ弱で陰キャの僕と親友なのに目をつけたみたいだ。

 僕を手下にしたら親友のジンは格下になるなんてヤンキー理論が透けて見えた。

 陰キャのプロである僕はネトゲは時々一緒に遊んだりしたが深い付き合いはせず流していた。

 場合によってはジンにフォローしてもらいながら一定の距離をキープした。

 なぜなら僕の経験則でこの手のタイプはトラブルメーカーだとわかっていたからだ。

 実際ネトゲ内でも一緒のPTで参加したコンテンツでルール破りを平気で行ってトラブルを発生させた。

 ネットリテラシーは学校の授業で何度か受けたはずなのにまったく理解していないのに呆れしかない。


「ツエーダね…なんともアイツらしいプレイヤー名だな。

 まあ、レージよりはまともか。

 なんせキチ…」


「ちょっ、往来で僕の個人情報をさらすのはやめて!」


 僕が大慌てなのをジンはニヤニヤ楽しんでいる。

 リアルであの恥ずかしいプレイヤー名を知っているのはジンだけだ。

 そう、僕だってあの恥ずかしいプレイヤー名を変更しようか考えたことはある。

 稼働当初の光の戦記では課金さえすれば性別・種族は変更できたがプレイヤー名は不可能だった。

 それが現在では可能となっている。

 ただしプレイヤー名を変更してもフレンドリストはそのままなので改名後もフレからは昔の名前で呼ばれることが多い。

 フレンドとの関係を清算したいのであればデータセンター(注:いくつかのサーバの集合)を移動した上でプレイヤー名を変更するのがいい。

 そのうえでフレンドリストを真っ白にする。

 別データセンター間のチャットは不可能という仕様だからだ。

 そしてデータセンター間の移動は課金する必要が発生する。

 これを利用すればレベルやアイテム・ゴールドを引き継いだまま別の環境で遊ぶことができる。

 僕もアベンドさんと揉めたことでデータセンター移動・プレイヤー名変更を実行しようか考えた。

 もし本格的に光の戦記を再開するならそれもいいだろう。

 でも今は僕の恥ずかしいプレイヤー名から話題を逸らすことが急務だ。


「ツイッターでDMもらったよ」


 正直近寄りたくない人間だったのだがリアルでは完全にブロックは不可能だ。

 ツイッターのアカを聞かれたのでしかたなく教えた。

 グチッターとして使用していただけなのでさほど被害はないという考えからだ。

 いざとなれば鍵をつければいいしね。

 ツエーダのツイートを見たが光の戦記でのスクショがこれでもかと貼られていた。

 高難易度コンテンツで手に入れた武器やマウントなんかを自慢するようなものが大部分だ。

 実際ゲームは上手だと思う。

 でも自分のプレイヤー名を晒したスクショをUPして自慢するとか僕には無理だ。

 身バレする危険性が跳ね上がるからね。

 マジ勇者だよ。


「まあ、こんな田舎で高校浪人とかしないほうがいいよな」


「そだね」


 ジンもツエーダのことが好きじゃないみたいだけど『ざまあ』と言えるほどじゃない。

 僕も極端な実害を受けたわけじゃないから問題なしだ。

 少なくとも高校の3年間は離れられる。

 その後はそれぞれの進路に分かれるだろうから一緒になることは皆無だろう。


「でもアイツの家って息子を東京の高校に通わせる金があるようには見えねーんだけどな」


「確かに」


 ツエーダの家は地元のサラリーマンだったと記憶している。

 スポーツ特待生でもない限り越県して高校に行くなんてほぼない地方だ。

 資産家の家でもなければ東京で高校生活なんてまずない。

 一応進学高に分類されている西高だが年間に数人国立に現役合格者が出る程度の高校だ。

 そんな偏差値の高校受験に失敗した子供を東京の高校に通わせるとかどんだけ親に愛されてるんだって感じだ。

 小遣いが少ないってぶーぶー言っていた記憶があるが金を出すときは出してくれるいい両親のようだ。


「…そういえば」


 ふっとDMに書かれていた謎の内容を思い出したのでジンに質問してみる。


「ツエーダが高校合格は僕のおかげだとか書かれていたんだけど。

 ジンはどう思う?」


「送り先を間違えたんだろ?」


「だよねー」


 僕もその結論に辿り着いた。

 ツエーダの高校合格に僕はなんら関与していない。

 だから『誤送信じゃない?』とDMを返送したが返事はなかった。

 念のため光の戦記にINしてゲーム内メッセージを送信しようとした。

 だがツエーダの名前はフレンドリストから消えていた。

 データセンターを移動したのか?

 そう考えたが別の可能性を僕は考えた。

 運営から垢BANされた可能性。

 以前迷惑行為で運営から警告を受けたとぼやいていた。

 それでも無自覚に迷惑行為を繰り返していたのを僕は知っている。

 まあ、どうせもう関係がなくなるから考えるだけ無駄だな。


 

 このときの僕はこれから先に起こる事件の原因がそこにあるとまったく思っていなかった。



□□□ 閲覧ありがとうございました □□□

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