第003話 ドナドナ

 最近6時台の地元ニュースで例の流行り病で停止していた国際クルーズ船の寄港が再開されると報道されていた。

 僕はそれを聞き流しながら夕飯を食べていた。

 正直自分には関係ない話だったからだ。

 だが両親がその豪華客船に乗船、しかも1年間も家を空けるという突然の宣言に言葉を失った。


「…説明プリーズ」


 状況を確認するために情報提供を両親に求める。

 その間になんとかこの旅行を阻止すべく最大限に頭を回転させた。


「実はね、剛君の会社がスメラギグループに買収されたの」


「スメラギって外資だよね?」


 スメラギは日本語で書くと『皇』。

 なんとか天皇の流れをくむとされる元日本人を初代に持つ米国の巨大企業だ。

 と言っても初代は鎖国をしていた江戸時代に米国に渡ったとされる謎の多い人物。

 日系企業という言葉が誕生する前から米国に根を張り活動していた。

 そのためオカルト業界では世界を影で動かしている『影の世界政府』の1つだとされている。

 オカルト好きな僕の片寄った知識ではスメラギという企業についてはこれが限界。

 一般的には金融・通信・ITと幅広く展開している外資として有名だ。


「そう!超一流企業の!!

 強くてかっこいい上に超一流企業の社員なんて私の男を見る目に間違いはなかったわ!」


「え、ハンサム?」


「もう、私の旦那様は最高よー!」


 クソ、朝っぱらからいい年した大人がいちゃいちゃしやがって。

 そのせいで話がさっぱり進まない。


「で、父さんの会社がスメラギに買収された件と世界一周となんの関係があるの?」


 物心ついた頃から社畜として生きていた父さんが末端とはいえ超一流企業の社員になったことは嬉しいし褒めてあげたい。

 でもそれならこんなタイミングで言うべきじゃなかったと思うけどね。


「実は俺の過去の勤務実績を調査されたらさ…」


 父さんは最後まで言葉を続けることができなかった。

 突然半泣きで震え始める。

 うん、ザ・キング・オブ・社畜決定戦があれば殿堂入り間違いなしの社畜人だからね。

 普通なら過労死しているはずなのになぜか生き延びている父さん。


「それでいままでにたまっていた有給を消化するように会社から指示があったのよ」


 震えて次の言葉を発せられない父さんに代わり母さんが説明した。


「ちょうどいいタイミングでスメラギ傘下のクルーズ船が寄港するから休暇にどうかってお誘いをいただいたの。

 勿論優待割引でね」


 別に両親が旅行するのが悪いとは言わない。

 むしろ二人とも仕事漬けの生活だったからリフレッシュして欲しいと思う。


「僕は全力で二人の旅行を阻止するよ」


「…どうしてだよ?」


 僕の呟きは隣にいたジンには辛うじて聞き取れたようだ。


「当然だよ!

 僕は高校生活は一分一秒でも多くの時間をゲームに費やすって決めているんだ!!」


 受験勉強でできなかったゲームが部屋の片隅に積まれている。

 油断すれば富士山の高さを超える可能性すらある!…と考えている。


「お前って時々クズだよな」


 ジンが呆れるが僕にとっては最優先事項だ。

 少しでもあの山を崩したい。

 しかもあの中にはムフフなゲームもあるのだ。

 おっと、僕は中二病という不治の病に侵された永遠の14歳だが特殊なルールが適用される。

 漫画・アニメ・ゲームに登場するキャラは全員20歳以上という常識がヲタク世界にはあるのだ。

 僕はこの世界はリアルではないと認識しているのでこのローカルルールが適用される。

 …されるはずだ。

 あ、親御さんに怒られる場合は自己責任でお願いします。

 そんなエチエチなゲームの時間を消費してまで家事なんてしたくない。

 自分で食事の用意をするくらいなら食べないし、洗濯するくらいなら着替えない。

 そう、僕は母さんが家事をしてくれないと絶対に生活崩壊する自信がある。


「物事はそうそう頭の中で引いた図面通りに行かぬものさ」


 父さん、クルーズ船とクルーゼをかけているんだろうけどガンダムネタぶち込むのはやめてね。

 人生の大半はガンダムのセリフでなんとかなるって教えは実生活では役に立たないから。


 さて、どう説得すべきか考える。

 無難に国際情勢の不安定さと危険を訴えてみるか?

 …駄目だな。

 母親は間違いなく『真・類人猿最強の女』だからだ。

 合気道場の子供として生まれた母親の武勇伝は数知れず。

 生まれる前から連載が続いている『バキ』シリーズにいつか母親が登場するといまだに信じて疑わない。

 紛争地に置き去りにされても平気な顔で歩いて帰宅するだろう。

 父さんは今でこそ社畜オーラしか漂っていないが学生時代はやんちゃだったらしい。

 柔道のオリンピック代表確実と言われていたが素行が悪くて選ばれなかったとか。

 夫婦の間ではそういう設定らしい。


「…むむむ」


 コミュ症気味の僕が気の利いたセリフを考えつくわけもない。

 それでも脳内のHDを必死で検索してとあるセリフを見つけ出した。


「母さん、母さんは…僕を……愛してないの?」


 うん、ガンダムがあればどんな局面でも戦える。

 ちなみにこのセリフはファーストの主人公が再開した母親に言ったものだ。


「当り前でしょ。

 高校生にもなって気持ち悪いこと言わないでよね」


 デスヨネー。

 典型的な高1男子の母親のセリフでした。

 でもここは『そんな、子供を愛さない母親がいるものかい!』が正解。

 ガンダム検定初級合格も厳しいぞ?

 いつも居間のテレビではガンダムのDVDが流れている日向家なんだからこれくらい正解して欲しいものだ。

 父さんも実に残念そうな顔をしているしね。


「いや、僕ってたった一人の子供なんですけど?」


 尖ったナイフのような高校生ではない僕は両親から愛情を受けて育ったと思っている。

 だけどさすがに息子を放置して一年間も旅行に出かけるなんて突然言われて少しだけ揺らいでいる自分がいる。

 それに一人置いていかれる不安もある。

 思わず本心を吐露してしまった。

 そんな僕と視線を合わせ母さんが親権な顔で答えた。


「そうね、アンタは私達のただ一人の子供だわ。

 でもね、一年後はそうじゃないわ」


 やべえ、我が母親ながら正気か?

 小学校の先生をしている母親は例外なく晩婚だった。

 同世代には孫のいる人も珍しくない。

 ギネスの最高齢出産を狙っているのか?

 ちなみに後日ネットで確認したが正常出産の記録は57歳、ギネス未掲載では59歳。

 帝王切開では75歳が出産したという話さえある。

 記録的に出産は可能なのはわかる。

 だけどアニメで例えるなら磯野家に新たな子供が追加されるようなものだ。

 野原家では許されるが磯野家、そして我が日向家ではありえない展開なのである。


「父さんも本気なの?」


 明らかに新婚旅行という言葉で正常な判断をなくしている母さんを無視して隣にいる父さんに質問する。

 楽しい旅行に出る前なのにすでに父さんは死んだ目をしていた。


「あきらめたらそこで試合終了よ!」


 やたらテンションの高い母さんは某バスケ漫画の名言を持ち出す。

 このセリフを持ち出したということは僕の考えは理解できているようだ。

 名言だよね。

 涙が止まりません。

 もうさ、父さんを試合終了させてやってよ。



 頭の中でドナドナが鳴り響いていた。

 僕は思考を停止している。

 このモードになった母さんに何を言っても無駄なことは経験で学習している。

 それは父さんも同様のようで死んだ目をしながら自ら軽自動車のハンドルを握っていた。

 それを僕とジンは無言で見送った。


「…あ、これから僕ってどうやって生活すればいいんだ?」


 思考停止から復帰した僕は肝心な部分の説明をまったく受けていないことに気づく。


「まあ、あの母さんが何の準備もなしってことはないか…」


 どんなに忙しくてもしっかり三食準備してくれた。

 そんな母さんの料理をお菓子の食べすぎで残したこと数知れず。

 ブチ切れて正座させてもそれでも食事はしっかり作ってくれた。

 僕は母さんを信用している。

 だから大丈夫なはず…多分。


「駄目ならウチこいよ」


 やだ、ジンってばイケメン。

 抱かれてもいい。


「どうしても駄目なときはお願いするよ」


 母方の実家の合気道場が近くにある。

 多分そこに僕の世話をお願いしているのだろう。

 昼にでも確認しておこう。



□□□ 閲覧ありがとうございました □□□

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る