第002話 コンビニにて

「レージももう高校生なんだから少しは恋バナをして俺達を安心させてくれよ」


 明らかに悪くなった社内の空気を換えようと父さんが話題を振ってくる。

 正直居心地が悪いので乗っておこう。


「ふっ…僕ほど恋多き人間に恋バナをせがむとは我が親ながらやれやれだぜ」


 そう、僕は季節ごとに新しい恋人に夢中になる男なのさ。


「今季はまだ全作品放送されていないから前期で答えよう!

 前期の嫁は『ザブトン』!!」


 ネットスラングを知らない人に説明すると『嫁』とはアニメのイチ推しのキャラのことだ。

 最近では1シーズン50作品以上が当たり前で100作品の大台も見えてきたアニメ飽和時代だ。

 そんな中でただ一人の嫁を決めるのは至難の技。

 だが僕は嫁を複数人持つなどという不義理はしない男なのだ!

 ちなみに『ザブトン』は海外人気の高いキャラである。

 海外では『嫁』という言葉がまだ通用していないのか『ベストガール』なんて言われるようだ。


「あー、はいはい…アニメの話ね」


 この手の話では必ず嫁の話で返答するのを母さんもわかっている。

 僕に漫画・アニメ・ゲームを勧め立派なヲタクに成長させた父さんは呆れることはない。

 相変わらずそういったことが好きな父さんだがさすがに昔に比べて追っている作品が少なくなっている。

 だから今なにが流行っているのか僕に質問して気が向けば話をあわせるためにフォローしているようだ。

 ちなみに父さんはファーストからエブリデーガンダムの修羅道を歩んできた猛者である。

 晩酌のつまみはガンプラ。

 量販店で年配の人が『ガンプラって昔流行ったよねー』などと言っているのを『それでも男ですか、軟弱者!』と吐く捨てる漢である。


「それでその子はどんなキャラなの?」


 父さんの質問に僕はキメ顔でこう言った。


「蜘蛛ですが、なにか?」


 決まったな。

 …沈黙。

 母さんが知らないのは当然だが父さんも知らない作品だったようだ。


「あー、蜘蛛女ね。

 ゴウ君も好きだったよね。

 よくお菓子だけもらったわ」


 母さんはどうやら仮面ライダーの怪人だと勘違いしたようだ。

 ちなみに仮面ライダーは蜘蛛男であって母さんは蜂女と勘違いしていると思われる。

 そんな母さんは子供の頃の父さんの無駄使いを注意する。

 それに対し父さんは投資だと主張した。

 実際オークションではライダースナックのおまけであるカードは10万近い値段がついていたはずだ。

 でも絶対売らないから関係ないでしょ?

 遺産相続したら欲しがっているコレクターに売却するよ。


 ギャグは滑ってしまったが両親の仲直りには成功した。

 小・中・高と同級生で結婚していまだに仲の良い二人を見ていると羨ましく思うことはある。

 残念ながら僕は小・中と仲良くなれた女の子は現れなかった。

 勉強はそこそこできたが運動は全然だった。

 小さい頃は運動ができる男子のほうがモテる。

 そしてヲタクという人種は敬遠される。

 クールジャパンと銘打って政府は漫画・アニメをプッシュしているがそれが好きなヲタクの人権に配慮はしてくれない。

 それでも父さんたちの時代に比べれば大分改善されたらしい。

 それはクリエイターさんたちの地道な努力によるものだ。

 僕も将来はそんなクリエイターになりたいと思っている。

 だから彼女なんて必要ない。

 …必要ないのである。

 チクショー!!


「あ、コンビニ酔ってくれる?」


 水色のコンビニを見つけた。

 こんな田舎でもコンビニがあるのは嬉しい。


「西高の近くだからこのコンビニなのかしら?」


 母さんの素朴な疑問。

 西高の色と言えば『水色』と地元民は間違いなく答えるだろう。

 冬服は普通のブレザーだが夏服は水色のセーラー服なのだ。

 一部の人間からは『セーラームーン』などと揶揄されている。

 最近は珍しい色やデザインの制服が増えているが創立50年を迎える当時からこの夏服が採用されている。

 間違いなくこちらの方が元祖だと主張できる。

 そんなことを知らずに宣う輩は『水でも被って反省しなさい』なのである。

 ちなみに卒業生の悲願は甲子園のアルプススタンドをこの水色で染めることだと両親は言っている。


「偶然でしょ」


 父さんは母さんの相手をしながら頭からコンビニの駐車場に車を入れた。


「私達の時代はこんな場所にコンビニなかったわよねー」


「とゆーかコンビニそのものがなかっただろ」


 なんて恐ろしい時代だったんだ?

 こんな田舎にコンビニもなければ弁当を忘れた場合どうすればいいんだろう。

 実際店の中は西高の生徒で混雑している。

 その中に見知った顔を見つけた。

 相手も僕を見つけて手を上げる。


「ジン、コンビニ弁当なんて珍しいね」


「初めてのチャリ通だからな。

 時間に余裕をもって出てきたから弁当が作れなかった」


 ツンツン頭でいかにもな感じのジンはなぜか僕の親友だ。

 子供の頃からフルコン空手をやっていて通り名は『南都最強の中学生』だ。

 去年流派の中学の大会を制して『南都旗』なる優勝旗を貰っている。

 例の流行り病で大会が中止にならなければ三連覇確実と言われていた。

 小学校からの僕のヲタク仲間である。

 ただしジンはどちらかというとアイドルヲタクに分類される。

 幼い頃に母親を亡くしており建築関係の父親と二人暮し。

 そのせいで家事全般が得意という文句のないイケメン。

 僕が女だったら抱かれてもいい。

 僕と違って中学時代からよく告白されているが恋人を作ったことはない。

 腐女子からジンと僕でカップリングされることが多いがそんな関係ではないと断言できる。

 実はジンは母親を早くに亡くした影響かストライクゾーンが高いのが告白を受けない理由だ。


「すぐ買ってくるから待っていて!」


 棚から卵サンドを1つ選ぶとダッシュで会計を終わらせる。

 ジンは弁当のほかに総菜パンなんかを何個も買っていた。

 多分昼前の休み時間に食べるのだろう。

 僕は高校生男子にも関わらず呆れられるほど少食だ。

 昼食代はしっかりもらっているができるだけ浮かせて趣味につぎ込む。

 両親からたまに注意されるが気にしない。

 成長期も終了したしね。

 できれば180㎝欲しかったが170㎝も無理だった。

 身長が伸びないのは遺伝だから諦めるしかない。


「おまたせー」


 速攻もどってくると父さんが車の荷物を整理していた。

 僕が乗っていた後部座席の半分には数個のトランクが置かれていた。

 その中を物色している。

 そういえば父さんは背広を着ていない。

 車に背広を吊るしてあるけどいったいどこで着替えるつもりなのか?

 母さんは派手ではあるが入学式に出るのにギリセーフな感じの服だ。


「おじさん、どこで着替えるんスか?」


 ジンも僕と同じ疑問をもったようだ。

 トイレで着替えるのは厳禁だとコスプレイヤーのなんとかさんがネットで言っていた。

 我が親ながら迷惑な人だ。


「いや、俺達は入学式には出ないよ」


「…は?」


「いや、いつもそうだろ?」


 小学校教師をしている母さんは年度初めは例外なく忙しい。

 家ではアレな人だが職場では優秀な教師という評価だから当然担任を受け持つ。

 だから息子の入学式には出られない。

 IT関係で社畜をしている父さんも年度初めはシステムの入れ替えで帰ってこない日が続く。

 マイカーである軽自動車で納品先に出かけ1ヶ月も帰ってこなかったなんてこともよくある。

 だからいつも車に背広を吊るしていても後部座席に旅行用のトランクがあっても気にしていなかった。

 そんな父さんが小学校の入学式に一人で付き添いに参加してくれたことがあった。

 明らかに徹夜続きで死んだ魚の目をしていた。

 そんな両親だから中学の入学式は一人だった。

 それが当たり前だと思っていたのに高校の入学式に両親がいる不思議に疑問を抱かなかった僕の愚かしさを笑う。


「じゃあ、どうして車で送ってきたの?」


 僕は素朴な疑問を質問する。


「私達がこれからできなかった新婚旅行にでかけるからよ!」


 母さんが父さんの腕をとりながら嬉しそうにVサインをキメる。


「なんと!豪華客船で世界一周旅行1年間よ!!」


 ジンが僕に『そうなのか?』という視線を送ってくるが首を振る。


「聞いてないんだけど?」


「言ってないからね。

 アンタに言うと絶対反対されるから」


 ダヨネー。

 高校生活初日から僕の人生は迷走を始めたのだった。



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