人の形

第6話 prologue.魔女裁が来る

 晴れた日の午後1時、食事を終え講義を聞く大学生たちはまどろみながらノートにペンを走らせる。

 胃に向かった血流が頭に行くように必死に手と頭を動かそうとしながらも、結局睡魔の誘惑に勝てずに頭をカクリと前に揺らす生徒はちらほらといる。

 真面目な学生はそれを馬鹿にしたように横目で見、横にいる友達はつっつきはしゃぎ、仲良く寝るカップルもいる。それを教授は呆れたように見ながら内心であれは単位を落とすだろうななどと思いながら無情に講義を続けていた。


 だが、それがただの平和な日常であると知っていた者はほんの一握りもおらず、教室にこだました悲鳴に各々は驚愕し、顔を顰め、身体を震わせた。


 叫び声の原因となったもの……倒れ伏した男子学生の頭はその後頭部だけが綺麗に切り取られたかのように平面状に凹み、側頭部から弾けるように飛び出た脳漿と骨の欠片が彼の死を確信させた。

 横にいた彼女らしき女はひとしきり悲鳴を上げた後に身を震わせむせび泣いている。何故こんなことになっているのか、一体何が起こったのか。それはその場にいる誰にも理解出来てはいなかった。


 だが確実に言えることは、この場に犯人と思わしき人物は一人もいないこと。この世界にある魔法というものでしかそのような現象は起こせないであろうということ。


 そして密かに誰かが呟いた。


「魔女裁が来る」



―――――――――――――――――――――


 勝呂斗真すぐろ とうまは悩んでいた。それは現在の上司から急かされている調書のことでも、つい先ほどまで行っていた引き継ぎ業務のことでもなく、これから向かう現場での仕事仲間のことでだった。


 何故彼が忙しそうに引き継ぎ業務を行っているか、それは3月頃に彼が”魔女裁”真島唱子まじま しょうこと行った仕事で評価された結果、4月頭に発表された人事異動で彼が一課から別の課へ移動させられたからだ。


 本人は不満だらけだといった風で上司に文句を言いに行ったが結局受け入れられず、仕方なく異動に従ったものの、元々請け負っていた業務に対して移動先の課の特殊性も相まって多忙を極めていた。結果彼は4月も中旬まで至ってなお引き継ぎ業務が進んでいない状態となり、かなりの焦りを抱いていた。

 こんな状態ではこれから先の仕事もままならんと焦りながら仕事を片付ける彼に更に仕事が舞い込んだから更に大変だった。


「俺を忙殺する気か?」


「君が優秀なのが悪いんだ。あの魔女裁様は自分の意図を汲んだ仕事をしてくれる君をご所望なのさ」


 とは先刻仕事の話を持ってきた元上司と彼との会話。酷い言い草だと思いつつ魔女裁と呼ばれる彼女にそこまで評価されるのは悪くないな……などと思い結局安請け合いしたことを勝呂は後になって猛省した。

 

 引継ぎの業務の一部を急ぎで片付けた後彼は急いで現場へと向かうべく車を出す。時刻は午後2時を回っており、元々現場に出る予定だった時刻に対し30分近く遅れていた。


「あー、大丈夫かな真島さん」


 勝呂は他人への態度に難を抱える魔女のことを思い出す。現場の人とある程度会話は出来るだろうが、あの性格だと何も言わず黙々と調査を進めて現場を荒らしていると思われかねない。トラブルになっていなければ良いが、などと彼は思案しつつ、憂鬱そうに溜息を吐く。


 彼が憂鬱そうにするのには別の理由もあった。以前、3月の上旬頃に彼と彼女の二人で解決した事件は、規模自体は大したものでも無く運も良かったため特に問題は無く終わった。

 しかし勝呂としては心中決して穏やかではなく、その事件の犯人の一人である山田猛やまだ たけるという男に対して下る罰が軽いものになりかねないことを非常に危惧している。そしてその危惧に至った理由を彼女に話せずにいたことを心残りとしていた。

 話さなかった理由が『もう二度と会うことも無いだろうからわざわざ話す必要も無いので忘れよう』というものだったのも良くなかった。


 それが今一度彼女に会うこととなったので、勝呂は会ったらその今更な話をすべきかとも悩んでいるのだ。


 そんなうじうじした彼の悩みを他所に、車は現場である学び舎へと到着する。警察手帳を見せて手続きを行った後、車を所定の駐車場へ置いた彼は警備員の案内に従い現場へと向かった。

 再び彼女と会うことへの期待と憂鬱さで胸を膨らませながら。

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