第5話 epilogue.変わらぬ結末

「ええ、山田古物商の看板を目印にしてください。ああ、はい……私は代理人です、依頼人は真島唱子という女性ですね。……なるほど、ではよろしくお願いします」


 真島から渡された番号への電話を終えた俺は静かに溜息を吐き、山田氏の身柄確保を本部へ伝え身柄確保の要求をするために上司への電話をかけることにした。


『ん、おお勝呂君。電話をかける余裕があるということはちゃんと事件は解決したということで良いのかね?』


 電話を受けた女性はいつも通り軽い口調であっけらかんと無茶に見える論理を展開してくる。だが、今まで俺が彼女をはっきり間違っていると断じることが出来たことは片手の指で数えるほどだ。


「……非常に不服ながらお察しの通り、そうです。魔女裁は私の予想以上、貴女にとっては想像通りに結果を出してくれました」


『そりゃそうだろう、彼女は魔女裁の中でも指折りだ。推理力、洞察力、魔法を扱う能力どれをとってもトップクラスだと私は思うね』


 この女がそこまで言うのも今の俺なら納得は出来る。少々危ういところがあると言えど、彼女の能力の高さ自体はたとえ俺に魔法が使えたとしても勝てるとは思えないものだ。


「まあとにかく事件は解決なので警視、山田猛に対する逮捕令状の発行の請求をお願いします」


『了解……容疑は殺人未遂かな?』


 そこまでわかっているのかこの女は、だったらどうして……と言いかけてやめる。結局この事件は魔女の存在ありきで解決する。そこをとやかく言うのも筋違いだ。


「もっと早く魔女裁に助けを求めれば簡単に終わったのでは?」


『結構早い方だったと思うが?』


 確かに3日で見切りをつけ魔女裁を頼ったのはこの女らしくないとは思った。いざ事件となったらこの女はもっと……。


「何か目的があったのかどうか知りませんが、収穫はあったようで何よりです。では私は本部に戻ってすぐに帰宅するので、警察官の派遣と令状の件よろしくお願いしますね」


『えっ戻るなら別に』


 別に私が発行請求しなくても良いんじゃないか、と彼女が言い終わる前に電話をそのまま切る。


「勝呂さん、電話は終わりましたか?」


 死体の処置を終えた真島さんが話しかけてくる。俺は死体の方にちらりと目をやりそちらも終わったのか?と問いかけた。


「これ以上の処置は貴方に先ほど電話で呼んでいただいた方々の役目です」


 結局電話の相手は誰だったのだろう、と思う。淡々と情報のやり取りをしただけなので何の情報もなかった。ただ、取りあえず魔女と関わりのある団体だとは思えたが。


「山田さんのことはどうなりましたか?」


「自首にはなりませんね、殺人未遂の容疑で逮捕令状の発行を請求しているところです」


 今度は山田氏の方へ目を向ける。ぱちりと目が合い彼は気まずそうに会釈をしてくるがこちらが会釈を返す気にはならなかった。


「彼が逃げるということもないでしょう、この後の流れを軽く説明して我々は帰宅して終了です」


 令状無しで逮捕は出来ない、少し歯がゆいが今日の夜には彼は逮捕されるだろう。それまではこの後来るであろう所轄の警察官に見張らせておけばそれで事足りるはずだ。


「そうですか、では私は一足先にあなたの車の中で待っておきますね」


 そう言い彼女は俺から車の鍵を受け取った後ふらふらとした足取りで店を後にする。それを心配に思いながら見届けた俺は山田氏の方へ向き直る。


「山田さん、これからのことについてですが」


 山田氏にこれからの段取りの説明をし、くれぐれも逃げないようにと釘を刺す。山田氏はどこか晴れやかに笑って返す。


「ええ、わかっていますよ。私が逃げれば魔女裁も黙ってはいないでしょう、魔女を利用する男は魔女裁から見れば社会悪に違いない」


 巻き込まれたとはいえ、晴れやかに笑うこの男への嫌悪感を隠せずにはいられなかった。お前は人を殺そうとし、そして殺させたんだぞと今にも掴みかかりそうになるのを抑える。そういうのは裁判所で裁判官がやることだ。

 だが、と俺は頭をぼりぼりと掻きながら思案する。これだけは言っておいた方が良いのかもしれない。


「貴方は二人の人間を死に追いやりました。その全ての原因が貴方にあることをお忘れなく」


「ええ、わかっていますとも」


 笑うのはやめてもやはり晴れやかに見える彼に苛立ちながら俺はすぐにその場を立ち去り、真島さんの待つ車へと戻った。


「……お待たせしました」


 ばたんとドアを閉めるが、彼女からの返事は無く、何事かを考えこんでいるのかずっと俯いている。また何か思案しているのか、と俺はふーむと鼻を鳴らし彼女の言葉を待つ。この時間さえなければ彼女は思慮深く話しやすい女性なのだが。


 3分程待ち俺は痺れを切らし声をかける。 


「どうしました? 疲れましたか?」


「あっ……そうではなく」


 何かとても言いづらそうにしているが、彼女の思考を読むことは俺には出来ない。待つか別の話題を振るかしかない。


「凄かったですね、魔女裁判でしたか? 魔法って本当に色々なことが出来るんですね」


 その割には、移動が車とか不便だなと思ったのは言わないでおく。どうせ彼女はコストがかかるのでなどと言うのだろうことが目に見えている。


「そう、ですね」


「魔女の法というのは俺にはわかりません、なにも殺すことはなかったという思いはありもしますが、貴女の判断を俺は尊重しますよ」


 なんとなく、彼女はそれに関して悩んでいる気がした。確証は無いが、なんとなく彼女があの魔女を待っている間に言っていたことを思い出した。

 

 ――――魔女裁判は……魔女の物事の視える範囲を頼りにした独り善がりなものなんですよ。


 思う。魔女は一般人に比べ遥かに手に入れられる情報が多い、見たところ嘘を見破る力まで持っているようにも見えた。そうなれば裁判というものにおいて魔女は無敵に近い。嘘をつかずに相手を騙すことはとても難しい。


「ありがとうございます……そう言って貰えて少し安心しました」


 やはりそれで悩んでいたのか、魔女は顔を上げる。


「いえ、これはただの俺の感想ですので」


  俺たち二人はその後、他愛もない話をしたり魔法について語り合ったりして本庁へ帰り、各々の居場所に戻るまでの時間を過ごした。

 きっと俺たち二人はもう出会うことはない。だから多少のわだかまりを抱えていても、それを俺が話すことはない。だから……


 

 山田は、もしかしたら最初から魔女にとどめを刺させるためにをしたのかもしれない。魔女がどんな魔法を使ったとしても結局魔女裁なんてものがいて、それによって見破られる可能性があるという事実を知っていれば山田としてはそう簡単に魔女からの取引に応じることは出来ない。

 だとしたら山田はリスクがあるにも関わらずどうしてわざわざ高価で貴重な品を渡すのに同意してまで魔女の取引に応じたのか……いや、もしかしたら取引を持ち掛けたのは彼の方からかもしれない。彼にとって計画自体はどうでも良かったのではないか、正確には


 鈴木氏を山田が刺そうとして失敗する、それ自体が計画だったとしたら……計画が上手くいけば最悪の場合であっても山田は殺人の容疑にかけられることはない。

 しかも結果としては共犯であった魔女がいなくなった今、山田は裁判所でいくらでも自分に有利な証言をすることが可能。山田としては理想的と言わざるを得ない状況だ。


 だがこの計画にも当然リスクはある、魔女が鈴木氏にとどめを刺そうとしなければ結局自分でとどめを刺さなければならないし、その間に鈴木氏が声を上げれば運次第では全部無意味になったかもしれない。



 ――――ふふふ……これがあの! なんでこんな寂れた住宅街に転がってるんだかわからないけど……この生命力は間違いなく本物だよ。

 ふと、あの魔女がそう言っていたのを俺は思い出す。そうだ、魔女がおかしいと思うくらいの品をどうして金に困っている男が持っていた?


 そうだ、計画に欠かせない物だからこそ……だからこそを用意したのではないか。絶対にそれを諦めきれないと魔女に思わせ執念を抱かせる餌を。

 あの魔女だってきっとその餌さえなければ計画が失敗すればとんずらしようという程度の算段になったはずだ。もしくは取引を持ち掛けることすらしなかったかもしれない。

 だが、その高級な餌が彼女の判断を鈍らせた。魔女はきっと叫び声を上げようとした鈴木氏に魔法をかけただろう。魔女裁判で真島さんがかけたような口を封じる魔法を、咄嗟に。そうやって痕跡を残してしまった魔女に最早後戻りの選択肢はなく、後は報酬への執念という一押しで堕ちるだけ。


 勿論、全ては俺の勝手な推測で、そんな事実は無いのかもしれない。だが、可能性はあるのだ。二人で現場を調べた時、魔法の痕跡は三日もあれば霧散すると言われた。それはきっと、軽い魔法なら霧散するという意味。

 だとすれば口を封じる程度の魔法の痕跡は、かけられた本体がどこかへ行ってしまえば見付けることすら出来ないのではないか。もし、俺があの時死体を調べる許可を取ってそちらの調査を優先していたらあるいは……。


 ――――魔女裁判は……魔女の物事の視える範囲を頼りにした独り善がりなものなんですよ。

 あの時の言葉が頭にこだまする。魔女に視える範囲だけが頼り。たとえそこにどんな事情があったとしてもきっとあの魔女が鈴木氏を殺したのは事実で、そうなった以上魔女裁として下す裁きはあれ以外にあり得なかったのだろう。




 だがそれは……とても独り善がりなのだと、真島さんはそれが言いたかったのではないかと俺は思った。


 

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