第4話 魔女裁判

 魔女と勝呂がパーキングエリアで例の犯人を待ち始めてから1時間が経過しようとしていた。その間も何度か二人は世間話などを交わしはしたが、そろそろ勝呂も痺れを切らしたのか現状の本題に触れる。


「もし、その魔女が来たら真島さんにはわかるんですか?」


 透明化の魔法なんてものがあって、それを使われたりすれば勝呂としてはたまったものではない。その場合対応できる可能性があるのは彼女だけだ。


「ええ、まあ。魔女という生き物は言ってしまえば魔力の塊みたいなものなので。魔法の痕跡と同じ原理で私の眼にはその魔力が視えるんです、魔女はその魔力に覆われているように見えるので本当に……一目でわかりますよ」


「なるほど」


 勝呂にはその真偽も分かったものではないが、今更疑う気にもならなかった。彼女が魔法関連の道具を使うのを何度か見ているしそれ以上に、人として彼女のことを尊敬しつつある部分があった。

 そしてだからこそ、彼女がこの後どのように事件を解決するつもりなのか興味があった。


「それで、見付けたらどうするつもりなんです? 相手も逃げる手段は用意しているはずだと思いますけど」


 魔女は考え込む、こういう時は大抵彼女はどこまで話すべきかと思案していることを勝呂は既に察していた。


「言いにくいのなら、別に構いませんが」


「いえ、私も既にあなたのことはそこそこ信用していますし。ただこれは人によっては受け入れづらいやり方になることがあるので躊躇っただけです」


「受け入れづらい?」


 魔女同士の争いとなれば当然魔法が使われるはずだが、魔法自体が一般人としては目の前で使用されるのは受け入れがたいものなのではないかと勝呂は思った。


「まあそのなんというか、魔女裁は”魔女裁判”というものを執り行うことが出来るんですが、そのやり方自体に問題がある場合があるというか」


 魔女裁判、勝呂も知識としては知っている。かつて人間側が魔女を排除するために行った非人道的な裁判の数々の総称。魔女であれば全てが有罪だと謳い魔女との戦争にまで発展したと教科書にはあった。

 しかし現代における魔女裁判を行う権利は魔女にしかなく、正しき魔女が悪しき魔女を裁くために行われるものだと聞いていた。それならばそこまで受け入れがたいやり方にはならないはずだと勝呂は思う。


「あー……まあ考えていることはわかりますが。人間の法に問題が無かった時代が無いのと同じように、魔女裁判にも問題があるというだけの話です」


「ふーむ? なるほど」


 魔女裁は静かに顔を伏せる、何かの重責に耐えるように。


「魔女裁判は……魔女の物事の視える範囲を頼りにした独り善がりなものなんですよ」


 その表情は勝呂が今まで見た彼女の表情の中で最も暗く、どこか痛ましいとすら思えるものだった。

 勝呂が彼女の様子を見て心配していると、視界の端に黒いフードを被った女の姿が映る。春先とはいえ現在の時刻は14時を過ぎたばかり、空は晴れて陽射しも強い。

 日傘ならともかく、黒いフードを被って歩く女は否応なく目に留まった。


「あ、真島さん! あれってもしかして……」


「ええ、わかってます」


 勝呂の心配を他所に、魔女裁は既に助手席のドアノブに手をかけていた。その目は覚悟を決めた者の目だった。



―――――――――――――――――――――――


「山田さん、あんたわかってるんだよな? ちょっとでもあんたが下手こけばあたしがあんたにかけた呪いが発動するんだ、慎重にやれよ?」


 黒いフードを被った小柄な女は店内に入るや否やカウンター奥へずかずかと入り店長の胸元に掴みかかっていた。


「え、ええ。勿論わかっていますよ、貴女のことは彼らに一切話していませんし、店の物に不用意に触られることもありませんでしたし、何も問題無かったでしょう?」


 魔女はその言葉を聞き目を光らせる。その目はあの真島という女が自分を見た目と同じであることを山田は知っている。


「嘘はついてないみたいだな、聞いた感じ本当に何も喋ってないみたいだし今回は許しておいてやるか」


「り、理解していただいて良かったです」


 山田はほっと胸を撫で下ろす。少しでも彼女の機嫌を損なえば彼の命は簡単に奪われる。


「と、言いたいところだが」


 女は今度は山田の髪を掴んで後ろ手に引っ張る。顔を良く見せろと言わんばかりに。


「うっ、ぐ……な、何ですか!?」


「もう一つ確認だ。筆談とかしてないだろうな? ハンドサインとかはまともな会話にならねえから許してやるが、その魔女とやらが文字を書いたのを見てやり取りしたとかそういうのはあるか?」


 念入りだな、と山田は内心呆れ怯える。そこまで気になるなら目を置けば良いのにとも思っていた。


「そ、そういったことは一切無いです! 本当です!」


「……」


 女は考え込みながら山田を凝視した。しばしの沈黙の後、彼女はぱっと山田の髪を放し笑う。


「ふっ、それならあの女はあたしの監視に気付いてないってことか。なーんだ、魔女裁ってのもちょろいもんじゃん。あんたもそう思わない?」


 女は急に上機嫌になった風で口に飴玉を放る。それを見て山田も安堵の息を漏らす。


「ははは、私としても良かったですよ。このまま貴女が逃げ切れば私の嫌疑も無いも同然ですから」


「……ふーん」


 半分は嘘だ、女はその目で簡単に見抜く。そして半分嘘というのはきっとこの山田の良心の呵責が問題なのだろうと察する。


「ま、あたしとしてもさえ手に入れば何も文句は無いし結局万事良しってわけだ」


 彼女は山田の手元にある杖を楽しそうに見る。セフィロトの杖、無限の生命力を持つと謳われる生きているリビングワンドの最上位。神話時代の遺物でこの杖を持つ魔女の殆どが伝説を残したと言われている。

 生きている杖はその生命力を消耗して使用者の魔力を補助・代替する役割がある。その寿命が無限ともなれば、コストパフォーマンスの面において最上だと言えるだろう。この杖を探すことに生涯を費やした魔女も多い。


「ふふふ……これがあの! なんでこんな寂れた住宅街に転がってるんだかわからないけど……この生命力は間違いなく本物だよ」


 杖を手に取り、魔女はご満悦といった表情で笑う。


「満足しましたか? 人を殺して手に入れた遺物とは良い御身分ですね。少々時代錯誤ではありませんか?」


 後ろから聞こえる声を聞き咄嗟に魔女は魔法で火球を作り、投げる。だがその炎は対象に届く前に小さくしぼみ消える。


「ま、魔女裁っ……! どうしてまだここにいる!?」


 魔女裁はその問いに答えることなく、静かに一歩ずつ魔女に近付きながら腰に手をやる。魔女は急いで次の攻撃を仕掛けようとするがその前に魔女裁が腰から手を放す。

 その手に持たれているのは木槌とバッジだった。


「”魔女裁”真島唱子の宣言により……これから魔女裁判を開始する」


 カンッ、と乾いた音が響き周囲の景色が変わる。山田も勝呂も魔女もそれに狼狽えながら辺りを見回す。

 魔女裁と魔女の二人は柵で囲まれ、山田と勝呂はその柵の外の椅子に座っている。それは正しく裁判と呼ぶべき光景だった。ただそこには、裁判官の席と被告人の席以外の席は無い。それは現代の裁判で最も多く見られる形とは違い、弁護人も検事もいないのだ。


「っ……!!!!」


 魔女は鎖で繋がれ、腕も手錠で拘束されている。どうやらそれを魔女はどうにかしようとしているようだが、魔女裁はただ静かに、冷ややかにそれを見ている。


「被告人に問う、汝は鈴木十四郎氏の殺害に加担したか?」


 魔女は汗を流し必死に口を動かし始めるが、その口からは言葉になった声が出てはいない。軽いパニック状態に陥っていた。


「貴女が正直に自白し、貴女に大きな罪が無いと私が判断すれば……刑は軽いもので済みますよ?」


 魔女裁は静かに告げる。彼女には分かっている、この事件の真相が。いや……。だからこれは、彼女にとっては茶番そのものでしかない。

 しかし魔女はその僅かな可能性に縋る。計画には何も問題が無かったはずだ、と。


「あ、あたしはただあいつの殺人の証明を難しくしただけさ! 山田が鈴木を殺した後鍵を閉めて密室を作っただけ、それだけだって!」


 その言葉を聞き、魔女裁は山田に目を向ける。


「山田猛さん、貴方は彼女の言葉を肯定しますか?」


 山田はその問いかけに惑う。魔女にとって不利な証言をすれば自分の命が危ない。その戸惑いを理解したのか、魔女裁は言葉を続ける。


「山田猛さん、魔女が貴方をどのように脅したのかはわかりません、わかりませんが……この状況で貴方が躊躇うということは魔女はこう言ったのだろうと推測できます『お前が私の機嫌を損ねたらお前が即座に死ぬように呪いをかけた』と」


「んなっ……!?」


 なぜそこまでわかる、と言わんばかりの反応を魔女と山田の二人は見せる。この二人は魔女裁の推理を一切知らない。


「その呪い、嘘ですよ」


 魔女裁の微笑みに魔女は戦慄する。呪いを実際にかけていないのも真実だ、それは魔女であれば誰でも一目見ればわかる。だからこそ、そんな脅しをしたという事実を見破られたことが不可解に魔女には思えた。


「この状況で山田さんが躊躇うのなら理由の殆どはそれでしょう。これだけの拘束を受けた状態の彼女を見て、山田さんが告発を躊躇う理由がそれ以外思いつきません」


「……御見逸れしました、”魔女裁”様」


 魔女裁の言葉を聞き、山田は恭しく礼をする。山田にはある程度魔女の知識がある、だからこそ山田はこの状況で魔女を恐れる必要がなくなったはずなのだ。

 通常、魔女はあそこまで拘束されれば何もできない。


「そこの魔女が語ったことは間違いでございます。私は鈴木十四郎を殺していません」


「おい、お前ぇええ!!」


 山田の言葉を聞き魔女が大声で遮ろうとする。だが、魔女裁がどこぞから取り出した杖を一振りするだけでそれは何かに口を塞がれ止められる。


「むぐぅ! むぅうう!!」


「少し黙っていてくださいね、今は証人から証言を聞く時間ですから」


 山田はそれを見てほっと胸をなでおろし話を続ける。


「元々、鈴木十四郎氏と私の中はそこまで劣悪ということはなく、私は氏を寧ろ尊敬し父のように慕っている面もあったのです。殺害を計画したことはほんの出来心で、それ故にいざ殺そうという時になって手が止まってしまったのです。それを焦ったそこの魔女が」


 魔女は一際大きな呻き声を上げる。だがそれに意味は無い。


「動機はなんだったのでしょう?」


「はあ、その……自分でもよくわかりません。魔女に唆されてから悪い感情がどんどんと膨れ上がったような……」


「嘘は」


 山田の言葉の途中で魔女裁はそれを遮る。


「嘘はいけませんよ、山田さん」


 山田がごくりと喉を鳴らす。どんな小さな嘘も魔女たちは見逃さない、それを改めて思い知ったのだ。


「経営難……です。私の事業に融資をしてくれるのは鈴木氏だけで、私は彼の金だけが頼りだったのですが、突然その融資を減らすと言われて」


「なるほど、融資を減らされた理由には納得していましたか?」


「……ええ、ちゃんと言われましたし、理解もしました。でも理由が理由で」


 山田が証言を躊躇い始めるのを見て魔女裁は目を細める。


「なるほど、他の方への融資が増えたとでも言われましたか? しかも自分にとってはライバルとなる古物商に」


「……ええ、その通りです」


「そして、その事情を魔女に知られ唆されたと?」


 山田は静かに頷く。殺害を計画した理由にも同情の余地があり、しかも完全な実行犯は魔女。ここまで来れば魔女裁の推理の裏付けは完璧に近かった。


「では、被告人」


 魔女裁が杖を振り魔女の口が開く。出てくるのは山田や魔女裁への罵声ばかりで最早それはまともな言葉とは言えなかった。


「黙りなさい。貴女がどれだけ騒ぎ恫喝しようと結果は変わりません。魔女法における殺人罪に対する罰を、貴女は知っていますよね?」


 魔女はびくりと身体を震わせる。魔女法、それは魔女にとって絶対の掟であり、魔女という種を守るための防護壁。誰もこの法に逆らうことは出来ない。


「目には目を、歯には歯を、殺人罪を犯した者にはその行為と同等の罰を」


 魔女裁は静かに目を伏せる、魔女は口から血を流し倒れていた。更にその胸からは大量の血が一定のリズムで飛び出し地面を赤く染めている。


「貴女は間違いを犯しました、最早誰も正すことの出来ない罪を。ですから我々魔女裁はこうせざるを得ないのです」


 そう、魔女裁は悲しそうに呟くと木槌を机に叩き付ける。


「これにて閉廷」


 魔女裁のその言葉と共に、周囲の風景はパラパラと崩れるように舞い上がり解けてゆく。

 一連の流れをあっけにとられながら見ていた勝呂がもう一度辺りを見回すと、そこは何の変哲も無い古物店の奥の一室にほかならず、目の前に魔女の死体が置かれている以外は何も普段と変わらなかった。


「勝呂さん」


 魔女裁は額の汗を拭き魔女の死体へと近付いていった。


「こちらの番号に電話をかけてください、私はなるべく店を汚さないように後始末をしていますから」


 そう言いながら彼女は番号らしきものが書かれた紙を勝呂に渡し魔女の死体へ何事かをやり始める。呆けたように立っている山田を横目に勝呂は大人しくその番号に電話をかけることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る