第3話 言葉のやり取り

 山田古物店は外から見た通りこじんまりとして埃っぽい。住宅街に店を構えているせいもあってか、窓から入り込む陽射しもまばらだ。そのまばらさが逆に宙を舞う埃を強調して光らせている。

 勝呂は顔を顰めながら店の奥へのカウンターへと足を運ぶ。


「すみません、店長の山田さんはいらっしゃいますか?」


 カウンターの奥へ勝呂が呼びかけると、がたんと一つ大きな音の後大きな足音がカウンターの方へ向かってくる。


「はいただいま! あ、ああなんだ刑事さんですか。今日はあのおっかない人は一緒じゃないんで?」


 山田猛やまだ たけるはふぅと息を整えてからそう言いながら気さくに勝呂と挨拶を交わす。その姿は最初の焦り様以外はとてもこれから警察の聞き込みを受ける人間の態度には見えないだろう。


「……?」


 案の定と言うべきか、つい先ほどまで店の品揃えに夢中になってかぶりついていた魔女は軽く首を傾げた。もし彼が犯人ならもう少しでも動揺して良いはずなのに、と。

 仕方ないとでも言いたげに魔女は軽く髪をかき上げ目を凝らす。光を反射しない深い闇を中心に据えたその眼球は山田の顔を捉えると魔法を使った分析を開始する。


「汗は殆ど無し、脈拍も正常、瞳孔も開かずこの暗さでは通常の形、魔法が使用された痕跡も無し……嘘も動揺も精神異常もみられない安定した状態……?」


 軽い眩暈に耐えながら彼女は分析を続けるが、やはり異常なところは発見できず、若干肩を落とす。これは外れかもしれないな、と。しかし同時に魔女の中で引っかかったのは、最初に声をかけた時の焦り様と現在の安定っぷりの差だ。

 ――――あれではまるで……。


「というわけで、山田さんが鈴木氏のお宅を訪ねられた時に連れていた女性を紹介していただきたいんですが」


「ええ、ええ。構いませんよ。彼女なら今日か明日辺りにこの店に訪れるはずですから」


 そしてこの勝呂と山田の会話を聞きまたしても彼女は首を傾げる。ここに来る?とうに逃げたものと思っていたはずの女が?


「ではその前にその女性についてある程度山田さん目線でのお話を聞かせてもらいたいんですがね」


「……ええ、ですが私からは貴方たちに有益なことは何も話せないですけどね」


 たとえもう一人の方が魔女であっても、と山田は付け加える。


「え? それは一体どういう……」


 勝呂の疑問を魔女は手で制す。何も喋るなという意味だ。


「それならまた後で来るので、今はこのお店の品を見ても構いませんか? 魔女として気になる品が沢山あるので」


 彼女はそう言うと店の隅々まで観察し始める。それを見て勝呂もまた店を見回した。動物の頭蓋骨や旧式のランタンなど、あらゆるものを取り揃えた店はごちゃごちゃと均整の取れていない品の並びでめちゃくちゃに見える。

 しかし、そこかしこに大きな空きがあるのは見て取れた。この店はそこそこ物が売れているのだろう、経営難ではあるが魔女相手に商売していることもあって身入りはそこまで悪くはなさそうだなどと思いながら勝呂は彼女の言葉を待つ。


 やがて彼女は肩のカラスを近くの止まり木に置くと、店の戸棚の下の隙間を服を汚れるのを気にせず覗いたかと思えば、次は隣の戸棚の下。それを何度か繰り返し、ようやく一息ついたところでふと、本棚へ目を留める。


「山田さん、本をいくつか取って見てみても?」


 山田は無言で首を横に振る。まるで彼女が何を考えて何をしようとしているのか理解しているかのように。


「わー、ありがとうございます! ではこれとこれ、そしてこれを売っていただけますか?」


 山田が首を振ったからか、彼女は本棚を必要以上にいじることはせず本を3冊取り出して並べるだけにとどめた。それは実際に買うつもりのものを取りだしただけだったようだ。


「あー、この3冊ですと6万飛んで6800円ですね」


 どんな本か気になりつつも二人の様子を見て勝呂は店の外へ気を配る。一見普通のやり取りに見えるが、あの魔女が勝呂の話を制止してまでやることとしてはあまりにおかしかった。


「では真島さん、そろそろ店を出ましょうか。あまり長いすると迷惑になるでしょうし」


 勝呂は外に誰もいないのを確認し、促す。彼女が外に出るつもりがあるのかはわからないが、会話の流れとしてはそれが正しいだろうと判断してそう言った。


「そうですね、お待たせしてすみません。早く次の方への聞き込みに向かわないとですしね!」


 二人で店を出ると、魔女は足早に勝呂の車の方へと向かっていく。勝呂は大人しくそれについていき、車の扉を開け彼女を助手席に座らせ自分は運転席へと座った。

 魔女がここでようやく大きく息を吐く、そしてそれを合図とばかりに勝呂は声をかけた。


「これはつまり、そういうことなんですか?」


「ええ、あの店は共犯者の魔女による監視を受けています。監視の仕方の種類はおそらく……目ではなく耳でしょう」


 目ではなく耳、カメラなどではなく盗聴器の類ということだ。魔法ならカメラでもどうとでも様子を見ることが出来そうだが、魔女の見解ではそうではないのだろうと勝呂は理解した。


「お察しの通り、を置くだけで会話まで把握する魔法もありますが、それはやはりコストがかかるんですよ。そして目を置くだけでは魔女は重要な情報を得ることは出来ない状況のようです」


「山田氏と我々の会話の内容こそがその魔女にとって最重要だと?」


 魔女は静かに頷く、真相に対する確信めいた推理と犯人への手掛かりを得た彼女は名探偵さながらゆっくりと染み込ませるように語り始めた。


「そうです。私たちが店に来る以前に私が語った通りだと考えると、その魔女はあの古物商と特殊な取引をしたようですね」


 勝呂は古物商の品に彼女がかぶりついていたのを思い出す。魔女としてはあれらの品は興味深く貴重なのだろう、ああいった店が少ないこともあって魔女との縁は深そうな店だという印象があった。


「取引の内容は貴重な物品の引き渡し。そういう事情ならコストをなるべくかけたくない……いえ、寧ろかける余裕が無くても取引をするという気持ちもわかる気がします」


 ああ~、と勝呂は唸りながら先ほどの彼女と山田のやり取りを思い出す。本3冊で66800円。いくら貴重とは言ってもおいそれと手を出せる値段では無い。

 となれば、リスクを冒しつつも貴重な物品を買わずに手に入れられる、しかも自分の努力次第でどこまでもコストを切り捨てることも出来る状況だ。あまり生活に余裕が無いという推理が当たっていたのであれば、コストを削ることに拘る気持ちもわかってしまう。


「彼女が欲しがったのはよっぽど貴重なのでしょう、おそらく20万は下らないかと。」


「にじゅっ……!?」


 勝呂の月給だとそれを買うだけで生活に困窮するレベルだ。それを聞いた勝呂は認識を少し改める。そんなものを手に入れようとするような奴が一々コストを削ることに拘らないでほしい。


「そしてまあ、本題はここからなんですが。店に入った時の山田さんの反応、どこか変じゃありませんでしたか?」


「あー、言われてみれば」


 どたばたと店の奥から出てきたにしては、勝呂を見た瞬間の反応は穏やかそのものだったことを勝呂も覚えている。


「そう、あの反応はまるで」


「まるで……」


 勝呂は想像を膨らませる。山田が営業時間に店の奥でやっていたことは何か。

 殺人を終えて取り調べも完全に終わってから三日。魔女との取引のための準備を山田はする。店の棚にいくつも空きがあったのは覚えている、そのうちの一つが魔女との取引に使う物品だったのだろう。

 ではその物品を店の奥で点検なり保存状態の確認なりをしていたと考えるのが自然だ。そんな中誰かが来たら、彼は思うのだろう。魔女が来たぞ、と。

 だが実際には違った、来たのは刑事である勝呂と見覚えのない女の二人組。女の素性がわからないとはいえ、刑事である勝呂と自分の取引相手の魔女に関わりなんてあるわけがない。その時その状況にもし山田が穏やかな反応を示すとすればそれは……


「「まるで、かのような」」


 二人は顔を見合わせる。魔女は得意げにふふんと笑い、刑事は驚きで目を丸くしていた。

 勝呂は更に思考を深める。自分を監視している魔女が現れなくて安心するなどという状況……そしてもう一つ、何故魔女はわざわざ彼を監視しているのかという疑問について考えると、そこから現れる答えはほぼ一つになる。


「そう、山田氏は魔女が来なかったからこそ安心してああいう反応になったのです。おそらく山田氏は共犯者の魔女に脅されている、それもおそらく彼女の話を誰かにすれば命を奪うという形の脅しで」


「しかし何故です? 取引が上手くいったのならわざわざ脅す必要も無いでしょう」


 山田が取引を求められた品を渡すのを渋れば、真相は警察に告発されて簡単に彼の人生は終わってしまう。魔女側はただの共犯で、真島曰く魔道具譲渡の罪は重いが、おそらくその魔女はそれすらしていない。ただ現場の鍵を開け閉めしただけでそこまで重い罰を課せられるわけもなく、魔女側の自白のリスクは当然軽いもの、山田がそれを考えずに取引を反故にしたとは思えない。


「そうですね、取引が上手くいったのなら、そうなんです。ですがもし取引が上手くいかなかったとしたら……もしも、取引に関わる部分で山田氏あるいはその魔女が何か致命的なミスをしていたら?」


「ミスのせいで取引がまともに成立せず、魔女が脅してでも取引を成立させなければならなかった状況……? そんなのあるんですか?」


 ある、と魔女は頷く。それこそ魔法のような推理だなと思いながら勝呂は念のため考える。取引が上手くいかなかったというのは、おそらく交渉段階の話ではないのだろう。実行段階で何かの不備が生じた、その場合共犯と実行犯というパワーバランスは確かに容易に崩れ得るものではある。

 だがそんな失敗は数えられるほどしか勝呂には思いつかなかった。そもそも計画がばれたとか、殺し損ねたとか、目撃者に見られたとか、そんな程度しか思いつかない。


「……ん? 殺し損ねた?」


 魔女はニヤリと笑った、まるで分かって来たじゃないかとでも言いたげな表情だった。


「ええ、それが一番あり得るでしょう。山田氏は被害者を殺し損ねた、不慮の事故か躊躇いがあってなのか、その辺りは想像するしかないですが」


「そして、実際に被害者にとどめを刺したのは魔女の方である……と?」


「ええ、そうでもない限りあの山田氏の反応、そして監視という状況の説明はつきません」


 確かにそれはそうだ、と勝呂は頷く。監視が事実であれば現況の全てに彼女が推理した通りに説明がつけられる。


「あ、そういえば、結局監視されているという証拠はあるんですか?」


 山田古物店内でそれらの道具を見付けようとしたが山田によって断られていたように勝呂には見えていた。それは実際そうで、そうなってしまったから彼女は店を漁る以外の方法で監視の確信を得る必要があった。

 彼女は視線を窓の外へと向けた。証拠ならそこにあるとでも言わんばかりの目だが、そこには代わり映えのしない住宅街の景色ばかりがあるのみだ。


「まあ、証拠と言えるほどの強さは無いんですがね」


 そう言う彼女の瞳は先ほどまでの自信の溢れた表情の時とは少し違い不安げに揺れた。


がもし山田古物店を監視しているのであれば、きっと私たちが来た今日中にここに来るのではないかなぁと思ってるんですよね」

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