第2話 痕跡無きが故に

 長い沈黙の後、魔女はこのままでは埒が明かないと言わんばかりに事件現場の調査を始めた。警察が出来る調査は殆ど終えているので、彼女が出来ることと言えばやはりがらみの出来事しかない。彼女は静かに部屋を歩き回ったと思えば、時折肩に乗せたカラスに何事かを語り掛けている。

 それを勝呂はそわそわと見守りながら思案する。鍵に魔法の痕跡があったということは鍵は魔法で閉められていた、ということになるが、それは容疑者を絞ることが出来るかもしれないと同時に、状況を精査する必要が出てきたということだ。

 そのため勝呂は今一度状況を整理して魔女に詳細に伝える必要があることを知ると同時に、「魔女が来れば全て簡単に解決する」と言っていた上司の発言を恨めし気に思い返した。


「あいつめ、何が全部解決だ」


 勝呂は軽く舌打ちをする。魔女の話を聞くに、結局魔法での捜査というのも色々と現場から保存された現物が必要らしいということを彼は知った。遺体などの重要な物は様々な手続きを踏まないといけない以上、かなりの時間を要することになる。それを知ってか知らずか魔女の調査にそういったものが必要であるという説明を勝呂は上司から一切受けていなかった。


「どうかしましたか、刑事さん」


 現場の捜査を終えたのか、いつの間にか横にいた魔女が声をかけてきたことに勝呂はびくりと大きな体を震わせる。


「ああいえ、それで結果は……?」


 魔女は静かに頭を傾ける。


「実は、良いニュースと悪いニュースがありまして。そこに至る順序もあるので良いニュースから話そうと思うのですが」


「……わかりました」


 普通この言い出し方であれば相手に選ばせるものじゃないか?と思いながらも勝呂はそれを口にせず魔女の言葉を待つ。


「良いニュースですが、時間の経過で魔法の痕跡が霧散しているだろうという話をしましたね。ですがこの部屋にはそもそも魔法の痕跡が霧散した痕跡さえありませんでした」


「この部屋の中で魔法を使った者はいない、ということですか?」


 魔女は頷き言葉を続ける。


「その通りです、魔女裁の存在を認知している魔女からしてみればこれは当然と言えば当然の対応ではありますが」


「そうなのですか?」


 当然と言えば当然、それは魔女側からしてみればの意見だ。もしも魔女が自分の犯罪を隠ぺいするつもりなら、魔女裁という存在を考慮してなるべく魔法の痕跡を残さないのが正しい。何故なら魔法の痕跡は糸のように長く連なるからだ。使えば使うほど、痕跡は大きく……より長く使用者に纏わりつき追跡を容易にする。

 そしてそれらが一切無いということは、殺人自体に魔法は用いられているわけではないということだ、と魔女は軽く説明した。


「この犯行、殺人と隠ぺいにおいてある程度の知識を持つ魔女が関係しています。となればおそらく」


「まさか……」


 殺人と隠ぺいに知識を持ち、それを活用する魔女。それは言ってしまえばそれらを他者から請け負った業者と考えるのが自然だった。

 魔女は静かにふぅ、と息を吐き頭を振る。


「我々魔女の法において魔道具をに譲渡することは重い罪に当たりますが、それ以上に大半の魔道具は魔力を持たない人間には扱えないというデメリットがあります。なので魔女は魔道具は譲渡したわけではなく自分で使うために現場に訪れてはいるはずなんです」


 訪れてはいる、手がかりは無いが。勝呂の耳に言ってはいないがその言葉までもが聞こえたように感じた。この事件における重要な手掛かりは出てきた、魔女が関与していることも確定した。だがそれ以上に、魔女を見付けることに対する困難さが大きいと言わんばかりに魔女はまたも頭を振る。


「取り敢えず犯人が魔女でない限り犯人だけは簡単に見つかるでしょう、その後のことは我々の領分です」


 ――――魔女が来れば事件は簡単に解決する。

 上司の言葉を今一度頭の中で反芻させ、勝呂はため息を吐く。確かに事件自体の解決は簡単だっただろう、しかし彼女にはかなりの負担を強いていることになる。自分と同じような仕事をしているとはいえ気の毒にと勝呂は目の前の魔女に憐みの視線を送った。

 が、それに対して魔女は不機嫌そうにひきつり笑いを返した。


「何見てるんです? 当然その後の魔女捜索は貴方にも協力してもらうんですよ?」


「そういう可能性もあるかなとは思いましたが、やっぱりそうなるんですね……」


 彼女の言葉さえなければ、それだけで終わった事件だったのに。と勝呂は遠い目を窓に向けた。



――――――――――――――――――――――――――――



 事件現場の調査を終えた二人は一旦それぞれの拠点へ帰り、次の日に調査を再開することにした。被害者の妻から話を聞いたところ、鈴木宅を午前中に訪れた人々の内、女らしき人物と連れ添った人物は一人だけだったことからその人物の取り調べを済ませれば事件の解決を見られるのではないかという判断からだ。

 今2人は車に乗りながら事件の概要を再確認しつつその容疑者のことを確認していた。


「で、その人物の概要はどんな感じです?」


山田猛やまだ たける34歳、古物商を営む自営業の方で特殊な物品を扱うということで被害者の鈴木氏からは大層気に入られて金を貸してもらってたそうです。それ以外の投資家、銀行などからは融資を受けられず彼の金を唯一の頼りにしてたようですね」


 魔女と程々に関わりがありそうな古物商、鈴木氏の金だけが頼り、ここまで来てみればごくごく当然のように嫌疑をかけられる容疑者だ。大方金の件で揉めて古物商として仲良くしているお得意様の魔女などに相談を持ち掛けたら殺しを促されたとかそういったところでしょう、と魔女は助手席の窓に肘を置き、頬杖をしながらつまらなさそうに言った。


「なるほど、そういう感じですか。しかし、どうしてまたその魔女は協力したんでしょうね」


「そこは考えどころです。そもそも協力するのだって、こんな方法よりもっと良い方法があったはずなんです」


「と、言うと?」


 魔女は一呼吸置いてから面倒そうに理由を語り始める。勝呂が魔女側の事情を知らないとはいえ、この魔女裁も流石に一から説明するのを面倒に思い始めたのだろう。

 

「魔法や呪いは多種多様です。多少のコストはかかりますが魔女による殺しの大半は病死や事故死に見せかけるものなんですよ」


「ああ、そういえば聞いたことがあります。だから警察関係者の魔女の仕事の大半は他殺でも自殺でも無い自然死の人間の調査だって、それで現場まで魔女が出向くことは殆ど無いから警察組織内でも魔女への認識は薄いそうで、かく言う私もその一人ですね」


 そもそもの話、本来警察組織には魔女と協力して捜査する部署があるのだ。そこが多忙で人員不足でなければ彼女もこんな面倒な説明を一々せずに済むし、勝呂もこんな面倒な事件とはおさらばできていたのだろうと思うと気が重くなっていた。


「その通りです。そういった手段に頼らずあまりコストのかからない鍵だけの使用にとどめた、それが隠ぺいに最も適しているわけでもないのに」


「……やはり病死や事故の方が隠ぺいは簡単なので?」


 魔女はふーむ、と勝呂を一瞥してから何事かを考えこむ。実は勝呂と彼女の会話の殆どはこのようなやりとりで成り立っている。


「病死や事故は魔力と道具を大量に消費し、証拠も痕跡も残りやすいです。事件性の判明までの間に1か月程度の時間があれば話は別ですが、それらの事件の検挙率は高い方ですよ」


「で、あれば今回のやり方は理にかなっているのでは……あっ」


 ここで勝呂は彼女が考え込んだ理由に思い至る。魔女は語りたくないのだ、この先の会話から上がる疑問についての解答を。

 今回のやり方だって決して理にかなってはいないが、逃げ切るという点では理想的かもしれない。だがそれ以上に理想的な方法をこの魔女は知っている。この会話の流れで彼女は自分の論に説得力を持たせるためにその方法について

 警察関係者が相手とはいえ、彼女にとってそれを語るのは世間に潜在的凶悪犯罪者を放つのと同じような行為だろう、それを強いるのは流石に忍びないと勝呂は言葉を改める。


「と、とにかく他にも良い方法があるのにも関わらず何故この方法になったのか、ということですね?」


 魔女はそうやって自分の考えを汲んで話を早めに切り上げた勝呂に対し、一瞬だけ驚きで目を見開き、すぐに表情を戻す。


「……ありがとうございます」


「い、いえ」


 一瞬の沈黙の後、彼女はまたすぐに淡々と語り始めた。


「私が思うに、共犯の魔女はなるべくコストをかけたくなかったんだと思うんです。私が考える理想的な方法、病死や事故死、それらは結局非常にコストがかかるやり方ですから」


「ビジネス的なやり方……ということになりますね」


「逆です、ビジネスであるのならコストは多少高くてもよりリスクが低いやり方を選ばないと長続きしません」


 それもそうか、と勝呂は頷く。極端な話、強盗殺人をビジネスにしたところで上手くいくことはないだろう。


「あれ? そうなるとこれって……」


「突発的な思いつきによる取引かよっぽど生活に困窮してたか、もしかしたらもっと別の事情があるのかもしれませんね。どうであれ、調べてみるだけの価値はあるということです」


 話し込んでいるうちに、容疑者である山田氏の営む古物店が二人の目に見える位置まで来ていた。山田古物店はこじんまりとしていて駐車場が無い、路上で車を一時停止させた勝呂は近くのパーキングエリアをスマートフォンで探し始める。


「あ、携帯電話。良いですね」


 パーキングエリアを見付けた勝呂は、そう彼女に言われてから数分間指摘するか悩みながら車を停め終えてから、やはり指摘することに決めた。


「これは携帯電話ではなくスマートフォンですよ」


「……? 何ですそれ?」


「ははは、この仕事が終わったら教えてあげますよ」


 何はともあれ、この聞き込み次第で事件は全て解決するかもしれない。二人はそう軽い期待を込めて山田古物店と書かれた色あせた看板の掲げられた店へと入っていった。

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